第551話 要塞村の新年行事
新年を迎えた要塞村は、厳しい寒さにもかかわらず盛況だった。
年末は里帰りをする村民が多かったため、市場は平常営業に比べて寂しいものであった。
それが嘘のように、今は人で溢れかえっている。
「今日も賑やかで何よりだ」
村長のトアは村の様子を眺めながら満足そうに頷く。
すると、近くをフォルとジャネットが横切ったのだが――ふたりが手にしていた物が気になって呼びとめた。
「ジャネット、フォル、それは何?」
「あぁ、トアさん。これは杵と臼です」
「これからツバキ姫様の要望で餅つきをするんですよ」
「杵? 臼? 餅つき?」
次から次へと飛び出す、耳にしたことがない単語の数々。
詳しく話を聞くと、ツバキ姫の出身地であるヒノモト王国では、年が明けると臼に材料を入れてそれを杵でついて餅を作るというイベントが行われるのだという。
「へぇ……それで、材料はあるの?」
「今朝方、港町パーベルにヒノモト王国から届け物があったようで、先ほど使者の方が届けてくださったんです」
「それをツバキ姫様が受け取り、今回のイベントを企画されたみたいなんです」
「あっ、そういえば言っていたね」
年末にツバキ姫からヒノモト王国の伝統行事を開催したいと提案されていたのだ。
その行事に、ジャネットとフォルが持っている杵と臼が必要だという。
興味を持ったトアは、その伝統行事とやらに参加することを決め、ふたりと一緒に要塞ディーフォルの中庭へと向かう。
そこでは、ツバキ姫をはじめとするヒノモト組が集結していた。
「あら、トア村長」
「ツバキ姫、俺も参加させてください」
「あら、それは嬉しいですね。大歓迎ですよ」
トアの参加が正式に決定すると、どこからか話を聞いてきたエステル、クラーラ、マフレナも集まり、さらにはローザにシャウナ、村医ケイスや市場のまとめ役であるナタリーもやってきた。
想定以上の盛り上がりを見せる要塞村餅つき大会。
ヒノモト王国の者たちが、ジャネットたちドワーフ族と協力して作り上げたという杵と臼を使ってもち米をリズムよく叩いていく。
その無駄のない動きに、要塞村の面々からは歓声があがる。
「うおぉ……」
「なんだか見ているとハラハラしてきますね」
「わふぅ……ちょっと怖いです……」
「でも、お互いを信頼し合っているから、あれだけのスピードで叩けるし、手を突っ込んで餅をこねることができるのね」
クラーラ、ジャネット、マフレナの三人は初めて見る餅つきにどこか危なげなさを感じているようだったが、エステルはヒノモト人たちの技術と信頼度に感動しているようだった。
そうこうしているうちに、つきたての餅が出来上がる。
集まった人々へ振る舞う前に、ヒノモト組による食べ方のレクチャーを受けた。
「黄粉か醤油か……そこが問題ね」
「わふっ!」
クラーラとマフレナは味付けを真剣に迷う。
そして、選んだ味を堪能すると、
「「おいしい!」」
そう叫びながら笑顔を見せた。
エステルとジャネット、さらには他の村民たちも、それぞれ味を変えながら初めて食べる餅を楽しんでいるようだ。
と、ここでフォルから追加の情報がもたらされた。
「ちなみに、ヒノモト王国ではこの餅をのどに詰まらせてしまい亡くなるお年寄りもいるようですので、ご注意ください」
「お年寄りって、うちにはそんな――」
言いかけて、トアはハッと気づいてある人物へと視線を向ける。
それは――ローザだった。
「なんじゃ、トア。ワシの顔に何かついておるのか?」
「その……大丈夫ですか?」
「? 何がじゃ?」
「いえ、問題ないならいいんです」
「な、なんじゃ! どういう意味なんじゃ! なぜそんなに優しい目をしておる!」
ローザから追及されるが、一瞬でも「お年寄り」というワードでローザの顔が浮かんだとは口が裂けても言えないトアだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます