第379話、兄の後々響く後悔を、妹が解消する



仁子は、そこまで深く理解していたわけでもなかったのだろうが。

能力に頼らない自らの拳で触れる事で逆に気づいてしまった。

それは、主にファミリアを使役する似通ったタイプの能力者であるからこそなのだろう。


危険色とは少々異なるが、そのヘドロ山としか呼びようのない斑色は、正しくも外敵を避けるものだったのだろう。


麻理達は、今のこの姿が梨顔トランの変わり果てた、最終形態であると口にしていたが。

その実、その姿は……彼の主を守るファミリアとしての防衛本能によるものだったのかもしれない。



しかしかつての結果だけ見れば、そんな防衛もなんのそののお構いなしで。

かつてのトランは中の人ごと知己の規格外な力によってかき消されてしまった。

知己自身も、それに気づいていればもっとやりようがあったのだろうが……。

 

こうして偶然か必然か。 

トランが紅……【逆命掌芥】、東寺尾柳一の能力により僅かな間だけでも復活したのは。

死して尚、主を守りたかったファミリアとしての強い想いだったのかもしれない。

 

 

 


そんな中繰り出される、仁子の追撃の一撃。

ヘドロの山が正しく中の者を守る鎧のようなものである事に気づいた仁子は、深く腰を落とし、拳を突き入れようとする体勢でぎりぎり留まる事に成功する。

 


そして、かつての班(チーム)、スタック班の真骨頂を思い出した。

スタック班(チーム)の本来の役目は、救護治療回復であるのだと。

 


「ダラララッ……」

「……っ」


見た目にあまりよろしくないガワが、いわゆるファミリア且つ包帯のようなものであると気付かされた仁子は。

ようやく気づいたのかとばかりに一息入れるヘドロ山の異形に、あえて大きく頷いてみせた。



そして。

優しくその包帯を一枚一枚取り去るみたいに、『手当て』を始める。


文字通り両手のひらを使って、人を癒す行為。

なけなしのカーヴの力を使って、回復班の基礎であるそれを使うと。

案の定トランだったもの……ヘドロ山の本体は、反発抵抗する事なく、静かになったではないか。

 



「……すごい」

「抵抗を止めた? これがよっし~さんの力……」


傍から見ていたちくまと麻理にとってみれば、その優しい手さばきは正しく能力か、魔法のように思えただろう。

感心しつつ、もうここは仁子の独壇場であり、任せるべきだと見守っていると。

すぐに二人にとってみれば驚くべき事が起こった。

 

一枚一枚確認して、やさしく剥がすように離れていく肉襦袢が。

役目を終えたかのように舞い落ち霞んで消えゆくその中から、一人の少女が現れる。

仁子も含め、初めて相見える見知らぬ少女である事が分かるのは。

正しくその個性を主張する、所謂悪役令嬢のごとき髪……橙色のツインドリルと、黒菫色のサマードレス、小脇に抱える形となった六花の銃であった管楽器があったからだろう。



「余計に攻撃しなくてよかったー。中に人がいたなんてね」

「……(どこかで会った事あったかしら)」


初対面にはずなのに、まじまじ見ているとそんな気がしなくなってくるのは何故だろう。


どこか、桜枝マチカとかぶらなそうでかぶるからだろうか。

ちくまが胸を撫で下ろし、麻理が内心で首を傾げていると。

それに答えるわけではないのだろうが、少女は肉襦袢から開放されて。

そのまま両の足……赤のミュールでゆっくり降り立ったかと思うと、ゆっくりゆっくりと瞳を開いた。


光映るのは、琥珀色。

未だどこか芒洋としているのは、長い永い眠りについていた故か。

それでも、次第に覚醒し焦点があってくると、自身の状況を把握するみたいに辺りを見回した後、一番近くにいた仁子に視線を向けた。




「……ええと。とりあえず永い眠りから覚まさせてくれたことに礼を言うべきかしらね?」


戸惑っていたようにも見えたのは、一瞬。

あるいは、それはプライド故か。

すぐに気を取り直してみせて、ほとんど無意識に出てしまうらしい、高慢ちきな部分を隠しもせず、しかしそう言って頭を下げて六花の管楽器を後ろ手にしまう。


ちょっと上からなのは生来のもので。

本人もどうしようもできないのかもしれない。

それでもとにかく敵意がないというのは伝えたかったのだろう。

素直に礼を受け取ると、同じく一見冷静に見えて中から少女が出てきた事に相当驚いていた仁子も気を取り直して言葉を返した。




「いやいや。直前で気づいたからよかったけれど~。もしかしなくてもあれに閉じ込められていたっていうか、中でおやすみしていたって事でいいのかしら」

「ええ。そうですわ。少しばかり人様に見せられない怪我を負いまして。……あら、嫌ですわ。わたくしったら確認もせずに人前に。ちゃんと完治していますでしょうか」


黒い太陽に焼かれ負った、命をも奪いかねない大火傷。

ヘドロ山の異形の中身は、ゼリー状、あるいはクリームのようになっていて、文字通り少女の怪我を癒していたらしい。

火傷の跡はさっぱり消えて、むしろもちもちで白く、肌ツヤも良さそうである。

大丈夫、ぷるんぷるんだよと、すっかり戦う気の削がれた中、仁子がそんな感じでフォローを入れると。


少女はそうですかと一つ安堵して頷いてみせた後。

改めてとばかりに。

一堂を堂々不遜に見渡して、名乗ってみせるのだった……。



            (第380話につづく)







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