第376話、いつかまたあなたのもとに。僕は何度も命を揺らし、明日を歌う



(これは、カーヴの力……?)


極めつけは、蝶の鱗粉のごとき七色に光るオーラのようなものだろうか。

本人がそれに気づいているのなら、能力者の素養があるとして、こんな蛮勇に出た事も頷けるが。

本人の主張によると、そうでもないらしい。



恐らく、根がお人好しなのだろう。

本意ではなかったのだろうが、体が動いてしまったのかもしれない。

きっとどこかにいる大切な人を守るために。



「……っ」


そんな事を考えたら、何故かズキリと胸が痛んだ仁子であったが。

そんなものは気のせいだと切って捨てて、何とか起き上がると(密着していた事に気づいたのか、避けられるように離れられて地味に傷ついた)、改めてこんな事を考えている場合ではないと口を開く。



「……言い分はわかりました。ならばここはもうわたし達に任せてもらって大丈夫です。異世を展開しますので離れてください」


蛮勇、無謀ではあったが嫌いではないし間違っているなんて言えない。

これ以降の役目は専門家に任せておけばいいのだ。


そう言って顔を向ければ、青年は少しばかり何だか怒ったような顔をして。

離れるどころか、より一層七色のカーヴ擬きをキラキラさせて、再び近寄ってくるではないか。



「いや、ダメだっ! あのヘドロみたいなやつ銃も効かないんだっ。君みたいな、なっ……かわっ……女の子が、一人でだなんて危ないよっ」


つま先からてっぺんまで舐め回すように見つめられた後、返って来たのはしっかり言葉にならないようなそんな言葉。


定型であるなら、『かよわい』だろうか。

昔から兄……先輩達に恵体豪打などと弄られてきたというか褒められてきたので、恐らく違うだろう。


トゥェルを失い、弱っているのは確かであるが、今仁子は一人ではない。

頼もしい仲間がいる。



「大丈夫、一人ではないですから。それに……危ない事から守ってもらう必要などありません」


正直自分に向かってそんな心配をしてくれるなどと思いもよらず、何だか新鮮で照れくさい気分になる仁子であったが。


事実上、スタック班(チーム)が解体崩壊し、ここ(地上)にいるのは仁子のわがままで自業自得なので、これからどんな結果になろうと自己責任なのであって、そんな自分に気を割いてもらう意味も理由もない。


仁子はそんなつもりで、そう言えば異世をつくり出す際、取り込む人員、弾き出す人員は自由自在なのだったと気付かされた時。

青年は、まるで意を決したみたいに更に踏み込んできた。



「そんな事言われてっ……はいそうですかなんて頷けないよっ! あんた、自分のコト、自分が死ぬかもしれないってコト、どうでもいいって思ってるだろ! 死ぬのはな、痛いし怖いし気持ち悪いし、そのっ、散々なんだぞっ! ……てか、なんでおれこんな御託並べてんだっ。と、とにかく、おれは逃げないぞっ。肉の壁にでも使ってくれ! そう言うのは慣れてるっ!!」



やはり状況が状況で、どこかハイになっているのかもしれない。

そう言う彼は普段きっとそんな事を言うような人物じゃないのだろう。


もっと冷静なはずだ。

仁子は訳も分からず勝手にそんな事を思っていて。



「初めの言葉、そのまま返すわ。だったら尚更巻き込むわけいはいかない。だってあなた、大切なひとのためにここにいるのでしょう?」

「……っ」


言われて初めて気づいた、とばかりに言葉を失う青年。

やっぱり、どうしようもないお人好しなのだろう。


本意でないのに、こんな事に顔を突っ込んでいるのだ。

掛け値なしに違いない。



ならば言葉通り、ただちに異世を展開すべきだ。

仁子が割り込んできてから、何故か大人しいヘドロ山の異形に視線を向け、仁子が合図のために声を上げようとした時。



「そ、そんなの、あんただってそうだろっ。大切な人のためにここにいるんだろうっ!」

「そうだったら、どんなによかったかしら……ね」


このわがままは、大切な人のためじゃない。

大切な人に、せめて爪痕を。

気づいてもらえれば、なんていうわがままなのだ。


……それなのに。




「だったらっ! おれが君を心配する! 大切だって思われるような人間に、なってやるよっ!」

「……っ」



一体何を勘違いしたのか。

あるいはトチ狂ったのか。

初対面で力もないのに、仁子の諦観を揺るがそうとしてくる。





「『――――』だ。よおくお覚えとけっ! 何べん、何度だって諦めないからなぁっ!!」

「……っ、異世展開してっ!」


これ以上、彼のぎこちなくも力強い言葉を聞いていたら、どうにかなってしまう。

自分が自分でなくなってしまうような気がして。


耳を塞ぐように、その言葉をかき消すように。

異世展開の合図を送ったから、肝心な部分は聞こえなかったけれど。



何故だろう。

初めに感じた懐かしさは、やっぱり気のせいじゃないのかもしれなかった。

意味はよく分からなかったが……。


何べん、何度だって。

その言葉が、ずっとずっと耳に残っていて。

 


思わず仁子が何かを言い返す前に。

現世と異世を遮るかのごとき緞帳が下りてくる。

あるいは、口内の上の歯と下の歯が閉じていくみたいに。



二人を分かつ、黒の帳が境界を無くしていく瞬間。


下手な抵抗をせず、じっと薄い色彩が見つめていたのが、ひどく印象的で……。




後に思えば。


仁子にとってそれが最初の出会いにして、想いの誕生だったのかもしれない。



でも、仁子本人が、それに気づくのは……。



近くて遠い、ずっとずっと先の物語。



             (第377話につづく)






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