第342話、君を哀しませたこと、僕は抑えられず……
リアは、力の抜けたまゆをそっと横たえると。
起き上がって止められる前にと、さっさと『魂の宝珠』を手に入れる事を決断する。
背中に負う赤い法久は、あれから赤子のようにくっついたまま何も語らない。
ただ、仄かに振動する温かみがあって、これがロボットの鼓動なのだと、リアは納得していて。
「赤いのりひささん。外に出るときは危ないですから、玄関の魔法陣のとこで待っててくださいね」
「……」
扉を開ける役目の片割れは、彼に任せようなんて心づもりだったのだろうが。
そう声かけるも返事はない。
最悪、引き剥がしてでも置いていかないと。
リアはそんな事も考えつつ、まゆのいるフロアから、『玄関』と呼ばれる場所に足を踏み入れる。
「やっぱりちべたいですっ」
明滅する魔法陣を揺らし彩る水たまりは、これだけ冷たいと大変かも、なんて僅かばかりリアをくじけさせる。
それでも拳を握って気を入れ直し、リアは改めて魔法陣の上に立った。
「……えっと。これでどうすれば開くのかな」
見た感じ、青い世界の見える窓のようなもの以外、『玄関』のドアはドアの形をしているだけで大きなビスが打ち付けられてるばかりで、開く気配もなく。
迷った挙句リアは、ドアへと近づき、背伸びして窓の向こうを覗き込んだ。
「……あ、下に同じようなのがありますね」
恐らく、『玄関』の魔法陣から外にあるものにと移動する仕組みなのだろう。
でなければ、開けた途端膨大な水が入ってきてしまうのだから、元々地上を想定していたものとは言え、この仕掛けで正解だったと言える。
「なるほど、リア分かったです」
初めにここに来たとき、まゆは確かにこう言っていた。
外に出るものと、『玄関』で待機するもの。
ふたりが必要なのだと。
最初は赤い法久に頼もうと思ったが、彼の背丈では息ができない気がしなくもなかった。
ならば『玄関』で待機する役目を、まゆにお願いする必要がある。
……そう思い立ち、リアが振り返った時だった。
「おねえ……ちゃん?」
もう、何度かも呼んだかもしれないフレーズ。
いつの間にやら、息も絶え絶えに起き上がっていたまゆが、怒ったような、何かを我慢する苦渋の表情を浮かべ、フロアにあった魔法陣の上に立っていた。
意図が読めず、リアが首を傾げていると。
まゆはリアの前で驚くべき行動に出る。
「【黒朝白夜】セカンドっ……ホワイトホールっ」
タイトルを口にし、白い輪を生じさせたかと思ったら、それを自らの額に叩きつけたではないか。
途端、いやな音を立ててまゆの額が割れ、血が噴き出す。
「……腕輪よっ! 装着者の行動権を奪い、行使するっ!」
「……え?」
リアは、まゆの言っている意味がよく分からなかった。
この腕輪は、外に出るためのものではなかったのか?
一体、いつからそうであると勘違いしていた?
「あ……ぐっ!?」
思えば始めから誘導され、騙されていたのだと。
遅まきに気づかされた時には、リアは自身の意志で自分の身体を動かせなくなっていて。
そのまま、膝立ちの状態で崩折れるリア。
そこに、額を割って薄紫の瞳をギラギラと、強い意志を持って光らせたまゆが近づいてくる。
「……ぁ」
そして、ついには面と向かって対するくらい、息がかかるくらいにお互いの距離が近くなって。
「……こんな僕、忘れて。始めから僕はいなかったようなものなんだから。でも、そんな、僕が願うのは、僕の存在がリア……ううん。恵ちゃんの負担にならない事、ひとつだけ……」
まるでそう言えば叶うかのように。
浮かぶのは儚くも優しい笑み。
「お、姉ちゃんっ。だめっ。……いやです、そんなの……っ!」
腕輪の力で、本当に忘れてしまいそうな気がして。
リアは必死に抵抗を試みる。
能力発動しようとするのに、だけど身体は動かなくて。
「『魂の宝珠』を送るための白い輪は、赤い法久さんに預けておくから」
「お姉ぢゃんっ!!」
昔、一度目の姉を失ったあの時のように。
ちょっとそこまで出ていくかのような軽い口ぶりで、新たに生んだ白い輪を、赤い法久の頭にそっと乗せる。
あの日のように、涙と鼻水混じりで抱きついて引き止める。
二度目の今は、そんな事すらもままならなくて。
「それじゃあ、行ってくるから」
振り向く事もできないリアは、その時まゆがどんな顔をしていたのかも分からない。
ただ、震える背中の翼だけが。
鳥海白眉の、さいごを見ていて。
「……~~っ!!」
天使のこの世の終わりを告げんとする慟哭。
夏が終わり秋めくその日。
世界中に届けと、木霊していって……。
(第343話につづく)
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