第452話 霧の館の魔法使い⑥ 圧倒

 さらわれたエノドアの子どもたちを救出するため、森の中に忽然と現れた館に住む謎の魔法使いと戦うことになったトア。


 ――しかし、どうにもちぐはぐな相手の言動に翻弄されていた。

 このまま戦いが長引くのは望ましくないと判断したトアは、早期決着をつけるため、聖剣に魔力を込めて勝負に出た。


 神樹ヴェキラの魔力を受けて、金色の輝きを放つ聖剣。

 その常軌を逸した魔力量に、対戦相手の少女は、


「な、なななな、何よ、そのデタラメな魔力量は!?」


 震えあがっていた。

 そんな相手の様子を目の当たりにしつつも、トアは気を緩めなかった。現在は要塞村の住人でもある現役の「世界最高の魔法使い」ことローザ・バンテンシュタインに真っ向からケンカを売っていった少女が相手だ。

 そうした態度も、こちらの油断を誘う演技かもしれない。

 

「こいつで……!」


 トアは神樹の魔力を炎に変換する。

 金色の炎で聖剣をまとい、それを巨大な矢のようにして少女へと放った。


「ひいいいいいいいいいいいっ!?」


 怯えまくる少女は間一髪のところで攻撃を回避。

 金色の炎の矢は館の壁に激突すると大爆発を起こし、大きな穴を開けた。


「さすがにこの程度の牽制は避けてくるか……」

「あれで牽制レベルなの!?」


 館の壁を破壊するほどの威力を持った魔法だったが、トアとしては相手の出方をうかがうために放った、いわばお試しの攻撃。

 そんな、今の攻撃で分かったことがある。



 あの少女は――世界一を名乗るほどの実力があるわけではない。



 さすがにここまでくれば、察しの悪いトアでも彼女の強気が空回りしていたことに気づくことができた。

 トアはゆっくりと聖剣を下ろす。


「ここまでにしよう」

「ふぇっ?」

「これ以上の戦闘は無意味だ。大人しく子どもたちを――」

「ま、まだよ!」

 

 トアの強烈な一撃を前にして腰を抜かしていた少女は、目を真っ赤にしながらも立ち上がった。


「このままじゃ終われないわ!」

「いや、でも――」

「問答無用!」


 少女は杖を振るい、雷系魔法でトアを攻撃。

 だが、その威力は先ほどトアの放った炎の矢に比べると貧弱で、聖剣を軽く横へ振るうだけで簡単に薙ぎ払えてしまうほどだった。


「そ、そんな……ここまで力差があるなんて……」


 トアと自分との間にある高い壁。 

 それを改めて実感した少女は、絶望のあまり膝から崩れ落ちる。

 戦意喪失。

 少女の行動をそう受け取ったトアは、聖剣を鞘へとしまう。

 ちょうどその時、


「やれやれ……ワシらが来るまでもなかったか」


 館の扉が開かれ、ローザとシャウナ、そしてクラーラがやってきた。


「トア! 大丈夫!?」

「クラーラ? ああ、問題ないよ」


 必死の形相を浮かべるクラーラに対し、トアは余裕の表情で手を振った。それを見たクラーラはホッと胸を撫でおろす。


「ローザさん、なんとか決着を――」

「まだじゃよ、トア」


 戦いの終わりを宣言しようとしたトアに、ローザは待ったをかける。そして、項垂れている少女へと話しかけた。


「お主……何者じゃ?」


 ローザがそう尋ねると、クラーラが首を傾げる。


「えっ? その人がカラム・ブレイクリーって魔法使いじゃないんですか?」

「!? ち、違いますよ!?」


 少女は勢いよく顔を上げてそれを否定する。


「私の名前はアドリアナと言います! カラム様ではありません!」

「カラム様……?」


 どうやら、本人ではないが無関係というわけではないらしい。

 となると――まだこの館の中に、黒幕であるカラム・ブレイクリーがいるかもしれないというわけだ。

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