第349話 第3回要塞村収穫祭⑧楽しい祭りの裏で……

 要塞村が収穫祭で盛り上がる中――セリウス王国騎士団長のレドルは執務室で腕を組み、ある男の帰還を待っていた。


「やれやれ……なんだって収穫祭当日に厄介事が舞い込んでくるかねぇ」


 本来なら、自分もバーノンたちの護衛で要塞村収穫祭に参加する予定だった。しかし、直前になってモンスターの群れが現れたという一報が入る。規模としてはそれほど大きいものではないため、レドルと数十人の騎士が残り、対応に当たった。


 しばらくすると、派遣した騎士たちのリーダーを務める男が戻って来た。


「ただいま帰還しました」

「おお、来たか。すまなかった、ステッド。君も要塞村の収穫祭に参加するはずだったのに、無理を言ってしまって」

「いえ、構いませんよ」


 騎士たちをまとめていたのは、騎士団の中でも選りすぐりのエリートにしかなれない特務兵という地位につくステッド・ネイラーであった。


「君の恋人にも悪いことをしたな」

「彼女は自分の仕事のことを理解しておりますから」

「そういえば、元フェルネンド王国の聖騎隊メンバーだといったな」

「ええ。ですが――」

「分かっている。おまえが選んだ女性ならば信頼できるさ」


 最近、フェルネンド王国についていい噂を聞かない。そこへ来て、セリウス王国騎士団の特務兵が、元聖騎隊メンバーと恋仲とあっては、情報漏洩などの問題が疑われたが、ステッドの恋人――ヘルミーナの身辺を調査した結果、そのような疑いはないと断定されたため、レドルもそれ以上疑うことはなかった。


「それで、モンスターの群れはどうなった?」

「近くの農村に向かって侵攻していたようですが、すべて討ち取ることができました」

「さすがだな。――では、別件について話そうか」

「別件?」


 ステッドはモンスター群の討伐のみが任務だと思っていたので、驚いた様子だった。


「時間は取らない。ちょっとした報告だ」

「報告?」

「ああ……その前に、今日率いた若者たちはどうだった?」


 モンスター討伐に送り込んだのは、騎士団に入ってまだ日の浅い新入りがメインであった。


「皆、とてもいいセンスを持っています。これからも鍛錬を続ければ、必ずやこの国の力となるはずです」

「そうか。――では、明日から彼らの指導教官になることを命ずる」

「えっ!?」


 あまりにも意外すぎるレドルの言葉に、ステッドは戸惑う。

 なぜなら、彼には茶髪の男こと伝説の勇者ヴィクトールを追う任務の真っただ中であったからだ。


「待ってください! 私には茶髪の男を――ヴィクトールを追うという任務があります!」

「それについては打ち切りだ。君には後進の育成に力を注いでもらいたい」

「そ、そんな……」

 

 騎士としてのすべてをかけて追っていたヴィクトール。それをやめるよう説得されたステッドだったが、とても受け入れられなかった。


「レドル騎士団長! ヤツを野放しにしておく気ですか!」

「……要塞村のトア村長から、バーノン王子へ報告が入った」

「? ト、トア村長はなんと?」

「今、ヴィクトールは魔界にいる。同じ八極の魔人女王カーミラのもとだ」

「!? ま、魔界……」


 実際に足を運んだことなど当然ないが、そこがどんな場所であるか、想像するのは容易だった。そんな場所にヴィクトールはいる――とてもじゃないが、追いかけていけるところではない。


「そもそも、君にヤツは捕まえられない。八極だぞ? それも、他の七人をまとめる最強の男だ。枯れ泉の魔女も、黒蛇も、彼には敵わない。そんな勇者ヴィクトールを捕まえられると思うか?」

「し、しかし……」

「君にあの男を捕まえるよう命令が下りたのは、その当時、まだヤツが本物のヴィクトールであるという確証がなかったからだ」

「ですが、ヤツは大罪を――《王族殺し》を犯しています!」


 王族殺し。

 それが、ヴィクトールの犯した罪。


 だが、それについても、どうやらキナ臭い点があるようだ。


「その王族殺しだが……もしかしたら、ヴィクトールは濡れ衣かもしれない」

「ど、どういうことですか!?」

「詳細はまだ調査中だ」

「し、しかし――」

「とにかく、だ。どのみちヤツが魔界にいるなら、こちらから手出しはできない。せめてヤツがこちら側の世界に戻って来たと分かるまで、おまえは指導教官となって後輩たちを鍛えてやるんだ」

「……分かりました」


 真相ははぐらかされたが、魔界にいるのでは手出しができないという点は事実だった。

 レドルの執務室をあとにしたステッドは、城の窓からのぞく夜空に浮かんだ月を眺めた。


「茶髪野郎――いや、ヴィクトール……覚悟しろよ。たとえお前が何者であろうと、どれだけの時間が経とうと、罪を犯した者は必ず俺が捕まえる」


 そう誓うと、ステッドは静寂に包まれた城の廊下をゆっくりと歩いていった。

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