第378話、カオナシの襦袢にボーカルがいない訳
それからまもなく。
灰色紫……斑色をしたヘドロ山の異形はすぐに見つかった。
唯一金属めいた頭頂にある黄金の六花を震わせ、何とも言えぬ声のようなものを、溶けて消える不可視な攻撃のようななものを繰り出し続けている。
それは、やはりこちらの存在が分かるのか、待ちくたびれたとばかりにその動きを止めようとする。
それに対し、語らずとも囲むようにして三手に別れ、戦闘準備を取りつつ様子を伺う三人。
「うーん。なんて言えばいいのかなぁ。何だかあまり元気がないと言うか、すかすかだよね」
「弱っている……死の間際に無理やり復活させられたのなら、納得もいくけれど」
こちらから仕掛けるのは、正しくないかもしれない。
そう思いつつ、動かず相手の観察に徹する二人。
事実、どこかハリボテのような感覚は、仁子にもあった。
何とはなしに、今の自分と似通っているなどと、自虐的な事を考えてしまうくらいには。
「……ダララララァッ!」
と、その瞬間であった。
仁子達が結局動こうとしないのに業を煮やしたのか、金属めいた声とともに黄金の六花が上下に煽動したかと思うと。
ヘドロの山全体が鳴動し、まるで小さく分裂するかのようにその一部が剥がれ始めたのは。
「分身っ……気をつけてっ。くるわよ!」
剥がれ落ちたそれは、小さなヘドロの山となって地面を穢し溶かしながらそれぞれに向かってくる。
目鼻は見当たらないが、獲物を捕らえ喰らう口と、拙い手はあるようだ。
見た目そのままに緩慢な動きかと思いきや、すかさずその内の一匹が、比較的近くにいた麻理へと襲い掛かってくる。
その攻撃手段としては、覆い被さるなのしかかりからの捕食吸収、だろうか。
かなりの速さで麻理への頭上からの攻撃であったが。
いなすように摺り抜けるように、ヘドロの小山がかき抱こうとした場所には既に麻理の姿はなく。
「しっ!」
鋭い呼気とともに相手の背後を取る傍ら、口元から上下に分かつようにして、黒姫の剣における一撃を放っていた。
やけにあっさりと、手応えなく両断する感覚。
それに思わずたたらを踏んで、麻理は慌てて距離を取った。
「くっ。そんな気はしていたけれどっ!」
元々分裂して現れた以上、予想できてしかるべきもの。
麻理が斬ったはずの小さきヘドロの山は、更に身を小さくしつつその数を二つに増やし、何事もなかったかのように行動を始めたではないか。
「斬撃無効ってわけね! 厄介な!」
彼女自身の持つ力は剣技に関するものが多く、すなわちそれは攻撃の大半を封じられた事になるわけだが。
「よっし、じゃあ今度は僕がっ! ……魂の火を点けろっ! 【ファイヤー・ボール】っ!!」
流れで結果それをフォローするかのように、ちくまが基本にしてシンプルな、斬撃とは異なる……所謂カーヴの力の塊をぶつけていった。
麻理が一時引き、仁子もそれに合わせた事で、ちくまは遠慮も手加減もなく、ある程度密集していた分裂体達を、本体もろとも焼き尽くさんとする。
「おぉーっ」
インパクトの瞬間、素直に賞賛するちくまの声。
何故なら、それが来ると分かっていたかのように分裂体が寄り集まって炎の球を飲み込むようにして包み込んだからだ。
しかし、それなりの力を込めた事もあり、分裂体は炎の球を完全に吸収する事はできなかったようだ。
刹那、分裂体から、その身を裂くように閃光が迸り膨張が限界を迎え、大爆発。
視界が一瞬で塞がり、正直悪手であったかとちくまが苦笑していると。
視界が晴れた頃には、未だこの場の中心に座したままの本体と。
地面に紫色の染みをつくって散らばっている分裂体の姿があった。
よくよく見ると、それは炎の熱により溶けかけながらも、ウゾウゾと這いずり、より集まろうとしているではないか。
それを上手く防げれば、復活を阻止できたのだろうが。
視界の悪さが向こうの利となったようだ。
ちくま達が、次のアクションに移ろうとした時には、何故か本体のヘドロ山と同じようなものがもう一体、最初からそこにあったかのように、生まれていて。
「うわっ。二つに増えたっ」
「魔法……的なものも効かないってわけね。剣も魔法もダメって事は……」
「んじゃあ、次はわたしの番ね~」
カーヴ的力のこもっていない肉弾戦を、とばかりに改めて今度は仁子が前に出る。
一見、ヘドロ山に対する攻撃方法はないようにも思えたが、仁子の予想としてはカーヴの力のこもっていない素の一撃ならば、効くだろうと判断していた。
あるいは、能力で言うなら知己のような、『なかったことにする』系の力が有効かもしれない、と。
分裂体が本体と同じくらいの大きさになっているのは、おそらく麻理やちくまの無意識にも出ているカーヴの力を吸収したからなのだろう。
ならば、トゥェルを失った事でほとんど素に近い、ろくにカーヴの力が残っていない自分ならばどうなのか。
ダメ元でやってみようと言うより、仁子にはどこか確信めいたものがあった。
目の前のそれが、既に本当の意味で戦う気などないという事に。
「それじゃ、まず一発」
イメージは、何も効かず何も防げない理不尽な兄の一撃。
とはいえ仁子としては、特に工夫のない正拳突きのつもりだったのだが、分裂体に拳が触れた瞬間、驚くべき結果となって現れた。
それは、発勁。
あるいは内気功とでも呼べるもの。
美里やかつての麻理が持っていたのと同じような、カーヴによらない昔からある異能の一つである。
分裂体は、その一撃を受けた途端。
吹き散らされるように飛び散り、先ほどと同じように地面の染みとなった。
しかし、そこから復活、再生が始まらない。
何故ならそれの再生復活は、自らが受けたカーヴの力によるダメージをエネルギーに転換して使っていたからだ。
それは、梨顔トランの最終形態の防衛機能、といってもよかっただろう。
それの意味するところはなんなのか。
その事を語るには、ある意味辰野稔以上に特殊な存在であった梨顔トランについて語らねばならないのだろう。
辰野稔は、唯一と言ってもいいくらい、パームの本質を知らず、自由勝手気ままに動いていた人物であった。
パームの本当の目的を知らない、と言う意味では、トランも同じではあったのだが、実質は意味合いが大きく異なる。
そもそも、梨顔トランなどという人物は元々この世に存在しないのだ。
正確に言えば、人型をしてはいるが人間ではなく、カーヴ能力者としてみれば、ファミリアの一人であったと言えよう。
ここ最近になって、人型のファミリアと人間にさほど違いはない、と言った議論が交わされるようにはなったが。
トランはこうして復活して初めて、人型のファミリアであってそうではない事を自覚していた。
彼は、中の人(マスター)を守り、その深い傷を癒すための肉襦袢であったのだ。
黒い太陽に焼かれ、しかし能力の高さのために死ねなかった人物。
それでも通常ならば、死に瀕する程の大火傷。
トランであったファミリアは、ほとんど無意識のままに主を癒し包む存在として生まれたのだ。
問題だったのは、主を守らねばという確固たる意思が生まれ、ひとつの人格が形成されてしまった事だろう。
中の人……トランの主(マスター)と呼ぶべき人物にとって、自身を守り庇護し、育て高めていく存在と言えば、『先生』であった。
その先生を慕う感情の中に、強い憧れのようなものがあったのは確かで。
そんな強い想いは、トランの自我を形作らせるのには充分であっただろう。
そこで、話が済んだのならば良かったのだが。
主人の死を望まんとする大やけどの原因が、そもそも完なるもの……黒い太陽によってなされたものであるからして、完なるものに傀儡として目を付けられていたのだ。
黒い太陽の犠牲者として蘇った者達の中でも、生まれたてにも等しかったトランは、さしたる抵抗もできず乗っ取られ操られる形となってしまった。
しかし、周りの者達は、トランが完全に操られている事に気づけなかった。
見た目と喋り方にズレがあるのも。
個性的な面々においては一個性にすぎないで処理されていたし、そもそもパームなどは、生前をお互いに知らない、寄せ集めのメンバーに過ぎなかったのだから……。
(第379話につづく)
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