第377話、さよならの向こうに陽が昇る、想いがかさなるその日まで
仁子からの合図があってからすぐに。
麻理とちくまが顔を見合わせて、見よう見まねで咄嗟に創ったのは。
どこかしこも黒いが、視界が悪いわけでもない、サーカスのテントの中のような場所とでも言えばいいだろうか。
外界とは、明らかに空気の圧が変わっている、そんな異世であった。
その広さは麻理もちくまも自覚してはいなかったが。
簡単に終わりを見渡せないくらいには広いのは確かだろう。
二人して夜目は効く方ではあるのだが、あれだけの巨体が近くに見当たらない事からも、この異世の蒙昧さが分かると言うもので。
ちくまと麻理、そして仁子の三人でこの異世を作ったつもりだったが、暴走していない代わりに、どうも他のものの力が介入しているような気がしてならなかった。
恐らく、あの山のようなヘドロの塊……に明確な意思があるかどうかは定かではないが、こちらが一方的に有利なフィールドにならぬよう、自らの異世を混ぜ込んだ可能性がある。
あのヘドロ山の異形……麻理にとってみれば、梨顔トランのカーヴ能力が追い詰められ暴走した事による成れの果てであると理解しているが。
その姿で蘇ってきただろうことに、少々いたたまれないものを覚えつつ。
まずは仁子と合流しなくてはと、二人は頷きあって仁子のいた方向……思えば大分微弱であった仁子のカーヴの気配を頼りに駆け出していったわけだが。
果たして、仁子はすぐに見つかった。
黒くて暗くてはっきりとはよく分からないが、現世と異世を一般人と能力者達を分け隔てる異世の境界線が閉じたばかりだったのだろう。
すかさず、ちくまが声をかけたのだが。
どこか呆然としているようで、その声は届いていないようであった。
「よ、よっし~さん?」
今度は麻理がそう声をかけると。
ようやく二人の存在と、今の状況を思い出したかのようにはっとなって二人に視線を向ける。
「だ、大丈夫っ!? なんかものすごい顔をしているけど」
ちくまの語彙能力が足りないと言うのもあるだろうが、確かに仁子は見るなりちくまが心配するのも分かるくらいに疲れ果て、憔悴している一方で。
どこか落ち着かない、そんな雰囲気を醸し出していた。
今すぐ何か助けてあげなくては消えてしまうのではないか。
……かつての麻理がそうであったように。
故にこそ、ちくまだけでなく麻理も心配そうに仁子の様子を伺ったわけだが。
「ものすごい顔って、言い方っ。レディに言う事じゃないでしょう~」
「ご、ごめんなさいっ。だってなんて言えば分からなくって」
一瞬、我を取り戻したようにも思えたが。
やはり今の仁子はふわふわしていると言うか、心ここにあらず余裕がないと言うか、普段言わないような事を口にしているし、勢いよく顔をごしごしとこすって、自分でも自覚できないない表情を直そうと躍起になっている所を見ていると。
この異世界に入る前に銃声の聞こえたヘドロ山の向こうで何かがあったのは確かなのだろう。
無慈悲な、カーヴの被害にあった無関係の一般人に何か言われたのだろうか。
例えば、俺達がこんな理不尽な目にあっているのはお前ら(カーヴ能力者)のせいだ、などと。
黒い太陽が落ちて、一度命を落としてからというもの、少なくない頻度で耳にしてきたそんな言葉たち。
若さゆえ尖っていた頃であるなら、自分本位のままに理不尽と言うならさらに理不尽を重ねてやるなどと考えていたし、少なからず実行してきていたが。
知己以上に優しくてお人好しな妹(仁子)ならばどうだろう。
全てを真摯に受け止めて背負って、自ら望んでもいないのに苦しんで耐えているのかもしれない。
「……一般の人に何か言われましたか?」
「え? そうなの、何でっ?」
良くも悪くもちくまはいろいろな者、周りに守られてきたのだろう。
麻理の言う事をまったくもって理解できない、そんな顔をしている。
「あっ。違うのよ。そう言うのじゃないからっ。むしろ逆よ。力もないのにわたしたちを手伝うって言われて、どうしようもなくってさ。面倒くさくなって逃げたみたいになっちゃって、申し訳ないなって」
「それはまた……」
物好きな人間もいたものだと。
だけどそんな物好きが身近にいた事を思い出し、麻理はくすぐったい仁子の気持ちがちょっと分かって。
思わず苦笑を浮かべてしまう。
それはかつての……記憶が戻った直前に出会った幼馴染み、ケンの事だ。
正しくも彼は、天使な従姉妹に巻き込まれるまで、普通かどうかはともかくとして、能力を持たないはずの人間であった。
能力なくとも仁子が出会ったその人物も。
適わぬと分かっていても前のめりになって立ち塞がろうとしたに違いない。
そんな心揺さぶられる愚かさを、多分きっと初めて仁子は体験したのだ。
自身の時はなんだかんた言って分散していたので、どうとでも受け流す事ができたが、それを一心に受けたかもしれない仁子の心中たるや如何ほどか。
そういった下世話な感覚で仁子を見れば、また先程とは違うものが見えてくる。
きっと仁子は、こうして滅びゆくであろう地上に出てきた以上、自身など省みる余裕などなかっただろう。
だが、それを否定しNOを突き付ける人物が現れたのならば。
初めての感情に、想いの丈をぶつけられた事に戸惑い混乱しているのが、今の仁子なのかもしれなくて。
「能力者になって、黒い太陽が落ちて……貧乏くじばかり引かされてきたけれど、中にはそう言う人もいるんですね。これは是が非でもここを無事に突破して感謝を伝えないと」
「そっか。うん、そうだよね……」
「えっと、何? 結局ファンのひとがいたって事なの?」
年下、後輩(実際年下なのだが)のくせに、そんな経験すらもろくにないのに先輩ぶってしまった自分に後で反省するしかない麻理であったが。
勢いだけで深そうで深くない言葉でも、仁子にちゃんと届いたらしい。
どこか憑き物が落ちたみたいに、打って変わって晴れやかな顔になっていて。
何だか蚊帳の外であったちくまが口にした事は、それ故に真理をついていたのかもしれなかった。
昔の、何でもない事が幸せだった頃。
偶像として、自分のファンに対する感謝と行動は、どういうものだっただろう。
人の気も知らない、理不尽だけど仕方なくて不可欠なものだなんて思っていなかっただろうか。
だけど、今は違う。
ファンにとって偶像とは思い描く分身であり。
偶像である事のプレッシャーも、痛みも苦悩も、達成感や満足感も。
理解できないだろうと思わせておいて、結構「分かって」くれているのだと。
いろいろあって、気づかされて。
見上げるような場所から降りてきて、今はきっと理解しようと努力する「自分」がそこにいるのだ。
「うん。そうねぇ。個人的な身内々で勝手に戦うつもりだったけど、しっかり周り影響を与えちゃってるし、応援してくれている人もいる。……なら、頑張らなくっちゃねぇ~」
自棄であった自分にさよならを。
なんとはなしに、気を取り直すように三人は頷きあって。
痺れを切らせたのか、呼びかけ吠えるかのように六花の銃声轟く元へと。
三人はそのまま連れ立って。
この黒幕のごとき異世を作り出した、もう一人の人物。
梨顔トランの成れの果てであろうヘドロ山へと向かうのだった……。
(第378話につづく)
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