第181話 アネス、覚醒【後編】
大地の精霊女王アネス。
かつて、彼女は神樹の魔力を奪おうと植物城を築き、要塞村へ攻め入ろうとした。だが、神樹と魔力をリンクさせるトアの前に敗北。自らの魔力を出しきったアネスは赤ん坊の姿になってしまい、現在はエステルが母親代わりとして育てている。
そのアネスに突然訪れた成長の時。
だが、その過程において大型の昆虫モンスターに襲撃される危険があるとリディスに教えられたトアは、すぐさま対策を練り、頼れる村民たちへ指示を飛ばしたのだった。
鉱山の町エノドア。
トアの指示を受けた若き銀狼族数名がレナード町長へ報告。それを受けたレナードはすぐさま自警団へと話を持っていき、町には厳戒態勢が敷かれることとなった。この日ばかりは鉱山で働く鉱夫たちも早めに仕事を切り上げて帰宅した。
「やれやれ、なんだか大事になってきたな」
ぼやくように言ったのは警戒警備中のエドガーだった。
「ぶつくさ文句言ってないで周囲をきちんと警戒しなさいよ。敵はどこから現れるか分からないんだからね」
「そうですよ、エドガー殿」
そんなぼやきに喝を入れたのはネリスとタマキの女子コンビだった。タマキが自分の正体を告白し、改めて自警団のメンバーとして入団して以降、年齢が近いことも手伝ってか、プライベートでもよく一緒に出掛けたりしているようだ。
「ふたりの言う通りだぞ、エドガー」
そんなふたりの喝にクレイブも参戦する。
「わーってるよ。まあ、こっちよりもアネスの繭がある要塞村の方が狙われるだろうから大変だろうけど……」
「あちらは心配ない。何せ、トアがいるからな」
「おまえのトアに対する絶対的な信頼は相変わらずだな」
「こら、おまえたち! 無駄口を叩くな! そろそろ日が暮れてモンスターどもが活発に動きだす頃だ」
「へーい」
「了解」
今度はヘルミーナから叱咤され、ふたりは警戒態勢に戻る。
その視線は周囲に注意を払いながらも、要塞村へとも向けられていた。
◇◇◇
要塞村を囲むように広がる屍の森。
そこには銀狼族と王虎族の若者を配備。敵の位置情報はフォルのサーチ機能と冥鳥族のエイデンによる空からの監視でチェックを欠かさないようにしているが、リディス曰く、アネスの放出する甘い匂いに寄ってくるのは一匹二匹のレベルではないため、恐らくすべてを網羅することは不可能だろうという。
そこでトアは要塞村を中心に東西南北に核となる戦力を配置して迎え撃つことにした。
まず、東側はクラーラをリーダーにセドリックなど戦闘経験のあるエルフとモンスターの連合軍。
西側は銀狼族の長ジンをリーダーに娘のマフレナと数名の銀狼族で構成された部隊が待ち構える。
そして北側にはゼルエス率いる王虎族部隊とシャウナが待機。
さらに南側にはジャネットをリーダーに武器を装備したドワーフ族たちが守っている。
最後に、要塞村正面にはトアとフォルに各種族から数名ずつ選びだされ、配置されていた。
「さて、これで全員持ち場についたかな」
「そのようですね」
サーチ機能で全員の位置を把握したフォルからの報告を受けて一安心のトア――と、そんなトアとフォルの周辺が影で覆われた。
振り返ると、そこには要塞村の守護竜シロがいた。
「シロ……」
「ガウガウ!」
「どうやらシロ様も防衛作戦に参加したいようです」
「そうか。アネスとは一番の友だちだったもんな」
トアはシロの意気込みを買い、自分たちと同じく正面から巨大虫型モンスターを迎え撃つことに。
それからしばらくして――森に動きがあった。
「む? どうやらいらっしゃったようですね」
フォルのサーチ機能が反応を示した。
「南西の方角から十匹ほど。さらに北東からは八匹。――その後方からさらに大群が接近中です」
「まずは先遣隊というわけか」
「まだまだ数は増えるでしょう……さばき切れるかどうか」
実力では要塞村の面々が圧倒するだろう。ただ、その数では敵側が逆に圧倒している。戦っている隙をついて要塞村への接近を許してしまう可能性は高いだろう。
「各地で対応し切れずにこちらへ回ってきた敵モンスターを撃破していくぞ」
「「「「「うおおおおお!」」」」」
銀狼族、王虎族、モンスター、ドワーフ、エルフとさまざまな種族が入り混じった正面を守る連合部隊は気合十分。その雄叫びが夜空にこだました――ちょうどその瞬間だった。
ブブブブブブ――
大きな羽音が徐々に近づいてくる。
夜の闇に目を凝らせば、その正体である巨大昆虫型モンスターが姿を現した。
全体的なフォルムはカブトムシ。だが、カマキリのような鎌に尾の部分には蜂のような針もある。
目を引くのはその体長だ。
少なく見積もっても二メートル以上はある。
ただ、フォルが言うにはこれでもまだ中型らしい。こちらに迫ってくる昆虫モンスターの中には五メートルを超えるものもいるとのこと。
「村長の手を煩わせるまでもない!」
「俺たちにお任せを!」
威勢のいい銀狼族の若者ふたりがモンスターに飛びかかる。
強さは大したことないので瞬殺できるが、問題は数だ。次から次へと神樹を目指して向かってくる。
トア、フォル、シロも奮戦するが、次第に限界が近づいてくる。
「くそっ! このままじゃ……」
徐々に押され始める防衛部隊。
焦りの色が濃くなってきた――その時、トアたちの背後にそびえ立つ神樹が金色の輝きを放ち、それに驚いたモンスターたちは怯んで動きが鈍くなった。
「よし!」
神樹からの援護も受けたトアは聖剣エンディバルを振るい、次々の撃破していく。
だが、その勢いは再び数の暴力に屈し始めた。
「フォル! 夜明けまではあとどれくらいあるんだ!?」
「三時間以上はあります!」
「ぐっ……まだそんなにあるのか……」
吐きそうになった弱音をグッと呑み込んで、トアは一心不乱に剣を振る。――だが、とうとう防衛網を突破して神樹に接近するモンスターが。
「しまった!」
アネスの繭の前にはまだローザとエステルがいる。
あのふたりなら心配はいらないと思うが、このまま数が増えたら今の自分たちのように手に負えなくなってしまう。そうなると、アネスの身が危ない。
トアはなんとかアネスを守ろうと突破したモンスターを追おうとする。が、そうすると目の前にいる別のモンスターがアネスへと迫ることになる。
一体どうすれば――苦悩するトアは、次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。
ボゴッ!
突如地面がせり上がったかと思うと、地面から巨大な木の根がいくつも出現。それはアネスへと迫ろうとしていた昆虫モンスターに巻きつくと、そのまま絞め殺してしまった。あまりにも強い力で絞めつけられた結果、モンスターの体は原型をとどめないほどバラバラになっている。
「なっ!? なんだ!?」
動揺するトア。だが、木の根が現れたのはここだけではないようで、屍の森のあちこちに出現しては村民たちを援護しているようだ。
「まさか……神樹でしょうか?」
「いや、違う……」
フォルの言葉を否定するトア。
神樹の魔力でつながるトアにはなんとなくだが分かるのだ。
となると、神樹以外にアレを操っている者がいる。
そのような人物について、思い当たる節はひとつしかない。
「アネスか……?」
繭から飛び出し、成長したアネスの仕業という線。
しかし、まだ夜明けまでには時間がある。
ならばどうして――そう思った時、真っ先に思い浮かんできたのは先ほどの閃光。モンスターの動きを封じるためにとった神樹の援護だと思ったが、どうやら違うようだ。
「さっきのあの光……あれはアネスへ大量の魔力を分け与えるために発生したものだったってことか」
「え? だとしたら――」
フォルの言葉の途中、突然足元が大きく揺れだした。何事かと身構えるトアたちの眼前数メートルの地面から再び木の根が地表へと姿を現す。
敵はもういないのになぜ、と疑問に思っていると、近くにいたエルフの若者が「根の先端部分に誰かいるぞ!」と叫んだ。
目を凝らしてよく見ると、確かに誰かが立っている。
その根は徐々にトアたちの方へと近づいてきた。そのおかげで、人影の正体がハッキリとする。
「女の子?」
根の先端に立っていたのは十歳前後の女の子。ちょうどローザくらいの年齢に見えた。
最初に顔は見たことのない子だと思った。
しかし、近づくにつれて、アネスの面影があることに気づく。
「ア、 アネス様!?」
フォルが叫び、周りも騒然となる。
やはり、現れたのは繭から飛びだした、成長後のアネスだった。
そのアネスは根っこから飛び降りると迷わずトアへと歩み寄る。そして、屈託のない笑みを浮かべてこう言った。
「おはよう――パパ♪」
「「「「「…………」」」」」
その場にいた全員が凍りついた。
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