第245話 騒動の終わりと新たな村民
屍の森に存在する廃線の調査は、獣人族の村の村民たちにお任せすることにして、トアたちはホールトン商会のナタリーが待つという要塞村へと戻ることにした。
村へ戻ると、早速ナタリーから要塞村市場について詳細な情報を求められた。そこで得た情報をもとに、市場のプラン立てをしたいとのこと。
ナタリーの手腕については、フェルネンド時代からよく知っているし、彼女のバックには大陸ナンバーワンであり、世界基準でも五指に入る大商人でエドガーの父でもあるスティーブ・ホールトンがついている。
彼とも親交のあるトアにとって、本当に心強い助っ人が来てくれたと安堵していた。
トアは円卓の間(要塞村会議室)へナタリーを案内すると、そこで時間の経過も忘れて話し込んだ。結果、お昼になって、クラーラが昼食の準備ができたと呼びに来るまで、ふたりはノンストップで話し続けていた。
「ごめんなさいね。私って夢中になると時計が見えなくなっちゃうタチで……」
「いえいえ、俺も忘れていましたし」
屋上庭園で、フォルが作ったサンドウィッチを食べながら、ふたりは熱の入りすぎを反省。
「ナタリーさんもトアも、昔からそういうところあるのよねぇ」
「まあ、トアがそういうタイプっていうのは知っていたけど」
「わふっ! 私もです!」
「何事にも熱中できるのはいいことですよ」
「それでしっかり結果を残すあたりはさすが我がマスターといったところでしょうか」
エステル、クラーラ、マフレナ、ジャネット、そしてフォルと、いつもの面々も昼食に参加していた。
「それにしても、ここは本当にいい村ね」
唐突に、ナタリーがそんなことを言いだす。
「つい数年前まで、ここは人の立ち入りを拒むようにハイランクモンスターがうようよいる場所だったのに……今じゃここセリウス王国でもっとも注目されるホットスポットになりつつあるわね」
「えっ? そうなんですか?」
実際に村で暮らしているトアたちには、そのような自覚がなかった。
「まあ、一般の人たちにまでは浸透していないかもしれないけど、少なくとも王家や大臣、それに騎士団の幹部には要塞村の凄さが伝わっているみたいね」
「セリウス王国が……」
トアとしては、少し複雑な心境だった。
自分たちの住む村が、注目を集めることについては、悪い気がしない。ただ、それに便乗する形で、要塞村との関係を悪用しようとする輩も出てくるだろう。
「でも安心しなさい。私たちホールトン商会が間に入ったからには、この要塞村を金儲けの道具に使おうとするような悪党どもを近づけさせないわ!」
トアの不安な気持ちを感じ取ったナタリーは、フンス、と鼻を鳴らしながら、ナタリーは高らかに宣言する。
「それで……ひとつ提案があるんだけど、いいかしら?」
「? なんですか、改まって」
「市場が完成するまでの間でいいんだけど……私をこの村に住まわせてくれないかしら?」
「もちろん! 歓迎しますよ、ナタリーさん!」
トア、即決。
まさか、こんなに早く歓迎されると思っていなかったナタリーは反応に困って固まってしまい、逆にトアたちの方が話を進めていく。
「部屋の準備をしないと」
「そうね。あ、私の部屋の近くにまだ空き部屋があったはずよ」
「だったら村も案内して回らないとね」
ナタリーの短期移住に向けて動きだすトアたち。ここでようやく意識を取り戻したナタリーがトアへ尋ねる。
「え、えっと、提案しておいてなんだけど、本当にいいのかしら?」
「当然! ナタリーさんのことは信用していますから!」
屈託のない笑顔でトアに言いきられ、ナタリーもつられて笑う。
「分かった……ありがとう、トア。じゃあ、私はいくつか必要な資料や私物を持ちに、明日一旦家に戻るわ」
「了解です」
本格的に市場を開くためのプランをより完璧なものとするため、要塞村での生活を希望したナタリーは、期限付きでの移住を決意したのだった。
◇◇◇
その日の夜。
トアとフォルのふたりは地下迷宮第一階層を訪れた。
理由はアイリーンに会うためだ。
「おや? 帰っていたのか、トア村長」
最初に顔を合わせたのは、地下古代迷宮の調査を行っているシャウナだった。
「シャウナさんこそ、こちらに戻っていたんですね」
「風呂に入ろうと思ってね。それで、村長は何をしにここへ?」
トアは獣人族の村の近くにある森の中で発見した廃線について、シャウナに説明をする。
「ほう……それは実に興味深いな」
「俺もそう思います。だから、アイリーンに話を聞こうと思って」
「そのアイリーン様の姿が見えませんね」
「そうだね。――おーい、アイリーン、いるかい?」
「なんですの、トア村長」
名前を呼ばれた途端、壁からニュッと顔を出したアイリーン。相変わらず、幽霊だけあって神出鬼没だ。
「実は君に聞きたいことがあったんだ」
「わたくしにですの?」
トアは昨日森で目撃した廃線についての情報を求めた。
帝国でも上位に位置するクリューゲル家の娘であり、廃線のあった場所から近いこの要塞に幽霊されていた彼女なら、何かしらの情報を知っているのではないかと思ったからだ。
「鉄道……ですか?」
「ああ。クリューゲル家の中で、そんな話を耳にしたことはないかな?」
「……申し訳ありません。わたくしは帝国鉄道についてなんの情報も持ち得ていませんわ」
「まあ、仕方のないことだ。いくらクリューゲル家の令嬢とはいえ、アイリーンはまだ幼いからね。そう簡単に機密情報を語るとは思えないが……」
シャウナは推測を語り、トアは頷く。アイリーンの語った内容は、トアが想定していた答えの中にあったもので、その理由はシャウナの推測の通りだったからだ。
完全に手詰まりになったかと思われたが、ここでアイリーンから思わぬ情報が語られた。
「そ、そういえば……」
「何か思い出しだのか?」
「いつだったか忘れましたが、ハミルトン博士が他の兵士へ『ダイヤが遅れる』と言っていたことがありました。その時は宝石のことだと思ったのですが……もしかしたらダイヤグラムを指していたのでは?」
その言葉を受けて真っ先に反応を示したのがシャウナだった。
「なるほど。アイリーンの話を聞く限りだと、例の廃線とやらにレラ・ハミルトンが関わっている可能性が極めて高いようだ。彼女がなんらかの意図をもって、極秘裏に鉄道を引いていたとも考えられる」
「だったら、この要塞村に――地下迷宮のどこかに、鉄道関連の資料が残されているかもしれませんね」
「ふふふ……いいぞ。調べる要素が増えたのは実に喜ばしい!」
この事実が、シャウナの考古学者魂に火をつけて。
「シャ、シャウナお姉様……凄いヤル気ですわ!」
「俺も見習わなければ!」
「見習うのは探求心だけにしておいてくださいね、マスター。セクハラ癖が移らないよう注意してください」
フォルにだけは注意されたくない内容だった。
ともかく、本格的な春の到来を前に、要塞村は新たなステップへの歩み始めたのだった。
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