第388話 報告と天使の絶叫

 セリウス王国。


 この日、王都にある国王の居城に来客があった。

 その男の名はチェイス・ファグナス。

 国内でも三本の指に入る大貴族であるチェイスが城を訪れた理由は、次期国王の最有力候補とされている第一王子のバーノンにあった。

 

 そのバーノンと城内にある一室で合流すると、チェイスは早速トアから受けた浮遊大陸の報告を伝える。

 本来はトア本人が伝えに来るのだが、今回はチェイスが代理として訪れていた。


「浮遊大陸か……またとんでもないところへ行くな、あの少年は」

「もしかしたら、そういう存在に愛されているのかもしれませんな。《要塞職人》というスキルも、神が彼をあのディーフォルへ導くために与えたのではないかと思えてきますよ」


 チェイスは冗談交じりに言うが、バーノンは「あり得あるかもしれないな」と、その可能性も考えていた。


「しかし……まさか八極まで絡んでいるとは」

「あの伝説の勇者ヴィクトールに赤鼻のアバランチ、そして死境のテスタロッサ……そこにセリウスで暮らす枯れ泉の魔女と黒蛇と鉄腕の三人が加わり、堕天使ジェダとかつて地上で暴れ回った魔獣を追っているようです」

「八人中六人がかかわっているのか……残った百療と魔人女王について、何か聞いてはいないか?」

「百療はもともとヒノモト王国に忠誠を誓うサムライですから、ジェフリー王子の近くにいるでしょう」


 バーノンとケイスの弟で、現在はヒノモト王家のツルヒメと結婚し、そちらで暮らしているジェフリーならば、百療のイズモと今も頻繁に会っているだろう。


「一度、ジェフリーに聞いてみるか」

「もうひとりの魔人女王カーミラですが……こちらに関してはまったく情報が入ってきていません。ただ、トア村長曰く、協力的ではあるとのことでした」

「ふむ……その辺りはまだ要注意ということか」


 顎に手を添えながら、バーノンは唸るように語る。


「とはいえ、消息が不明になっていた八極と接触できたのは大きいな」

「元々ローザ殿やシャウナ殿といったあたりが村民として名を連ねているため、八極との接点があったのですが、どうも要塞村に暮らすエルフのクラーラという少女が、八極のひとりであるダークエルフのテスタロッサと親しかったようで」

「クラーラ? ――ああ、舞踏会に来ていた子か」


 バーノンの脳裏に、以前舞踏会に招待された四人の少女が浮かび上がる。


「確か、金髪で髪を縛っていた……」

「えぇ、その子です。あと、メガネをかけていた紫の髪の女の子――ジャネットは、八極のひとりである鉄腕のガドゲルの娘です」

「そうだったな。……やれやれ、改めて情報を整理すると本当にとんでもないな、要塞村は」

「おまけに新しく天使が村民として加わりましたからね」

「天使、か」


 ふと、バーノンの視線が壁際に注がれる。

 そこにあるのは一枚の絵。

 その絵には、優雅に踊る天使が描かれていた。


「一度も会ったことはないが……きっととても聡明で穏やかなのだろうな」

「私もまだ顔を合わせていないので、気にはなっているんですよ」


 バーノンとチェイスは共に絵を眺めながら、


「天使かぁ……」


 と、まだ見ぬ存在へ期待を膨らませていた。


  ◇◇◇


「いいいいいいいいいいいやああああああああああああああ!!!!!」


 要塞村に絶叫が轟く。


「何もそこまで驚かなくてもいいではありませんか」

「なんっで魔人族がいるのよおおおおおおおお!」

「自分は魔界からうっかりこっちへ転移してしまったのであります」

「近寄るなあああああああ!!」


 天使リラエルは大パニックに陥る。

 本来、天使と魔人族は天界と魔界に住む、いわゆる相容れぬ存在。

 ただ、魔人族のメディーナは割とフランクにリラエルへ話しかけているのだが、そのリラエルは完全拒否といった感じにまったく話を聞こうとしない。


「どうしましょうか、マスター」

「うーん……」


 腕を組み、悩むトア。

 結局、落ち着くまでの間、以前ジャネットが子どもたちのために造ったツリーハウスで生活することとなった。


「うぅ……もういやぁ……早く天界に帰りたい……」


 天使リラエルは涙を鼻水にまみれながら、早くもホームシックに陥っていた。

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