第575話 幽霊の憂鬱(定期)

 新たに誕生した魔導鉄道。

 本格的な運用が少しずつ開始されたこともあってか、要塞村へやってくる人の数も増えつつある。


 そんな中、地下迷宮や遺跡の調査団をまとめるシャウナの立案により、迷宮や遺跡で発見されたアイテムなどを展示しておく部屋を用意することとなった。

《要塞職人》のジョブを持つトアの能力であれば、要塞内に部屋をひとつ増設するのは造作もない。すぐに新しい部屋を造りだすと、そこを展示室として開放した。

 

 これが思いのほか大好評だった。

 当初、シャウナは考古学に興味のある大人が集まるだろうと予想していたが、意外にも小さな子どもたちのハートを鷲掴みにしていた。


「考古学の担い手は年々減っていると聞くからね。これで少しでもこの分野に興味を持ってもらえたら嬉しいよ」


 そう語るシャウナの表情はまさに学者そのものだった。

 一方、調査団が使う詰め所の近くにあるその展示室には、もうひとつの名物があった。


「こちらは先日、銀狼族のテレンスさんが見つけた古い剣ですわ。シャウナさんの見立てによりますと、およそ三百年前に使用されていた物とのこと」

「「「すげぇ!」」」


 子どもたちに展示品の解説をしているのは、この要塞に住む亡霊のアイリーンであった。

 明るくて可愛らしく、物腰も穏やかな彼女はあっという間に人気者となった。


「さすがですね、アイリーン様」

「前から人気はあったけど、鉄道が開通してお客さんが増えたらさらに勢いが増した感じがするな」


 フォルとトアは子どもたちに囲まれながら笑顔を見せるアイリーンの様子を眺めながらそんな話をする。

 やがて、客足にひと区切りがついたらしく、アイリーンはふたりのもとへとやってきた――が、その顔つきはなんだか不満げに映る。


「どうかしたのか、アイリーン?」

「気分でも悪いのですか?」

「いえ、私は幽霊ですから……体調に変化はありません。ただ――」

「「ただ?」」

「みなさん――わたくしが幽霊というのを忘れすぎていませんこと!?」


 腹の底から吐きだした、渾身の叫びだった。


「えっ? そんなことないんじゃないか?」

「みなさん、アイリーン様が幽霊であることは百も承知です」

「その冷静な振る舞い方がすでにおかしいですわ! よく考えてみてくださいまし――もし目の前に亡くなった人間が存在していたらどうです!?」

「それは……怖いな」

「えぇ……信じられません」

「ではそのままわたくしへ視線を移してください」


 顔を見合わせていたトアとフォルは、揃ってアイリーンへと視線を移す。


「どうですの?」

「どうって……ねぇ?」

「えぇ……答えはひとつしかありません」

「「とても可愛い」」

「えへへ――じゃありませんわ!!」


 笑顔だったのはほんの一瞬だけ。

 ハッと我に返ったアイリーンはすぐに怒りの表情を浮かべた。

 どうやら、幽霊としての自身の在り方に自信をなくしているようだった。


「アイリーン様はそのままでよろしいのですよ」

「えっ?」

「皆さんの心を癒す幽霊……それは世界でただひとり、アイリーン様にしかできない唯一の称号なのです」

「フォルさん……!」


 さっきまでの怒り顔から、フォルのフォローによって満面の笑みへと変わる。

 それを見ていたトアへ、近くにいたシャウナが声をかけた。


「トア村長……あれだよ、あれ」

「……見習います」


 自律型甲冑兵に先を越された気になったトアは、さっきのアイリーンのように落ち込むのだった。

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