第381話、目の前を塞いでいた水中メガネを外せばわたしは……
またしても、時は少々遡る。
蒙昧なる人の型、『プレサイド』と呼ばれる、人の世の終末を乗り越えるための地下シェルターから、自身の命も省みず飛び出した蛮勇者たちの中に、『魔久』班(チーム)』の紅一点、阿海真澄(あかい・ますみ)その人がいた。
ベリィショートの白銀髪に色素の薄い血の透けた瞳。
無垢なる天使から赤いウサギなどと謳われた彼女は、その見た目よろしく生き急いでいる……わけではないのだろうが。
『プレサイド』を出る際に宿命を共にしたはずの仲間たちとも、あっさりと別れを告げ、気の向くまま我が儘に己の道を邁進せんとしていた。
そんな真澄がもれなく辿り着いたのは。
天使な姉の瞬間移動の力で送ってもらった金箱病院である。
その目的はたった一つ。
一緒にいた時は、自らで気づかないふりをし、自分は男だ、なんて反抗していた大切な人。
阿蘇敏久(あそ・としひさ)に再会することであった。
何せ、敵の罠にかかって自らを庇われ、囮となって引き裂かれて自分を見つめ直して以来、一度も顔を合わせていないのだ。
今までそばにいる時には自覚していなかったといってもいい、その強き想い。
時間が経てば経つほど強くなっていって、ようやく会えると思った巨人の地下シェルターで肩透かしを食らう始末。
力ある能力者で、金箱病院に眠るものは、『プレサイド』へ送られる算段であったのだが。
どこに手違いがあったのか、元々その手はずではなかったのか、敏久は送られてこなかったのである。
それは正しく、のうのうと地下で安寧を貪っている(あくまで真澄視点)場合ではないと思った瞬間でもあって。
理由は分からないが、敏久は金箱病院に取り残されてしまっている。
ならばこちらから迎えに行こう。
天使姉妹と歌姫の二つ名を持つ少女達。
別れたばかりですぐに前言撤回するのは気が引ける……なんて精神は既に持ち合わせてはおらず。
自分の目的のためには彼女らを足に使ってしまう傲慢ぶり。
真澄はその事を十分すぎる位自覚はしていたが、開き直っているというか、まゆ自身もその事をあまり気にしていなかったので、我を通させてもらう形になった次第である。
ある意味別れの間際、敏久に裏切られ呆然自失していた頃とは逆転してしまったかのような変わりよう。
でも、そんな真澄をきっと悪くない方向に変えてくれたのも彼女達なのだ。
ここはただひたすらに感謝して、そんな彼女らに報いるべく。
真澄は自らのしたい事を成し遂げるためにと歩みを止めず、目的の地へと進んでゆく。
その道中、氷ドームのようなものに覆われていた病院入口を抜けた玄関ホールまでの、真澄から見たら一見ただっ広い無駄スペースの所に何やら人だかりがあった。
歩みを止めずとも気にはなった真澄は、ほとんど無意識に無造作にストックしてあった自らの血の入った小瓶を一つ使い、【結清妖化】……自らのカーヴ能力を発動。
刹那現れたのは、とんとんみと名づけしハゼの一種。
その割には、真澄が背中に乗り込めるくらいには大きなそれを使い、海面を舞うかのごとく、膜の張った羽を震わせ空を舞う。
あまりに突然な、とても目立つ真澄の行動に、しかし気づいたのは人だかりの中心で何やら講釈を垂れていた当人を含め、それほど多くはなかっただろう。
案の定と言うか、その中心にいたのは目的の敏久ではなかった。
その代わりに、空を舞う真澄に引けを取らぬ程に目立つ存在……法久(ファミリア)の姿があった。
(ん? あれは……)
実の所、真澄は青色をした本物な法久のファミリアを見るの初めてである。
赤色をした紅の偽物ならよく見ていたわけだが、それでも真澄はあれは何かが違うと首を傾げていた。
だが、真澄にとってその違いはさしたる問題ではなかったので。
明らかに目があったような気がしなくもなかったが、スルー推奨でそのまま目的地へと向かう事にする。
と言うか、真澄的には出会ったばかりの何だかしつこかったまゆ以上に苦手な人物であったので、そんな行動も仕方ないと言えた。
どうせ、またきっと何かを企んででもいるのだろう。
自分と敏久に関わりなければ面倒くさいので放っておくのに限るのだ。
この時ばかりは既にここにいる自体、がっつり関わらされているなどとは知る由もなかったわけで。
実際は、この場からいい加減助け出して欲しいオーラが出ていたのだが。
真澄は当たり前のように気づかないふりをして、今の今までの戦いやら何やらの果てに、あまり病院の体をなさなくなってきている建物の中へと入ってゆく。
目的……敏久の居場所は、真澄自身ここに来る前からなんとなく分かっていた。
初めは、お互いのアジール……カーヴ能力の成せる業かと思っていたのだが、もしかしたら真澄はあえてここにおびき寄せられたのかもしれない。
後もう少しという所で、ちょっと落ち着いたのか冷静になってよくよく考えてみると、そんな気がしなくもない真澄である。
しかし、それこそ敏久と会えるのならば、何かのために自分が使われようとどうでもよかった。
そんなつまらない裏を読むより、お互いの想いが、繋がりが引き寄せたのだと思っていた方がよっぽど建設的であると思っていたくらいで。
真澄が見えない糸のようなものをたどって、やってきたのは。
本当は一部屋覆うように鏡張りであったはずの、今はほとんど跡形のないナースステーションであった。
ガラスやらカルテやら、紅の肉塊の残骸やら、節操も無く散乱するゴミ屋敷の如きその中心。
まじまじ目を凝らすと、ナースステーションの立地的にはありえない、その中心から下へと続く……階段とも呼べぬ穴があるのが分かる。
真澄から見て下からの、例えば大樹のようなものが突き上げ破って出てきたようなそれ。
人工のものではなく、おそらくカーヴの力によって創られたものであろう。
矛盾の孕んだそれは、当然のように真澄の求める目的地まで続いているとは限らなかったわけだが。
「【結清妖化】っ!」
再び貯めておいたストックの血を使い、ある意味うさぎな真澄とは、ありがちだが今まで具現させる事のなかった、亀のミケラを呼び出した。
赤カメのごとく赤く透き通った甲羅を持つミケラは、何言う事もなく。
正しく乗り物のごとく、僅かにホバリングでもしているかのように浮いていた。
「……うさぎとかめだね。よろしく」
「……」
自分で呟いて今まではあまり見せなかった笑みを浮かべる真澄。
それに、驚いたような反応を見せるミケラが、なんだか印象的で。
とにもかくにも。
気を取り直して真澄は躊躇なくミケラにまたがって下っていく。
何せ先に何があるか分からないので、自身の身一つで飛び込む真似こそしなかったが、その行動に一切躊躇いはなかった。
それは、『プレサイド』で似たような経験をしたせいもあるだろうが、それだけ自分の感覚に確信を持っていたともいえよう。
落下というには多少遅いといったスピードで、闇色が広がり何も見えない先行きを、ミケラ越しに見据えながらぐんぐん進んでゆく。
幸いにも、その行き先が途中で塞がれるなどといった事はなかった。
透けたミケラの向こうに、目的地らしき地下の……しかしあまり強くない橙の光が見えてくる。
それは、寝室の灯りのようでいて、映画館の常夜灯のようでもあり、仄かなロウソクの灯りのようにも見える。
その灯りは、等間隔にいくつもあって、それなりに広い場所である事が伺える。
視界が取りにくいと、戦闘にはうまくないな。
などとつい最近までの真澄なら考えもしなかった言っても大げさではない事をひとりごちつつ。
ミケラになるべく気配を静めるように指示しつつ。
ゆっくりとゆっくりと星中のような地面へと降りていくのだった……。
(第382話につづく)
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