第122話 決着

※次回は今週木曜日に更新予定!




「バカな……人間の――それも子ども相手にここまで追いつめられるなんて……」


 大地の精霊女王アネスは顔面蒼白となり、目の前に立ちふさがるトアを睨みつける。


「リディスたちを解放して、立ち去ってください。あなたがどれだけ頼もうが、俺たちはあの村を捨てるつもりはない」


 黄金色に輝く剣を手にしたトアはアネスへそう宣言する。戦いを見守っていたエステルたちも、トアの意見に賛同の意思を示すように頷いた。


「お、おのれぇ……」


 実力差は明白――だが、アネスはそれを認めようとしない。精霊女王として、多くの精霊を束ねる者が、人間に負けるなどあってはならないという考えが働いていた。

 しかし、このトア・マクレイグなる少年はこれまで見てきたどの人間にも当てはまらない規格外の存在だ。

 底知れぬ黄金の魔力を身にまとい、高い身体能力で強烈な攻撃を繰り出してくる。反撃をする間も与えられず、こちらは体力と魔力を削られていく一方。すでに満身創痍で、逆転の目はない。敗北は確定的だった。

 それでも、女王として意地なのか、アネスは立ち上がってトアへ立ち向かう。


「これで終わりにする!」


 アネスは自身に残された魔力を収束させると、トアへ向けてそれを放つ。緑色の球体をした膨大な魔力の塊が迫ってきても、トアは落ち着いていた。


「往生際が悪いぞ!」


 アネス最後の攻撃に対し、トアは一歩も怯むことなく剣を構える。すると、金色の輝きは増していき、大気が震え始めた。


「はあああああああああああああっ!!!」


 剣を振るい、アネスの放った魔力の塊に斬りかかる。

 ふたつの魔力が衝突した時、植物城は大きく揺れ、足場が崩壊を始めた。トアとアネスのぶつかり合いに耐えられなくなってきているのだ。


「ちょ、ちょっと! このままだとヤバいんじゃない!?」

「この城がもたんか……致し方ない。少し距離をとるぞ」

「で、でも、トアが――」

「トアなら平気じゃ。それより、ワシらがここにとどまって余計な心配をかける方がマイナスじゃろう」

「そ、そうですね……」

 

 エステルは撤退に難色を示したが、ローザの意見を聞き入れて一旦この場を離れることにした。


「だあああああああああああああっ!!」


 アネスの魔力に正面からぶつかり、全身の力を込めて剣を押し込む。凄まじい勢いのあった魔力をとどめると、トアへさらに強力な魔力の供給がなされた。


「! 神樹がトアに力を……」


 一番後方で戦いを見守っていたローザは枯れることなく溢れ出るトアの魔力に目を見張っていた。これまでも、神樹がトアに手を貸すことはあったが、相手が精霊女王というこれまでにない強敵であったためか、惜しみなくトアへ魔力を注いでいた。


「神樹に認められ、今のような魔力が常に供給されるとなったら……ワシらでもトアを止めることは難しくなるじゃろうな」


 八極の力をもってしても、神樹の加護を一心に受けるトアには勝てないかもしれない――精霊女王アネスと戦うトアの背中を見ながら、ローザはそんなことを思った。

 そして――


「うおおおおおおおおおっ!!!!」


 トアは神樹に背を押され、とうとうアネスの放った魔力を両断することに成功する。


「やった!」

「さすがは我がマスター」

「ま、トアなら当然の結果ね」

「お見事です!」

「わっふ~、トア様カッコいいです~!」


 エステルたちはトアの勝利を確信して互いにハイタッチをしている。

 だが、トアはまだ油断をしてはいない。 

 魔力を断ち切った直後に発生した煙により視界が悪くなり、肝心のアネスの姿が見えなくなっていたのだ。

 もしかしたら、まだ相手は健在なのかもしれない。

 最後の最後まで気を引き締めていたトアであったが、そんな張り詰めた空気を和らげる穏やかな声が頭上から聞こえてきた。


「トア村長~、感謝するのだ~」

「リディス!?」


 檻の中に閉じ込められていたリディスが、いつものようにふよふよと木の葉のようにゆったりと浮遊しながら近づいてくる。


「い、一体どうして?」

「アネス様の魔力が尽きたのおかげなのだ~」

「魔力が尽きた――あっ!」


 思わず声を出したトアの視線はリディスたちの背後に向けられる。そこには巨大な蕾があった。


「あれは……」

「魔力を使い果たしたアネス様は蕾の状態に戻ってしまったのだ~」

「蕾の状態?」

「なくなった魔力をため込むのにしばらくの時間が必要になるのだ~。そのために、安全な蕾の中で過ごすのだ~」

「なるほど……」


 確かに、先ほどまでの魔力は何も感じない。

 この蕾の中で眠っているのは確かなようだ。


「でも~」

「? でも?」

「なんだか様子が変なのだ~」

「え?」


 リディスが異変を察知したことをトアに告げたとほぼ同時に、蕾がゆっくりと開かれていった。


「うん? 何かが横たわっているようだけど――」


 開かれた蕾の中に何かを発見したトアはそこを覗き込み、息を呑む。

 そこには赤ん坊が静かな寝息を立てていた。


「あ、赤ちゃん!?」

「まさか……そこまで魔力を消費していたとは驚きなのだ~」

「え? てことは……この子ってあの精霊女王!?」

「ねぇ、何があったの?」


 遠目から見るとトアとリディスたちが何やらもめている感じだったので、心配したエステルが歩み寄ってくる。すると、人の気配を感じ取ったのか、寝ていた赤ちゃんが目を覚まし、ぐずり始めた。


「あうあ~」

「へ? 赤ちゃん?」


 まさかの赤ん坊登場に、エステルから気の抜けた声が漏れる。しばらく呆然としていたが、赤ん坊が泣きだしたことで我に返り、思わず抱き上げてしまう。


「よしよ~し」


 さすがは普段要塞村の子どもたちに魔法を教えているだけはある。赤ん坊の扱いもお手の物らしく、元精霊女王の赤ん坊はもう笑顔になっている。


「トア村長~、相談があるのだ~」

「あの赤ちゃんについて?」

「そうなのだ~。今の精霊女王は見た目通りの赤ちゃんなのだ~。だからこれからの育て方次第であの性格を矯正できるのだ~」

「……前は相当ひねくれた人に育てられたみたいだね」


 アネスの性格を思い出すと、そうとしか考えられなかった。


「だったら、母親役はエステルが適任だね」

「は、母親!? わ、私が!?」


 いきなりトアから母親役を指名されて、動揺するエステル。


「エステルならきっといいお母さんになれると思うんだ」

「お、お母さんって……わ、私はまだあんな恥ずかしい体験は……で、でも、トアが相手なら私は……」


 エステルは顔を真っ赤に染め上げてモジモジと何事かを呟いていた。その内容までは聞き取れなかったが、大体の察しはつく。


「そういえばシャウナさんに変なこと教えられたんだっけ……」


 脳裏に浮かぶは八極のひとり《黒蛇のシャウナ》。

 クラーラを除く要塞村の女子たちへ過激な性教育を行ったことでしばらくギクシャクしていた過去がよみがえってくる。


「あ、あの、エステル?」

「――はっ! ご、ごめんなさい。この子の世話は私に任せて! シロちゃんを育てているマフレナと協力しながら全力で母親役をまっとうするわ!」

「う、うん。お願いするね」


 使命感にアツく燃えるエステルを前に、とりあえずはこのまま任せても大丈夫そうだとトアは判断した。――が、後で詳細をクラーラやジャネットにも伝えておかなければいけないだろうとも思うのだった。


「さあ、とりあえず……村へ帰ろうか」

「そうね」

「了解なのだ~」


 ひと段落ついたところで、トアは急速と結果報告も兼ねて一旦村へ戻ることを仲間たちに告げて、植物城をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る