第441話 アイリーン強化計画(?)

「振り返ると、その先にいたのは――全身ずぶ濡れの女だったんだ」

「「「「「きゃあああああああ!!」」」」」


 要塞村地下迷宮。

 冒険者たちの集うこの場所で、八極のひとり・黒蛇のシャウナは、アネスやティムら要塞村の子どもたちを相手に怪談話を披露していた。


「はっはっはっ! 君たちは実にいいリアクションをしてくれるね」

「シャ、シャウナさんのお話が怖すぎるんですよ……」

「そうかい? エドガーには劣るだろうが、私の語りも満更ではないようだな」

「でも、本当にその場で体験しているかのような臨場感があって……」

「知り合いの《死霊術士》から聞いた話なんだが……どうやら君たちには少々刺激が強すぎたようだな。――しかし」


 怖がる子どもたちに、シャウナは追い打ちをかけるがごとく蛇の眼光で見つめた。


「君たちはすでに……この世のモノではない存在に魅入られている」

「「「「「えっ!?」」」」」


 ゾクッと身震いする子どもたち。

 その背後には――シャウナの語る「この世のモノではない存在」が近づいてきていた。



「それはつまりわたくしのことですわね!!!!」



 自信満々に叫んだのは、この地下迷宮の看板娘兼幽霊少女のアイリーンであった。

 

「彼女こそ、まさに本物! 混じりっけなしの幽霊少女だ!」

「どうですか! 思う存分怖がってもいいんですよ?」

「「「「「…………」」」」」

「あ、あれ?」


 シャウナとアイリーンの思惑とは裏腹に、子どもたちの表情から先ほどまでの恐怖感は一切消え去っていた。


「な、なんで逆に落ち着いているんですか!?」

「いや……」

「だって……」

「「「「「アイリーンだし……」」」」」

「んなっ!?」


 この子どもたちの反応が、アイリーンの幽霊としてのプライドをひどく傷つけた。



  ◇◇◇



「リベンジですわ!」


 その日の夜。

 緊急事態発生の一報を聞いて地下迷宮へとやってきたトアとエステル、それからフォルの三人にアイリーンはそう訴えかけた。


 一体何のことか、要領を得ないトアたちは一部始終を目撃していたというシャウナに詳しい事情を聞く。


「困ったものだよ……なぜ子どもたちは怖がらなかったのか」


 そう言いつつも、シャウナの顔はニヤついていた。

 明らかに、すべてを分かっていての反応だ。


「あぁ……アイリーン? 幽霊だからって必ず怖くなくちゃいけないってわけじゃないと思うんだけど……」

「いえ、トア村長さん! わたくしにも幽霊としての矜持がありますわ!」

「矜持って……」

「「感動した(しました)!!」」


 困惑するトアたちを尻目に、シャウナとフォルは声を合わせてアイリーンの決意に対して支持を表明した。


「君のその決意……しかと受け止めた!」

「僕たちにアイリーン様のお手伝いをさせてください」

「おふたりとも……」


 感動に打ち震えているアイリーン。

 だが、トアとエステルには――オチが見えていた。


「……どうする、トア」

「……まあ、もうちょっと様子見てみるか」


 それから、より怖くなるための手段として、まずは見た目から変わろうと衣装チェンジをすることに。


 アイリーンは夜の間だけ実体化できることを利用し、市場から調達してきた新しい衣装を着せていく――が、それはやはり、


「こちらのフリフリのついたスカートはどうだろう?」

「シャウナ様、オプションに動物を模した耳のカチューシャもいくつか用意しました」

「ほう……分かっているじゃないか、フォル」

「恐縮です」


 こうして始まった、フォルとシャウナによるアイリーン強化計画は徐々に熱を上げていったのだが、


「完全に騙されましたわ!」


 始まってから三十分後。

 アイリーンはようやく真相にたどり着いたのであった。




 ――結局、他の冒険者たちからの「アイリーンが怖くなったら、俺たちの癒しの存在がいなくなる」という訴えもあり、現状維持で妥協したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る