第516話 精霊界の花
要塞村へ戻ったトアとアネスは、円卓も間に各種族の代表者を集めると早速報告会を開くことにした。
人間はもちろん、エルフやドワーフでさえ足を踏み込んだことのないという精霊界――そこから帰還したトアの話は、ローザやシャウナも思わず聞き入るほどだった。
「精霊界か……ある意味、魔界よりも行くのは困難じゃろうな」
「だね。魔界は来る者拒まずって感じだけど、あっちは精霊たちがよそ者を入れることなんてまずないだろうから」
ローザとシャウナの話を聞いていると、いかに自分が特別待遇であったか――それが今になって実感するトアだった。
一方、クラーラやエステルといったあたりの関心はトアが持ち帰った花の種だった。
「一体どんな花が咲くのかしら」
「楽しみね」
「神樹近くにまだスペースはありますから、花壇を用意しましょうか」
「わふっ! 早速取りかかりましょう!」
すでにヤル気満々の四人。
トアとしてもそれは大いに賛成であり、他の代表者たちもそれに乗っかった。
場所を移動し、神樹近くにある広場へとやってきたトアたち一行。
少しずつ厳しくなってくる日差しを浴びていると、何もしていないのに汗がしたたり落ちてきた。作業をする前に、トアは夏の到来が近いことを肌で感じる。
「本格的に暑くなってくる前に植えてしまわないとな」
「任せてください。私たちの手にかかればあと30分とかかりません」
自信満々に言ってのけるジャネット。
その言葉を信じて、トアはそのジャネット率いるドワーフたちに花壇づくりを要請した。
完成を待つ間、トアは久しぶりに近くで眺める神樹の様子に目を細める。
目の前に悠然とそびえ立つ神樹ヴェキラがあったからこそ、要塞村は成立しているのだ。仮に、神樹がなかった場合、トアはさっさと無血要塞ディーフォルから離れ、まったく別の人生を歩んでいたかもしれない。――それこそ、《要塞職人》という自身のジョブにも気づかぬまま暮らしていた可能性も十分に考慮できたのだ。
「君のおかげだよ……」
トアはそっと神樹に触れる。
すると、なんとなくだが――神樹が喜んでいるように感じた。
言葉を発したわけでも、表情を変えたわけでもない。
それでも、トアには神樹が自分の言葉に対して好意的な反応を示したように思えたのだ。以前から感じていてはいたが、なんだかそれがいつも以上にハッキリと伝わってきているような感じがした。
「トア? どうかしたの?」
クラーラの声に反応して振り返ると――さっきまでのメンバーに加え、そこには花壇をひと目見ようと多くの種族が集まっていた。
人間、エルフ、ドワーフ、銀狼族、王虎族、冥鳥族――などなど、数えだしたらキリがないくらいの数だ。
「本当に大きくなったな」
「えっ? 何か言った?」
「あぁ、いや、何でもないよ」
「? 変なトアね」
呆れたように見せつつも、薄っすら笑みを浮かべながら言うクラーラ。
なんとなく、トアの考えが分かるのだろう。
――しばらくすると、花壇が完成。
まだまだ規模は小さいが、ジャネットたちの話ではこれから徐々に大きくしていくとのことだった。
とりあえず、今はこれでも十分だ。
早速、トアは精霊界の土産である種を村民たちへと配っていく。
「さあ、夕食前には全部植えるぞぉ!」
「「「「「おおーっ!」」」」」
村民たちは一致団結して種を植えていった。
その光景は、精霊議長がトアに期待していることそのものであった。
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