第380話、今日は一度切り、無駄がなければ意味がない


「おくればせながら自己紹介がまだでしたわね。わたくしは往生地蘭(おうじょうち・らん)。桜枝家と双璧をなす高貴な……いえ、蛇足ですわね。とにもかくにもトラン……わたくしのファミリアの中で、ここまでの流れはある程度把握しております。身動きが取れず、不確定な部分もありましたが、こうして皆さんと邂逅出来て良かったですわ」



堂々とした佇まいで、仁子、麻理、ちくまをそれぞれ見据えた後。

そんな風に自己紹介を終える橙ドリルの少女。

声色はどうしてもきつめになってしまうようだが、少なくとも見た目よろしく悪役令嬢のようなタイプでいて、そうではないらしい。


少しばかり会話に出てきたライバル視している桜枝家の令嬢相手だとどうしてもきつくなってしまうのだが、思っていた以上に普通と言うか常識人であるようだ。


しかも、トランの中にいてある程度状況を把握している様子。

これすなわち彼女が、仁子達に会う理由があったとも言えるわけで。

その事を仁子が言及するよりも早く、口を開いたのはちくまであった。



「蘭さんって言うんだね。初めまして、だよね。ちくまですっ。……えっと、なんていうかすごい髪型だよね。かっこいい!」

「おほほほ。お褒めに預かり光栄ですわ。実は結構自慢ですの」


何せ、その形状を保つためのセットに、小一時間ではすまないのだ。

ちくまも、その努力に気づいたのかもしれない。

下手に衝突する事もなく、やはり最早敵意はないのか、薄れ弱まり出した異世の黒い幕の中、思ったより和やかにやりとりが進む。



そんな中、麻理が自己紹介に迷っているのを、蘭は気づいたらしい。

扇子があったのなら、閉じる仕草をしていただろう立ち振る舞いで、先んじて声をかける。




「貴女は麻理さん……ではないようですわね? ある意味、わたくしと同じですか」


今更隠す、曖昧に濁すこともないでしょうと。

秘密をいきなり暴露しようとする割には、見た目以上に優しげな声が麻理にかかる。


……いや、確かに蘭の言う通り、本質的な意味で彼女は麻理ではなかった。

正しく、蘭と同じように麻理の残された肉体を間借りしているにすぎない。




「同じ……か。言われてみればそうなのかもね。私もこの娘の身体を借りているのだから」

「ええっ? 麻理さん麻理さんじゃなかったの?」

「……知己さんなら気づいたのかな。とはいえリアクションしようのないというか、なんというか」


驚くちくまと仁子であったが、そもそもが急造で成り行きのチームというか、初対面に近かったので。

二人からしてみれば別人でしたと言われてもリアクションに惑う所だろう。



「いいえ。私は間違いなく、麻理と『ここ』にいるわ。特に嘘をつくつもりはなかったのよ。今私が麻理である事は間違いないのだし、初対面の自己紹介で中身と外身が違うって言われてもしょうがないかなって」


それでも話さなかった事のバツが悪かったのか、申し訳なさそうに苦笑してみせる。



「うーん。でも、傍から見ていたわたくしでも、麻理さんじゃない事は分かりましたけれど。だって貴女、ご自分を隠そうともしてませんでしたでしょう?」


それは、あくまで本来の彼女の人となりを知っていれば、という事になるのだろうが。

その辺りを突き詰めれば、ちくまも仁子も彼女と会った事があるのは確かであって。


故に蘭の言う通り、彼女は麻理としていながら、自分を隠そうとしなかったのだ。

別に隠す必要がなかったというか、気づかれないのなら聞かれないのならそれでいいと思っていて。



「まぁ、そうね。私的には人のふりをするなんてできないし、黒姫瀬華である事も疑いようのない事実よ」


常に自分の名のついた愛用の剣を持ち、性格も喋り方も振るまいも、ゆったりふわふわした本人とは似ても似つかなかった。


知己とともにあって、一緒にいる事の多かったちくまあたりは気づきそうなものだが、そう思っていたのは本人ばかりだったのかもしれない。

だって、そのほとんどが剣の姿をしていたのだから。



「黒姫さん……確かに言われてみれば。どうして気付かなかったのかしら」

「黒姫さん? それってその剣の? あっ、分かった! 前に知己さんにとりついてたでしょ。思い出したよ。今度は麻理さんにとりついたんだね」

「人聞きが悪いって言いたい所だけど、その通りすぎてぐうの音も出ないわね。……私、元々肉体がなくてさ。それでもせっかくだからって、麻理が体を貸してくれたのよ。賢や正咲……外に出てきちゃってる友達の事が心配だったから」



仁子は自嘲気味に自失を省みて。

ちくまは今度こそ会話に参加できるとばかりに手を打ち、対して麻理(in瀬華)は苦笑を浮かべつつ本音をもらしていた。

瀬華の性格的に、恥ずかしくて言わなくてもいいよね、と思っていた事を。



そしてそれは、こうしてここに来てまで蘭が聞きたかった事でもあった。

何だかんだ言って、麻理や瀬華達とは、知られずともずっと関わってきたのだから。



「せっかく……ですか。それでは、本来の麻理さんは」

「家族に会いに言ったわ。最近になって縁遠かった家族を見つけたの。何もできないかもしれないけど、せめて支えてあげたいって」

「家族……」

「……」


敢えてのその言い回しに、仁子も蘭も理解した上で何も言えなかった。

ただ純粋に家族のいないちくまが、羨ましそうに家族っていいよねって呟くのみである。

それぞれに、複雑で深い想いがあって。



何だかしんみりしてしまっていると、最早対し戦う意味など完全になくなったのか、黒い緞帳めいた境界線のあった異世はすっかり解けていて。

異世の中で移動した分、時間や座標がズレたのか、ヘドロ山のあった道路から少し離れた歩道の所に現れる仁子達。


異世へ入り込んでからそれほど時間は経っていないはずであったが、未だ動かぬ車の流れはあるもののあの警察官風の青年がうまくやったのか、急に現れた仁子達に驚くものはあっても、騒ぎが大きくなることはなさそうであった。


そんな中、仁子はさりげない風を装って例の青年の姿を探したが。

何故かその姿はどこにもなかった。

約束したわけではないが、ほとんど無意識にそのまま探し出そうと動きかけたが。それでも周りの人達がまた集まってきそうなのと状況がそれを許さず。

仁子は後ろ髪引かれつつも早足にその場から離れる事になってしまって。





「それじゃあ、今後の予定だけど……」


そして、未練断つかのように仁子がそう口にすると、すっかりついて来る気満々な蘭が一つ提案を、とばかりに口を開いた。



「そもそもが、わたくしが短い間ながらも顕現した目的だったわけですけれど。仁子さん、よろしければお付き合い頂きたい場所があるのですが」

「それは……カナリちゃんの屋敷ではないのよね」

「ええ。つまりはここから二手に別れる、と言う事になりますね」



カナリの屋敷には、このまま麻理(in瀬華)とちくまが。

もう一方は仁子と蘭が。

ようはそう言いたいのだろうが。

ちくまと麻理には異論はなかったが、仁子にとってみれば、当然何故、どこにといった疑問はあるだろう。



「ご心配なく。本来仁子さんが行きたいと思っていた場所についていくだけですわ」

「……そ、それは」


本当はすぐに向かいたかったけれど、我のままに向かってしまえばどうなるのか分からないから、無理やり自分を誤魔化して周りに流されていた。

どうやら、そんな晒したくない仁子の本心まで、蘭はお見通しだったらしい。



「なんだ、そうだったの? それなら早く言ってくれなくっちゃ。それこそ折角こうして外に出てきたんだから、やりたい事をやらないと」

「ここからお屋敷までそう遠くないんでしょ? やるべき事があるならそっちを優先して欲しいわ」


こっちは二人で大丈夫……というか、行きたいから行くだけなのだから。

重ねるように二人が畳み掛けると、仁子は参ったとばかりに宙を見上げて。

……そして泣き笑いのような表情になって頷いてみせた。



「正直、何をしでかすか分からない自分がいるのだけど」

「問題ありませんわ。元々灰となって死んでいた身です。都合の悪そうな事態になりそうでしたら、死んでも止めて差し上げます。きっと、それこそがわたくしがこうして生かされた意味、なのでしょうから」



何だか二人して止められぬ決戦にでも赴かん勢いである。

麻理(in瀬華)はそんな二人のやり取りで、何処へ向かう気であるのか何とはなしに察したわけだが。

そこで空気を読まず、ある意味聞き手に優しいのがちくまである。



「何だかふたりとも気合が凄いっていうか、怖いよ。どこへ行くの?」


これ以上ないくらいストレートに、なんとなく場の雰囲気でぼかしていた事を暴き出す。



「……全てが終わる場所。恐らく、きっと間違いなく、黒い太陽が落ちる場所、ですわね」

「行って、止められるとは思えないし、多分何もできないんだろうけど、見届けたいの。きっとそこに大切な人がいるはずだから」



今更、完なるモノ、その正体を暴き出してももう何もかもが遅いのかもしれない。

口では何をしでかすか分からないと、『LEMU』で見た夢のように欲望のままに行動するだろうと言ってはいるが、

結局何もできないだろうと、仁子はどこか確信めいた物を持っていて。



だけど、せめてその場にいたい。


蘭が、それに付き合ってくれると言ってくれたから。

仁子の意思は吹っ切れ、確固たるものと昇華していて。




「それじゃあ、一旦ここでお別れかぁ。また会えるといいね」


多分きっとそれぞれが、それぞれの結末があるのせよ、今世この瞬間においてお互いがもう会えない可能性の方が高いだろう事は十分に察していたはずだった。


だけど、種族、本質的に孤独であるちくまは、ただ純粋にこの生まれたばかりの絆が惜しいと思ったが故の言葉だったのだろう。

別に今生の別れの如き空気を打ち破りたかったと言うより、単純に寂しかったのかもしれない。



「ふふっ。……そうね。いつか被害者の会的な集まりで、再会できればいいわね」


言い得て妙な、のちに名がつき語られるは、『青空』被害者の会。

麻理(in瀬華)としては冗談半分について出た言葉であったが。

その言霊が力となって永劫の先に叶うだろうことなど誰が気づけよう。


それは不確定で曖昧な、だけどどこかで心に残る口約束。



「そうねぇ。こりゃもう自分なんて、だなんて言えなくなりそう~。何だか逆にやる気が出てきたわ~」

「その意気ですわ。わたくしたしは、歴史の証人となるのですから。自棄になっている場合じゃないんですのよ」


ある意味、それぞれが名残惜しむかのように好き勝手な言葉を口にして。

本当に少しばかり手分けするみたいな気軽さで、四人は袂を別ってゆくのだった。



それぞれが目指す先には何があるのか。

果たして、思惑通りに向かっていくのか。


分からないからこそ、やりがいがあると言わんばかりに……。



            (第381話につづく)






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