第64話 記念日
※今週から作者のリアルジョブが繁忙期のため、1、2日ほど間があくかもしれません。ご了承くださいm(__)m
その日、トア・マクレイグは早朝から戸惑っていた。
「エステル、おはよう」
「! お、おはよう……トア。じゃ、じゃあ、私はこれで」
朝の挨拶も早々に、エステルはそそくさとその場を立ち去る。このような出来事はエステルに限ったことではなかった。
「あ、と、トア、おはよう――それじゃ!」
「え、えっと……ごめんなさい、トアさん。今日は一日工房にこもる予定ですので……」
「わふぅ……トア様、ごめんなさい!」
クラーラ、ジャネット、マフレナも似たようなリアクションであった。フォルやローザ、シャウナについては姿さえ見えない。
「俺……何かやっちゃったかな」
露骨に避けられている――そう感じたトアは原因を追究をしようと今日までの自分の行いを振り返る。だが、これといって思い当たる節はない。知らず知らずのうちに、みんなを傷つけるようなことをしてしまったのかもしれないと不安でいっぱいになった。
そんなトアが向かった先は鉱山の町エノドアだった。
立ち寄ったのは自警団の駐屯所。
そこにいたのは聖騎隊養成所時代からの付き合いがあるクレイブ、エドガー、ネリスの三人だった。
「トアが嫌われることなど断じてない!!!」
怒りをあらわに絶叫するクレイブをエドガーが宥めつつ、ネリスがさらに詳しい内容をトアから聞きだす。
「要塞村の人たちとの付き合いはまだ浅いからなんとも言えないけれど、少なくともあのエステルがトアを嫌うことなんてまずあり得ないわ」
「そ、そうかな……」
トアは自身なさげに言うが、ネリスからすれば「何を今さら」とちょっと呆れ気味だった。
聖騎隊養成所時代――顔良し、スタイル良し、性格良しの三拍子が揃ったエステルが誰とも交際していなかったのはトアの影響がとてつもなく大きい。
というのも、トアは気づいていないようだが、エステルがトアへ向ける視線は、ただの幼馴染という関係を遥かに超越した熱量を放っていた。
それを男子たちは敏感に察知し、早々にエステル狙いをやめる者が続出。中にはエドガーのように特攻する者もいたが、結局は玉砕という形で終了という結末を迎えている。
しかもふたりは無意識&無自覚にイチャイチャすることもあるので、周りの嫉妬は凄まじいものだった。
ゆえに、トアが役立たずジョブだと知れ渡った時、「今が好機」と男たちはエステルへを口説きにかかったが、誰ひとりとしてモノにできた者はいなかった。
そんなエステルがトアを嫌うことなど天地がひっくり返ってもあり得ないだろうとネリスは踏んでいた。
「じゃ、じゃあ、どうしてエステルは俺を……」
「何か理由があるんじゃないか?」
「そうなんでしょうけど――て、クレイブはどうしたのよ」
「だいぶ取り乱していたみたいだから縄で縛って椅子にくくりつけてある。ほれ、あそこ」
エドガーは指さした方向には確かに椅子にくくりつけられているクレイブの姿があった。
「だ、大丈夫?」
「平気だろ。クレイブはおまえが絡むとよく暴走する――養成所時代から続くあいつ限定のブームみたいなものだ」
「そ、そうなんだ」
知られざるクレイブの一面を知ったトア。
とりあえず、冷静さを欠いているクレイブを除くふたりと一緒にどうするべきか話し合いをしようとした時、部屋のドアがノックされて少女の声がした。
「こんにちは~」
その声はトアのよく知る少女のものだった。
「? ジャネット?」
「えっ!? トアさん!?」
背負った籠いっぱいに武器を詰め込んだジャネットが思わず大声を出す。
ジャネットは自警団の武器の手入れや補充を担当しているため、よくこの駐屯地を訪れており、クレイブたちと親しい間柄を築いている。
「自警団の武器の補充かい?」
「え、ええ、そうなんです……」
やはりどこかよそよそしい感じのするジャネット。
すると、籠に入った新品の武器と一緒に何やら手紙のようなものを受け取ったエドガーに渡しているのを目撃。それをもらった途端、エドガーの表情が一変する。
「そ、それじゃあ、私はこれで失礼します」
武器を渡すとこれまた素っ気ない感じで駐屯所を出て行くジャネット。ネリスが「あ、ちょっと!」と止めるのも聞かず、足早にエノドアから出て行った。
「うぅ……やっぱり嫌われてしまったかな」
「そ、そんなわけないわよ!」
さらに落ち込むトアを必死に励まそうとするネリス。すると、ジャネットから武器とメッセージを受け取ったエドガーがトアへある物を差し出した。
それは鍛錬用にと作られた模造剣だった。
「久しぶりにちょっと手合わせしないか?」
ニカッと白い歯を見せてトアへそう提案するエドガー。
しかし、ネリスはそれに異を唱える。
「あんたは剣士のジョブ持ちなんだから勝てるに決まっているでしょ」
「いや、俺が提案するのは――ジョブの力に頼らない勝負だ。ほれ、俺とおまえが養成所で初めてやった演習と同じルールだ」
「あ」
トアは思い出した。
養成所で初めてエドガーに会った時のことを。
だが、なぜ突然あの頃のように素面での剣術勝負を挑まれているのかはよく理解できなかった。それについて、エドガーはこう述べる。
「うじうじ悩んでいても仕方がねぇ。こういう時は派手に暴れて気分をスッキリさせるのが一番だ」
「それじゃあなんの解決にもなってないじゃない」
「心境が前向きになれるだけでもだいぶ違うぜ? まあ、俺があの時のリベンジをしたいって気持ちがないわけでもないがな」
以前はトアの圧勝に終わったが、その時から成長した姿をエドガーは見せたいと言う。
「……分かったよ」
「そうこなくっちゃよ」
ドアはエドガーの案に乗った。
◇◇◇
戦いの場は鉱山近くで決まった。
夕方近いということもあって、キリのいいところで仕事を終えた鉱夫たちがギャラリーとして集まってきていた。さらに立会人としてネリスと解放されたクレイブ、そして自警団長のジェンソンがこの戦いを見届けるためやって来ていた。
「トア村長は強いのかい?」
「養成所にいた頃までしか知りませんが、ジョブなしという条件ならば相当強いですよ、トアは」
「でも、エドガーだって毎日鍛錬を続けてきたわけだし、以前のような一方的な展開にはならないと思うわ」
ジェンソンの問いかけに対し、クレイブとネリスはそれぞれの見解を述べる。
「よっしゃ! そろそろ始めるか」
「うん!」
トアとエドガーが模造剣を構える。
両者の間合いが徐々に詰まっていき、トアがわずかに剣先を下げた瞬間にエドガーが先制攻撃を仕掛けた。
「うおおぉ!」
激しい連打がトアを襲う。
養成所時代に受けていたものとは段違いに重く、何より速い。大剣豪のジョブを持つクラーラと遜色ないほどだ。
だが、防戦一方で終わるわけにはいかないトアは反撃に出た。
「せいっ!」
荒々しい連打の隙をかいくぐるようにして放たれる一撃。
それは的確にエドガーの肩口を捉えた。
「ぐおっ!?」
まともに食らったエドガーは一歩後退。肩を手で押さえつつ、ニヤリと笑みをこぼした。
「嬉しいぜぇ、トア……おまえはそうやって、俺の想像の一歩も二歩も先を行く。だから俺も追いつきてぇって思える。もっと強くなれるんだ!」
「エドガー……」
再び構える両者。
すると、ふたりの戦いぶりを目の当たりにした鉱夫たちから歓声があがる。
「いいぞ、エドガー! おまえも一撃お見舞いしてやれ!」
「トア村長も負けんなぁ!」
鉱夫たちからの大歓声を背に、トアとエドガーが再びぶつかろうとした瞬間だった。
パァン!
上空から破裂音のようなものがしたかと思うと、色付きの煙が風に流されて空をふよふよと漂っていた。
「おっと、もう時間切れか」
エドガーにはその煙の意味が分かるらしく、構えていた模造剣を下ろした。
「ここまでだ、トア。村へ戻ってみな。きっと朝とはまったく違う態度で村人たちが迎えてくれるはずだぜ?」
「へ? どういうこと?」
「行けば分かる。ほら、行けよ。俺たちも後で行くから」
「? う、うん」
トアはエドガーに促されるまま、村への帰路へと就いた。
「どういうことだ、エドガー」
「ちゃんと説明してよね!」
「俺にも頼むよ、エドガー」
クレイブとネリスとジェンソン、そして試合を楽しみにしていた多くの鉱夫たちから説明を求められるエドガー。
「ジャネットが持ってきた紙にあったんだよ。準備が整うまで、トアをエノドアに釘付けにしておいてほしいって」
「? 準備って何よ」
「行けば分かる。さあ、俺たちも支度をしようぜ」
「支度って……何をしにどこへ行くというんだ?」
クレイブから尋ねられたエドガーは笑顔で答えた。
「要塞村へ――宴会を楽しみに行くのさ」
◇◇◇
トアが要塞村へ着く頃には少し暗くなり始めていた。
しかし、進行方向に凄まじい輝きが発生しているのを発見する。
「な、なんだ、あの光は」
駆けだしたトアはその光の正体を目の当たりにして唖然とした。
「し、神樹が……花を咲かせている?」
輝きの正体は神樹に咲いたたくさんの花。そのひとつひとつが金色の輝きを放ってトアを出迎えた。
さらに村へ近づくと、派手な飾りつけが施され、おいしそうな料理が要塞の外に設置された大きなテーブルの上に並んでいるのを発見する。いつも以上に豪華な宴会の準備が進められていたのだ。
「こ、これは……」
事態を呑み込めず立ち尽くすトア。
そこへ、トアの存在に気づいた村人たちが一斉に押し寄せる。
「おかえりなさい、村長!」
「ささ、こちらへ!」
「今日の主役はあなたなのですから!」
オークのメルビン、エルフ族のセドリック、ドワーフ族のゴランに連れられて、トアは宴会場のど真ん中に設置された特等席へ案内される。そこには今朝、気まずい感じになった少女たちの姿もあった。
「トア、ごめんね」
「この大宴会の準備を隠しておく必要があったからあんな変な態度を取っちゃたの」
「わふっ! でも、計画通り驚いてくれたみたいです!」
「それに関しては大成功でしたね」
エステル、クラーラ、マフレナ、ジャネットの四人はトアの驚いた表情を見てそれぞれハイタッチで成功を祝う。
だが、トアは未だに何が何やら意味が分からない状況だった。
そもそも、この大宴会は一体なんなのか。
「えっと……今日って誰かの誕生日だっけ?」
「何言っているのよ」
クラーラがトスっと肘で脇を小突く。
「今日はあなたと私がこの要塞に辿り着いてからちょうど一年になる日よ」
「えっ? ――あっ」
「言われてみれば……もうそんなに経つのか」――それが、率直な感想だった。
フェルネンドを出て、この要塞に迷い込み、クラーラとフォルに出会って、それからたくさんの仲間が増えて、エステルと再会し、クレイブたちともまた会えた。
毎日いろんなことがあって、とても楽しくて、だからあっという間に過ぎていって――気がつけばもうそんなに時が流れていたのだ。
「今こうして私たちが笑っていられるのはトアのおかげなんだから」
「そうよ、トア。私だって、フェルネンドを出て、トアにまた会えたから今はとても幸せなのよ?」
「わっふぅ! 私もトア様と出会えてよかったと心から思っています!!!」
「わ、私もよかったと思っていますよ?」
「当然ながら僕もです」
「みんな……」
今朝の不自然な態度がサプライズ演出であったことと、こうして一周年を村人たちが祝ってくれた喜びが合わさった結果、トアの声は震えていた。
盛大に始まった要塞村誕生一周年記念宴会は、エノドアや鋼の山の住人たちも参加して夜明けまで続くのであった。
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