第351話 要塞村の《香り》事情
秋服への衣替えも終わり、要塞村を囲む木々は赤く染まっていた。
子どもたちからのリクエストを受けてツリーハウスを製作するドワーフたちの仕事を眺めながら、トアは間もなく本格的に始まろうとしている鉄道調査のため、要塞村から協力のために派遣するメンバーを決めていた。
希望者を募ったところ、ドワーフたちは全員が参加を希望。
帝国の英知の結晶である鉄道を調べることができるとあって、知的好奇心の強い彼らは今からとても楽しみにしている。
ただ、同じく帝国の英知の結晶であるフォルは「僕のアイデンティティーが……」と少し落ち込み気味であったが……。
一方、村の方はというと、収穫祭が終わって数日経つが、要塞村の賑わいは未だ衰え知らずであった。
市場は朝から活気に満ちており、地下迷宮へ潜りたいと名乗りをあげる冒険者の数も日に日に増えていった。
シャウナが古代遺跡の調査を続行しているため、現在の地下迷宮責任者である銀狼族のテレンスからは嬉しい悲鳴が聞こえる。――が、地下迷宮の看板娘であるアイリーンは「むさい殿方が増えますわ……」とげんなりした様子だった。
そんな村を見て回るトアとフォル。
すると、そこへエステルがやってきた。
「あら、トア。今日も市場の見回り?」
「まあね。――うん?」
いつものようになんでもない話をしていたトアとエステル――が、トアの方はエステルの異変に気づいた。
「エステル……なんだかいい匂いがするね」
「えっ? そ、そうかしら?」
とぼけた感じを見るところ、本当は何か隠しているらしい。
すると、その状況を見かねたフォルが、
「実は、エステル様は今日香水を使っているんですよ」
「香水?」
「フォ、フォル!?」
どうやらエステルとしては隠しておきたかったらしいが、さすがにいつもと違いすぎるのでさすがのトアでも気づいたようだ。
「へぇ、いい匂いだと思うよ。俺は好きだな」
「ほ、本当!?」
グイッと体をトアへと近づけ、瞳を輝かせながら確認するエステル。よほどトアに気に入られたことが嬉しかったのだろう。
「う、うん。エステルにピッタリ合っているよ」
「よ、よかった~……」
安堵のため息を漏らすエステル。そこへ、朝一の狩りから戻ったクラーラとマフレナも合流する。
「何? 何の話をしているの?」
「わふっ! なんだかエステルちゃん、嬉しそうです!」
「実は――」
エステルはふたりに香水の話をする。
その際、トアが気に入ってくれたという部分を強調して話したため、
「「…………」」
クラーラとマフレナも強い興味を抱いたようだ。
「エ、エステル……その香水って、どこで手に入れたの?」
「えっと……これはフォルが作ってくれたのよ」
「「「ええっ!?」」」
これには女子ふたりだけでなく、トアも驚いた。
「帝国で一時期流行っていた香水を再現したんですよ」
「あんた……私の時は髪型とか栄養ドリンクとか、変な物ばっかり寄越すくせに、エステルの時はなんでまともなのよ……」
「栄養ドリンクについてはクラーラ様が勝手に飲んだだけのような……」
「そ、それは確かに……って、そうじゃなくて! 香水はもうないの?」
「残念ながら、もう手元には残っていません。地下迷宮で手に入れた材料を使っていたので、同じ物が見つからない限り、再現も不可能かと」
「わふぅ……そうなんですか……」
ションボリと肩を落とすマフレナ。――だが、
「確かに、帝国産の香水は再現できませんが、他にもいい香水はありますよ? それこそ、この市場で売っているんじゃないですか?」
「! そ、そうよ! ここで手に入るじゃない!」
「わっふぅ! そうでした!」
「ツリーハウスづくりをしているジャネットも呼んで、みんなで見て回りましょう」
「「さんせ~い!」」
女子三人はキャッキャとはしゃぎながら、ジャネットを呼びにツリーハウスの製作現場へと向かって歩きだした。
「な、なんていうか……女の子って凄いね」
「ああやって、大人の階段をのぼっていくのですよ」
楽しそうにしているエステルたちの背中を見つめながら、トアとフォルはそう呟くのだった。
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