第382話、イレギュラーな二人は、こうして新しき世界を終わらせることになる
「……また侵入者。思ったよりわたしの仕事、あったって事なのかな」
……と。
そんな真澄の存在などすぐに気づけたと言わんばかりに。
少々疲れたような、だけどどこか期待していたかのような声がかかる。
おそらく相手もそうであったように、真澄の目的である敏久以外に誰かいるのは気づいていたが。
どうやらあっさりと見つかってしまったようで。
真澄はそんな驚きを何とか顔に出さないようにして、とりあえず戦う意思はないとばかりにミケラを返還してみせた。
「そう言うきみは……そうか。最初の集まりの時にいた新人さんか。確か沢田晶さん、だったかな」
「……ああ。そう言えばあなたも。あの場にいたわね」
お互い特徴的ではあったから。
あの時は晶のほぼ一方通行な自己紹介で、真澄からしっかりと挨拶する事には恵まれなかったが、それでも覚えてもらっていたらしい。
つまるところ、お互い『喜望』に所属する味方同士。
当初予定していた敵対する相手ではなかったが。
晶が戦闘態勢とは言わないものの緊張感を解く事がなかったので、かえって真澄はそれに気づくこととなった。
明らかに背にして守っている、丸みを帯びた柩のようなもの……所謂コールドスリープの装置の存在に。
本来ならそれは、ここに多くの数、座していたのだろう。
故に今、大きな空間を感じているのだし、その数だけあの橙の灯りがあったはずなのだ。
今は灯りだけが、一つの柩を除いてぽつぽつと残されているのは、それら全てが『プレサイド』に運ばれたからなのだと思われる。
そんな考えに至ると、確かにその柩めいた装置には見覚えがあった。
と言うより、その中に敏久がいなかったからこそ、ここに来ているのだ。
それはつまり、何故か晶が頑なに守っているものが敏久のもの、と言う事になるわけだが。
「まさか、僕のためにわざわざ守っていてくれたというの?」
まさか、そんなわけはないだろうが。
真澄は挨拶もそこそこに、それでも彼女がこうしてここで守護者のように立ち往生している意味が分からず、そう問いかける。
「あなたのため、ですか? 意味がよく……」
噛み合わない会話。
しかし、無意識のままに与えられた任をこなそうと気負う事で、背後のコールドスリープの装置の存在に気づかれた事を悟ったらしい。
それでも晶は任を果たそうと、僅かばかりアジールを滾らせ、警戒を強めた。
何故なら真澄の向けてくるその視線に、どこかぎらつくような熱い圧力を感じたからだ。
「いや、ね。僕はここにいるはずの班(チーム)の仲間、阿蘇敏久を探しに来たんだ。そんな彼は、どうやらその中にいるみたいだからさ。無関係のはずのきみがそうしてただ守っているのが不思議だったんだよ」
無関係と言うのは、あくまでも真澄の希望にすぎなくて。
実際は守るだけの関係があったのかもしれない。
真澄と離れ離れになっている間に、そんな可能性も無きにしもあらずであったが。
驚きと戸惑いの中返って来た言葉は、そんなシンプルで単純な、泣ける話ではなかったらしい。
「ちょ、ちょっと待って。何か勘違いしてない? ここにいるのはあなたの言う敏久さんじゃないわ。知己さんよ。理由があって、ここで眠って……休んでもらってるいるの」
確かに晶は、主であるレミにそう命じられて、その姿も確認している。
故に真澄の勘違い、人違いなのだ。
そう言って否定をしようとするも、真澄があまりに確信めいていたから、何故か焦燥が止まらない。
「本当? 申し訳ないけど、僕の感覚では間違いなくそこに敏久がいるんだけど。もう一度確認してもらってもいい?」
そして、ある意味それが止めであった。
こうして夢の中に入るコールドスリープの蓋をして、一度だって再度確認しようといった考えにすら至らなかった自分。
―――『誰にも触れさせないように、時が来るまで』。
その触れさせないの中に、自分自身も入っていたからと言うのはいいわけか。
それでも、枕のある部分……顔だけならばガラスの観音開きの所から確認できるはず。
霜などがふいて見えないのならば、扉を開けるなりすればいい。
中の人に触れているわけではないのだ。
確認程度ならば、命に抵触しない、許容範囲であろう。
「どうしたの? ちょっと確認するだけだよ。きみにお願いしているんだ。簡単なことでしょう?」
「……え、ええ」
そう、ちょっと知己がそこにいるかどうか確認するだけだ。
それで真澄の勘違いを正して終わり。
文字通り、真澄の言う通り、簡単な事であるはずなのに。
頷き振り返るも、すぐには直視できそうになかった。
それはきっと、晶自身だけでなく。
主であるレミですら、騙され嵌められていたと言う事実を、信じたくなかったからなのかもしれなくて。
瞬間、不意にフラッシュバックしたのは。
知己の妹であるはず仁子が、逆に晶に申し訳なさそうにしながらあっさりここを去った事だった。
その時の仁子の行動の意味が、全てを表し、答えであるとするならば。
晶はハッとなって、今までの躊躇いが嘘のようにコールドスリープの装置を覗き込んだ。
最悪ガラスの部分を外す気すらあった晶であったが。
まるでそのタイミングをはかったかのように、ガラス窓は綺麗になっていて。
実際問題、本来のコールドスリープの機能が働いていないのだから、曇るはずもなかったというのは後から気づいた事で。
曇っていたのは、真実を認めたくない晶の瞳の方だったのかもしれなくて。
「……そんな、ことって」
はっきり見えるガラス戸の先には、こげ茶の髪も坊主に近い別人で。
どうあがいても知己ではありえなかった。
晶は、その事実をすぐには受け入れられそうもなかった。
こんな仕打ち、人と人が入れ替わるような手品でもない限り不可能であると。
「ああ、やっぱり敏久だ。よかった……」
打ちひしがれ、混乱の極みにあった晶の隣に立つようにして、そんな気も知らず深く安堵した呟きが届いてきた。
一体、いつの間に入れ替わられていたのか。
目の前の少女の知り合いであるならば、当然彼の事も知己は知っているはずで。
知己が特に抵抗もせずここに来た時から、お互いがどうにかして入れ替わるつもりではあったのだろう。
知己に謀られたというより、その実ちっともこちらを信用してもらえていなかった事実の方に、逆に意気消沈していると。
またまた晶が思い出したのは、そんな知己のいつも近くにいたはずなのに、あの時ばかりはいなかった法久の姿をしたファミリアの存在であった。
晶自身は、そのファミリアの能力の事を詳しく知っていたわけではないが。
かのファミリアが移動、入れ替わりの力を持っていた可能性がある。
「警戒すべきは、法久さんだったみたい……」
ファミリア的バッドステータスもあり、知己に近づけば力が弱まってしまうという理由もあった晶もその主であるレミも。
知己と言う存在があまりにも大きすぎて失念してしまっていたのだろう。
最も厄介な相手が傍にいたことに。
「法久さん? ファミリアの子なら、さっきこの上で見たけれど」
呆然自失となっていたからなのか。
気づけば真澄は晶のすぐそばにいて、同じようにコールドスリープの柩を覗き込みつつ、何気にそんな事を呟いた。
「……なら、知己さんは?」
「僕は見なかったけれど。すぐ近くにいるんじゃないかなぁ。あの苦手な感じ、まだ残ってるから」
ならば、その旨を一刻も早くレミに伝えなくてはならない。
改めて再度コールドスリープの柩を覗き込むも、まさかそんな事になるなど予測していなかったので、今はこのコールドスリープの中にいる人物……真澄の言う阿蘇敏久と夢の異世にいるレミとコンタクトを取る方法など、すっかり失念してしまっていた。
何度も言うが、そもそも一体いつから入れ替わっていたのか。
やはりレミ達のフィールドカーヴにして異世……『REMU』に足を踏み入れた時は既に入れ替わっていたのだろうか。
ならば、一体どうすればよかったのか。
ショックのあまり、答えも出せずただただ狼狽えていると、そんなテンパっている晶を慮りつつも、伺うように真澄が声を上げた。
「……ええと。つまる所、敏久と知己さんを取り違えちゃったって事なのかな。とりあえず敏久は寝ているだけって事でいいの?」
もし彼に何かあったのならば。
しかし後半は結局自分本位に凄む形となってしまったわけだが。
「え、ええ。一応、この世界の未来の可能性の一つとなる夢を見てもらっているのだけど……体には問題ないはずよ」
「それなら別にいいんだけど……大方、お人好しと自己犠牲が過ぎる敏久が、知己さんたちに頼まれて『代わり』をしてるってことだよね。そうなると、このまま起こすのもまずいのかな」
「そう時間はかからないだろうから、誰にも触れさせないようにとは言われているけど……状況が状況だから。これではその、阿蘇さんには悪いのだけど、本来の目的……未来を伝えるという事が達成できてないかもしれないわ。どうにかして、この状況を伝えられればいいのだけど」
擦り合せをしている暇がなかった……わけでもないのだが。
緊急時の連絡手段がないって事はないのだろう。
状況によっては敵対する可能性もあったのだろうが、最早そんな段階の話ではないのは明確で。
晶は、藁にもすがる思いで会ったばかりの真澄にそう聞いてしまった。
当然、真澄としてもどうしたらいいのかは分からなかったわけだが。
「夢の世界か……えっと、その力ってきみは持ってないの?」
「恥ずかしながら、眠りに誘う力くらいしか使役した事がないもので。マスターと同じ力を持っている可能性はあるとは思うのだけど……」
正直、分からずはいともいいえとも言えなかった。
それこそ、法久にスキャン……確認してもらえれば良かったのだが。
気安いようでいて、襟を開いてはいなかったのは、もしかしたら晶達の方なのかもしれなかった。
「なるほど。使える可能性はゼロじゃないってわけか。……ええとね、僕の能力【結清妖化】なんだけどさ。僕の血を使ってそれぞれが特殊な力をもった動物っぽい子たちを召喚できるものなんだけど……ほら、バクっているじゃない。夢を食べたりするイメージのある子がさ。あるいは、眠りに誘う羊とかでもいいんだけど、
その辺りの力を借りてなんとかならないかな? あ、ほら。『シンフォニック・カーヴ』ってやつでさ」
相性のいい能力者同士の力を重ね合わせ、融合させ、より威力を大きくしたり、新たな上位の力を生み出す技法。
かつての魔久班(チーム)は、個々の力がそれほどではなかったため、何気にその技法を扱えるように練習していたのだ。
ほとんど使う機会はなかったのだが、いまいち状況を把握しきれていない真澄にとっての、精一杯の助言でもあって。
「うーん。そうね。ここでただ待っていてもしょうがないし、やるだけの事やってみなきゃ、か。突然で申し訳ないのだけど、力を貸してもらってもかまいませんか?」
「もちろんさ。僕自身、特にやることもないし、ちょうどよかったよ。それにうまいこといけば敏久の夢の中に行けるんでしょ? 結構楽しそうだ」
未だ会話はかわせてはいないとはいえ、とりあえず無事な敏久の姿を見た事で、色々余裕ができているようで。
真澄にしては、ここ最近なかったどころか、普段よりも明るく軽い調子でそう言ってのける。
内心では、男同士で自分たちを除け者にしてこそこそやっているのを暴きたいという気持ちもあったのだろうが。
晶にとってみれば頼もしい事は間違いなくて。
「それじゃあ、いろいろ試してみます。ええと、マスターみたいに異世を創るイメージかな、まずは」
「ふふ。僕的に決戦のつもりでストックを貯めていた甲斐があったな。早速バクの……そうだな、りばくーむを呼び出そうか」
咄嗟に思いつきでつけた名前だが悪くない。
他評価をものともせず、自画自賛した真澄は、何やら赤っぽいアジールを辺りに生み出しつつある晶を横目に、リアからもらった真っ白い天使なケープの内ポケットに、見ている方が貧血になるくらいにずらりと並んだ血の小瓶を一つ取り出す。
そうして。
ある意味未知への実験とも呼べる二人の共同作業に移っていくのだった……。
(第383話につづく)
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