第四十七章、『LIFE~夕陽の色』
第375話、ダイナマイトモンスターと、運命の出会い
ダラララララッ……!!
連続した銃声のような音。
聞こえる雑多な怒号、悲鳴。
「麻理ちゃん、ちくまくん! 異世を展開する準備しておいて! こちらから取り込み仕掛けるわよっ!」
「はいっ!」
「了解ですっ」
ここまで来れば最早専守防衛などとは言っていられない。
車を抜いて人垣を超えて、騒ぎ、あるいは反対方向へ逃げ惑う人並みをかき分けて。
相変わらずカーヴの力を緩めようともしない中心地へと踏み入れる。
「……っ」
「うわでかっ。新種の紅かな。赤い色してないけど」
「あれは、梨顔先生の最終形態? やっぱり蘇ってる……」
そこにいたのは、最早人の姿をなしていない異形であった。
二車線の大きめな道路をまるまる塞ぐようにして、斑色……ヘドロが折り重なり積み重なったような、『おぞましい』と言う表現にふさわしい『紅』に似て非なるものがそこにある。
「……」
ダララララッ!!
仁子達に気づいているのかいないのか。
見た目ほどには何も語らず、そのヘドロの山の頂上、いわゆる頭の上にある、それだけ唯一異質な金色の六花……金属めいたその花から、先程から感知していたカーヴの力の塊のようなものをいくつも打ち出している。
大きくよれて止まっている車などあるが、今の所一般の人達に被害はないのは、幸いか。
やはりその異形は、仁子達を待ち伏せしていたのかもしれない。
目的はまだわからないが、今のうちに異世に取り込んでしまうべきなのだろう。
そう思い、二人に声を掛けようとした仁子であったが。
「うおおぉっ!!」
その山のような斑色の異形の向こう、後ろの方から勇ましくも震えた咆哮と言うか悲鳴に近い叫び声が聞こえてくる。
仁子達よりも早く、仲間……カーヴ能力者が駆けつけていたのかと思ったが。
それからすぐに響く、先程のものよりだいぶ細い銃声が聞こえ、はっとなる。
それは、警察官などが持つ拳銃の音か。
恐らく、一般の公僕に類する者が、駆けつけ対処しようとしているのだろう。
その勇気は敬服に値するが、流石に状況が悪すぎる。
「麻理ちゃんちくまくん! すぐにでも異世を展開出来る準備を! 合図はわたしからするから!」
仁子は思わず舌打ちし、先程口にしたばかりの同じようなセリフを二人に向けた後、返事を待たずにほとんど無意識のままに四肢に力を入れて跳躍。
常人……力を本当の意味で失っていたのなら、それすら無謀であったのだが。
恐らく今の仁子は、大別した四つのカーヴのうちの一つを失ったと言う事なのだろう。
それでも仁子の心のダメージは計り知れず、今の状況でいきなり他のタイプの力が使える可能性は低いわけで。
となればその跳躍は、仁子本来の素の力と言う事になる。
カーヴ能力に頼らずとも、彼女の基本的な能力が高いと見るべきだろう。
この世界において、過去を見ればカーヴ能力者以外にも超常の力を持った者達が幾人も確認されていたので、もしかしたら仁子にも、そう言った血が流れているのかもしれなくて……。
※
遠巻きに囲むギャラリーの、今までとは異なる歓声めいたものが沸き立つ中。
仁子は山のような異形の背中部分へと舞い降りる。
そこには、一人の思っていた以上に若い、警察官? らしき青年の姿があった。
今や終末にかけて誰もが終わりを意識し、準備をする中。
仕事を放棄せずにいる事は尊い事ではあるが。
ヘドロ山の異形にとってみれば、そんな彼は取るに足らない邪魔ものであったに違いない。
持っていた拳銃の弾を全て吐き出しつつも何ら痛痒を見せない異形に呆然と空撃ちしているのが見える。
「……くっ、くそおおおっ」
しかし、亡失していたのは僅かな間で。
腰に据えていた警棒を取り出すと、果敢にも打ちかかっていくではないか。
それにはさすがの異形も気づき気に障ったらしい。
ペッと吐き出すみたいに自身の体の一部を、無造作に打ち払うが如く打ち出した。
「うわああぁっ!?」
見目が良くない事もプラスして、それを受ければ人の体などただではすまなかっただろう。
声上げ、自らの手で自らを庇おうとした警察官風の青年であったが、いつまでたっても嫌な衝撃はやってはこなかった。
代わりに、なんと表現したらいいのかも分からないくらい、極上の柔らかい感触が年若い青年を包み込む。
間一髪、仁子が青年を救ったのだ。
結果、抱え込むようにして倒れこむ二人。
外れた斑肉色のヘドロの塊は、アスファルトをじゅうと焦がし、溶かし、何とも言えぬ嫌な匂いを漂わせた。
どう見てもまともに受けなくてよかった。
間一髪で、勇敢な青年を助けられた事に安堵した仁子は、それでも状況が切羽詰っていた事もあって、思わず声を上げてしまった。
「無謀な事を! 警察官ならカーヴ能力に関する事案が発生した場合、対処法は学んでるはずでしょう!」
この場合、自分も含め一般人を近づけないようにし、能力者、あるいは『喜望』の者達に連絡、その場からの逃走も視野に入れられている。
何せ、異世の中ではないのだ。
能力者達ですら、生身でカーヴの力を受ければ、ただではすまない。
大げさに言えば、『パーフェクト・クライム』……黒い太陽と同じ緊急事態なのである。
逃げても文句は言われないだろうし、そうするべきであったのだ。
「……っ、知らないよっ! おれだって何でこんな事になってるのか分かんないんだよっ! でもだって、家族は助けたいっ。しょうがないじゃないかぁっ!!」
職業意識が強い上の蛮勇なのかと思ったら、どうやら違うらしい。
警察官の青年自体、状況をよく把握していなくて、混乱していたのかもしれなかった。
でも、それでも。
家族のために。
そのフレーズが、ある意味自棄になって八つ当たりしていた部分もあった仁子の意識を覚醒させた。
「……っ。あなたは」
そして、そこで初めて。
抱き抱えるようにしていた人物の事を、はっきりと認識し視界に入れた。
仁子が何かを問いかけようとして思わず言葉を失ったのは、どこかで会った事があっただろうか……なんて思ってからであった。
過去、あるいは未来か。
この世界を救うために、そのどちらかへ向かわんとする者達がいる以上、その可能性は大いにあったが。
しかし考えようとしてもうまく答えが出てこなかった。
ただ少なくとも、どこか懐かしい感じがしたのだ。
知己に似ているのかと思えば、そんな事もなく。
交流の途絶えた親類親戚筋かとも思ったが、少なくとも脱色したかのような薄茶の短髪に見覚えはなかった。
顔立ちは西欧風、とでも言えばいいのだろうか。
日焼けしても黒くならず赤くなるタイプの、髪と同じ薄いブラウンの瞳をした青年。
見た目相応のちゃらい雰囲気は皆無で。
言葉の強さの割におどおどした雰囲気がそこにはあって……。
(第376話につづく)
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