第567話 たまにはひとりでのんびりと
「よし、と……こんなところかな」
ある日の要塞村。
時刻は深夜。
最後の見回りを終えたトアは、エステルたちの待つ村長室へ戻ろうとしていた。
村民が増えた今では、夜中でも大人たちが酒盛りをしていることもあるので、わざわざ見て回らなくてもいいのだが、こればかりは要塞で生活を始めた頃からの習慣となっており、何もしないでいるのはかえって調子が狂ってしまうくらいだ。
ただ、本来であれば夕食が終わってから見回りを開始するので、今日みたいに周囲が真っ暗になってから出歩くことはない。
それでも珍しく遅くに部屋を出たのにはわけがあった。
「今日はひとりだからなぁ」
廊下の窓から見える月を眺めながら、トアは呟く。
そう。
この日、エステルたち女性陣はエノドアにあるエルフのケーキ屋でひと晩過ごすことになっていた。なんでも、要塞村の面々だけじゃなく、自警団のネリスやモニカ、そしてクレイブの妹であるミリアなど、たくさんの女子が集まる、いわゆる女子会を開くらしい。
また、フォルは定期メンテのために現在魔力をシャットダウン中。さらにローザやシャウナといった八極組も現在外出中であり、この日の要塞村はとても静かだった。
「なんだか不思議な感じだなぁ」
夜空に浮かぶ月があまりにも綺麗だったので、もっとよく見ようとお月見のために作った庭園へとやってきたトア。
いつもなら、彼の周りには必ず誰かがいた。
いない時でも、それを見つけて声をかけてくれる村民がいる。
だが、今日は特にそれもなく、ひとりでいる時間が長かった。寂しいと思う反面、普段では滅多に味わえない静寂の中に身を置くトアは、どこか新鮮な気持ちで夜風に当たりながら星空を眺めている。
「だいぶ過ごしやすくなってきたな」
頬を撫でる風には、ほんのわずかに冷気が含まれている。
暑すぎず、それでいて寒すぎず。
とても過ごしやすい気候だった。
「本当に静かだなぁ」
誰もいないということもあってか、自覚できるくらい独り言が多くなる――その時だった。
「うん?」
トアの目の前に、粒子となった金色の魔力が。
それは神樹ヴェキラによるものであった。
まるで、「私がここにいるよ」とトアに教えているかのごとく、煌めく魔力がとめどなく降り注いでいた。
「……そうだな。まだ君がいたな。忘れていてすまない」
この要塞村にいる以上、トアは誰かとつながっている。しかしそれは決して息苦しいものではなく、むしろトアにとっては居心地の良さを覚えるほどのものであった。
「まあ……今日くらいはこの静かな時間を楽しむとするかな」
その場に寝っ転がり、神樹ヴェキラの後ろに広がる夜空を眺める。
たまにはこういう時間も悪くない。
そんなことを思いながら、トアはゆっくりと目を閉じたのだった。
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