第182話 トア、パパ(仮)になる
「これはどういうことかしら?」
要塞村中央広場。
時は早朝。
巨大昆虫型モンスターの襲撃をなんとかやり過ごし、成長したアネスの姿を見ることができた――まではよかったが、その後がいけなかった。
成長したアネスは事もあろうにトアを「パパ」と呼び、今もクラーラの前で正座させられているトアの横にピッタリと張り付いている。
「えっと、アネス? ちょっとこっちへ来てくれるかしら」
「はーい、ママ!」
アネスは元気いっぱいにママ(エステル)のもとへ駆けていく。
「やっぱり……エステルがママでトアがパパ……」
予想通りの展開に、クラーラの瞳から光が消えた。
「で、でも、私はトアのことがパパだって教えたことはないんだけど……」
「まあ、日頃の行いでしょうねぇ……」
フォルはボソッと呟く。
恐らく、アネスは常日頃からエステルの動向を間近に見ているうちに、トアを父親だと認識したのだろう。それほどトアとエステルの仲が親密だと言えるが。
「早いところ誤解を解いた方がいいんじゃない?」
「そ、そうだね」
トアは立ち上がり、エステルとアネスのもとへと進む。
「あっ! パパ♪」
近づいてくるトアに気づいたアネスは、満面の笑みを浮かべるとそのままトアへと抱き着いた。
「あ、アネス!?」
「ねぇ、パパ~、今日は一緒に遊ぼうよ~」
「え、えっとぉ……」
上目遣いにそんなお願いをされて、トアはどう答えたものかしどろもどろ。
「あら~、いいわねぇ~」
「仲睦まじい若夫婦と愛娘の微笑ましいワンシーンだな」
「見ているだけで紅茶が進むのぅ」
ケイス、シャウナ、ローザの大人組はニヤニヤしながら事の成り行きを冷やかし半分に見守っていた。
「うーん……あれだけいい笑顔でパパなんて言っている姿を見ちゃうと、やめろとは言いづらいわね……」
「ま、まあ、タイガくんやミューちゃんもトアさんにはかなり懐いていますし、立場的には村の子どもたち全員のお父さんって感じですし」
最初は突拍子もないパパ発言で頭に血が上っていたクラーラだが、感情が落ち着いてくると考え方にも変化が見られた。ジャネットからの説得も影響しているようだ。
「とは言っても年齢がねぇ……」
「わふっ! でもアネスちゃんにとってトア様がお父さんという認識に変わりはないですから問題ないですよ!」
「そんなこと言っちゃってぇ、こっそりシロの前でトアをお父さん呼ばわりしてないでしょうねぇ」
「…………」
冗談半分に言ったつもりのクラーラであったが、マフレナのリアクションは明らかに「なぜそれを!?」的なものだった。不自然に汗をかき、視線も泳ぎっぱなし。これはもう完全に黒である。
「さ、さすがにそれは無理がある気がするけど……」
「き、気持ちの問題ですよ!」
「分からなくはないですね。トアさんと夫婦……」
「……ジャネット?」
「――っ!? い、いえ、なんでもありません」
ずいっとクラーラに迫られて正気に戻ったジャネットは咄嗟に誤魔化したが、その話を聞いていたフォルにポンと肩を叩かれる。
「ジャネット様……僕はいつでも覚悟はできています」
「覚悟……?」
「ジャネット様がその気になってくだされば、僕はいつでもあなたをママと――」
「遠慮しておきます」
食い気味に断れたフォルはショボンと肩を落としてから退散した。
なんだか騒がしくなってきたが、
結局、無理に呼び方を変えるのはよろしくないと判断したクラーラを含む村民たちによって保留となったのであった。
――ただ、一部の女子の目は未だに泳ぎ気味になっていた。
◇◇◇
昼前になると、トアはエノドアへと向かった。
アネスの件で近隣のエノドアとパーベルには迷惑をかけたため、その謝罪のために両方の町の町長宅を訪問する予定になっている。
今回はお供としてフォルとジャネットが同行していた。
ちなみに、トアが出かけるということで、アネスは「ついていく!」と駄々をこねたが、エステルがなんとかなだめて村にとどまることになった。
多少のトラブルはあったが、ともかく三人はアネスの無事と騒がせてしまったことの謝罪のため、まずレナード町長宅を訪問。
それを終えると、次はパーベルに向かうためエノドアの町を歩いていると、ちょうど警邏中だったクレイブとタマキに出くわす。
「やあ、クレイブ」
「トア? 今日はどうしたんだ?」
「何か問題でもありましたか、トア殿」
「いえいえ、今日は昨日のアネス様の件でいろいろとご報告に来たのです」
「そうだったのか」
「それで、アネス殿はどうなったんですか?」
「無事に繭から出てきて大きくなりましたよ」
トアたちは何気ない世間話に花を咲かせる。
すると、
「むっ?」
「これは……」
トアとクレイブは気配を察知して身構える。それはタマキ、フォル、ジャネットにも伝わって警戒態勢を取る。
「……今までに感じたことのない魔力だな」
「しかし、これはかなりの魔力量ですよ」
「ああ……かなりの強敵だぞ、これは」
クレイブとタマキは漂う膨大な魔力に警戒心を強めたが、トアたち要塞村組はその魔力の主に心当たりがあった。
「「「ま、まさか……」」」
三人の声が綺麗に重なった時、前方の地面が盛り上がった――かと思うと、地面を突き破って巨大な木の根が出現。
「な、なんだ、これは!?」
「新手のモンスター!?」
植物型モンスターの襲撃かと武器を取るクレイブとタマキであったが、トアたちは犯人が分かっていた。
「アネス!」
「あ、パパ~♪」
木の根の先端にはやはりアネスがいた。驚きの表情で見上げているトアたちや町の人たちを尻目に、アネスは無邪気な笑顔で手を振っている。
「あ、あれがアネス殿……?」
「そうなんだ。騒がせてゴメンね」
「とりあえず、あの根っこは使用禁止にしましょうか」
ジャネットからの提案に、トアは静かに頷いた。
この後、母親(仮)であるエステルの目を盗んでエノドアへ行ったアネスはこっぴどく叱られたのであった。
それと、「トアが……パパ?」という言葉を最後に、クレイブは三時間ほど魂が抜けたように固まってしまっていた。
――一方その頃、要塞村ではひとりの少女がドラゴンに話しかけていた。
「……ねぇ、シロちゃん」
「ガウ?」
「私がシロちゃんと話している時だけ、密かに私をお母さん役にしてトア様のことをお父さんって呼んでいるのは誰にも言っちゃダメだよ?」
「ガウガウ!」
そしてここにも迷走するエルフ少女がひとり。
「……ねぇ、ルイス」
「どうかしたんですか、クラーラさん」
「今日から私があなたのママよ」
「本当にどうしたんですか!?」
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