第14話、いぶし銀とゴッドリング



―――知己が美弥たちと別れ、『喜望』本社ビルに向かっている頃。 



カーヴ能力者を育成、あるいは開発、保護すると言われる信更安庭(しんこうやすにわ)学園にて。 


須坂兄弟こと勇と哲、王神公康(おうしん・きみやす)の3人は。

その中にある一般人は知るところのない、カーヴの力が暴走している者たちを隔離する施設……通称『赤い月』にいた。

(名前の由来は、建物の中央がドーナツ型にくりぬかれており、独房のようにずらりと並ぶ窓から、都会の塵に霞んだ月を見ることができるからによる)



そこは、カーヴの力を自らでコントロールできない、あるいはそれを抱えきれない幼い子供たちが自力で能力をセーブできるようになるか、落ちて能力を失うまで安全に隔離し、幽閉する場所であった。



「うーん、分かっていたとはいえ……丸一日回って使えると思ったのは、結局あいつだけか」

「しょうがないですよ、兄さん。ここは元々A(シングルエー)以下の人達が入るところですから」


そこの管理室に備え付けのレストルームで、一時の休憩とともに赤茶色の髪の兄弟は、まるで対照的な物言いで語り合っている。

それは、敢えて役割を使い分けているかのような、互いに足りない部分を補完しあっているかのような徹底ぶりだった。



「……おいおい、それってつまり、A以下はまるで駄目ってことかな?」


微かに苦笑を浮かべ、普段から実年齢以上に見られる事の多い青髪短髪の青年、

王神は壁に寄りかかったまま濃い目のコーヒーを啜りつつ、二人の会話に突っ込みを入れる。


「あ、その。そんなっ、そう言うつもりで言ったんじゃないんですっ」

「そんなつもりだ。理想はAAAの奴だが、最低でもAくらいの力が無ければ使い物にならないだろう。……敵の勢力も未知数だしね」


当然のごとくおたおたと慌てたように否定したのは哲だったが。

それすら遮るように、勇がそんな事を臆面もなく言ってのける。



「オレって一応Bクラスなわけで、これでも一線でやってきてるんだけどねえ」

「まあ、それは王神さんの経験と老獪な戦術の賜物ってやつでしょう」


知己と変わってリーダーになる、と宣言して憚らない勇は、口が悪くてちょっぴり高飛車でも、力のある仲間を見る眼はあるし、必要以上に相手をこき下ろすこともない。


「ま、まだまだオレも、若いもんには負けるつもりはないねぇ。老獪とか言われると、物凄い年寄りみたいでなんだけど」


それが分かっている王神は、弟はあんなに素直なのに、兄の方はいつも通り生意気な奴だと思いつつも、くつくつと笑みをもらしそう返す。

ただ、必要ならばたとえどんなに年上でも、いくらでもこき下ろしかねないのが、勇という少年なのだった。



「にしてもなあ? いくらカーヴの力がうまく扱えないからとは言え、こんな所に閉じ込めらてたら育つものも育たないんじゃないか?」


まるで牢屋みたいじゃないかと、独り言のように呟く王神に、恐縮しながら答えたのは哲だった。


「実際その通りなんですよね。ここはそもそもカーヴ能力をうまく扱えなかったりして、人を傷つけてしまった方たちが入れられる所ですから」

「これでもまだ、大分マシにはなっているさ。一昔は……といっても4、5年前だが、カーヴの制御もままならず、そのまま死んでいくものまでいたくらいだしな」


そして、補足するように言葉を続ける勇に、王神は少しばかり疑問の顔を向ける。


王神自身、代々ファミリアのカーヴ能力を有する名門の家柄で。

幼少時からカーヴのコントロールのノウハウを叩き込まれ、このよう場所には縁がなかったが……しかし二人はやけにここの事情に詳しいと感じたからだ。


「ふむ、やけに詳しいんだな、ここのこと」

「そうですね。僕たちは『喜望』に入る前はここにいましたから。兄さんが50番目、僕が51番目にここに入れられて……ここではそう呼ばれていたんですよ」


何の躊躇いもなく、あっさりと聞いてないことまで答えてくる哲。



「なるほど、な。前例があるからここに来たってわけか」

「まあ、そういうことだね」


どうしてここに入れられたのか、家族はどうしたのか。

聞きたいことはいくらでもあったが、今更聞き出して蒸し返すこともないだろうと、王神はそれだけ言って頷く。

対して勇は謙遜も何もなく、その通りだとばかりに頷いた。



実際、哲のカーヴ能力はAA(ダブルエー)クラス、勇にいたってはAAAクラスのカーヴ能力者だ。

特にAAAクラスほどの能力者になると、まさしく一騎当千。

その分扱いも難しく、『パーフェクト・クライム』の一件以来、この力を持て余し、扱いきれず暴走状態になり、自らのカーヴ能力で命を落とす者も少なくなかった。


AAAクラスの力を持ち、まともに動けるのは現在王神の知る限り、5人しかいない。

力に目覚めたてのGクラスから数え、数万人いると言われるカーヴ能力者の中で、そのたった5人が全員『喜望』に所属していることを考えると、見た目以上に『喜望』が大きな勢力だというのが良く分かる。


逆に裏を返せば、最も『パーフェクト・クライム』の存在を潜ませるのに都合がいい場所でもあるが。

『パーム』という明確な矛先が決まった今、内々の事で疑っている場合でもないのは確かだった。


ちなみに、その5人とは。

『AKASHA』の須坂勇。

『スタック』の聖仁子。

『ネセサリー』の青木島法久。

同じく『ネセサリー』に属し、『喜望』のリーダーを務める音茂知己。

そして、『喜望』のトップであり会長である榛原照夫だ。


最強の一角である勇が、ここに来るや否や『喜望』の一員に加えることにした新人……勇は№1000と呼んでいたが、一体どれほどの力があるのだろう。


正確に相手の能力を測る能力がない限り、相手の強さを知るためには実際その力を受けてみるなり、異世に入り込むなりして何となく判断するしかない。

しかし勇はそれすらすることなく、リーダーの元へと送る事に決めていたようだった。

流石にそれでは王神も納得いかなかったので、多少は力を見せてもらったわけだが……。



「それで? そんな勇のお眼鏡に叶ったあの子、№1000ってのはそれだけ力があるってことかい?」

「王神さんは、どう見ます?」

「そうさなあ」


勇に挑むように問われ、質問を質問で返すなとも思ったが、細かい男だと思われるのも癪だったので、王神は『AKASHA』班(チーム)の一人である、長池慎之介(ながいけ・しんのすけ)とともに本社ビルに向かった少年を思い出す。


銀灰色の髪とアメジストの瞳。

儚さを伴ったその神秘性は、多くの人を惹きつけるだろう。


「実はオレはちょっと驚いてたんだ。こんな所にずっと閉じ込められていたのに、まるで廃れた様子も濁ったところもない、あの澄み切った目を見た時はね。……主の命を命をかけてまっとうするだけの存在である、ファミリアでさえあれほどの真っ直ぐな目を持つ奴を見たことはないな」


特に、生まれたての子供にも等しい少年の輝いた目が、王神の頭から離れなかった。


「ふふっ、王神さんらしい評価の仕方ですね」

「そう言うことを訊いたんじゃないんだが、まあ、いいか」


哲と勇は、№1000の少年と仲が良かったのだろう。

おそらくこの場所で支えあってきた友達なんだろうな、と王神は考える。

何だか誇らしいような、嬉しいような表情の二人を見ていてもそれは確かだろうと感じていて。




結局、思ったほどの成果はなく、『AKASHA』班は、『赤い月』にて宛がわれた控え室へと戻って。


「しかし、君らの知り合いで戦力になるって分かってるのに、どうして今頃になって?」


何とはなしにそう思い、王神がそれを口にすると、

勇はフッと様々な感情を押し込めたような笑みをもらし、答える。


「理由は単純、それは彼がまだ、カーヴの暴走状態にあるからさ」

「暴走状態? そんなことで外に出して平気だったのか?」

「あ、はい。そのためにセン君には……あ、これは僕が勝手に呼ばせてもらってるんですけど、僕たちが使っていた『ゴッドリング』をあげたんです」


王神の問いかけに、相変わらず物腰の低い哲が答え、何だか聞き覚えのあるようなないような言葉を口にする。


「ゴッドリング? それは確か……」

「榛原会長の能力、【武器創造】から派生する能力の一つ、『オウレシャス・トレジャー』によって知己が創り出したアイテムのことさ。身に付けたものは、カーヴの暴走を抑えることができる」


『オウレシャス・トレジャー』は、一昔前、カーヴ能力のプラスされた、数々の凶悪な武器を創り出す能力『メキド・ウェポン』で恐れられた榛原の、もう一つの面白能力だ。

別名プレゼント攻撃とも言われ、指定した対象が、その時一番必要と考えているものを生み出してしまうというとんでも能力である。


「話には聞いていたが、やはり流石だな、リーダーは。しかしそんなものがあると言うなら、暴走状態に苦しんでいる者達みんなを助けることができるんじゃないのか?」

「いえ。それがですね、知己さんでも、二つまでしか創れなかったそうなんです」

「……二つも、だろうな。普通は他の余計な邪念が入って、使えるアイテムなど、できることすら難しいらしい。この『ゴッドリング』を創れただけでもたいしたものだとは思うが、元々邪念の多い奴だからな、知己は。それから何度か創ろうとしてみたらしいが、駄目だったようだね」


そんな理想的なアイテムがあるのなら、暴走に紛れた『パーフェクト・クライム』も見つかるんじゃないのかって、そういう考えもあって言った言葉だったが、そうそう物事はうまくいかないらしい。


攻撃と揶揄されるだけあって、心の中で一番に欲しいと願っているものを具現化してしまうそれは、ある意味心を覗かれるようなもので、嫌がらせそのものと言ってもいい。

一見大層便利に思える力だが、だとすると自分はご免被りたいなあと王神は思うのだった。



「しかし、未だに不思議に思うよ、そのたった二つしかない貴重なアイテムを、どうしてボクたちに使ったのかってね。今でこそ、哲とタッグを組めば敵などいやしない最高のコンビだが、ここを出たばかり頃はCクラスがせいぜいだったからね」「そうですね。僕なんかより優秀な人はたくさんいたはずなのに……」


いつまでたっても解決しない問題に悩むように、自分にはそんな資格なかったとでも言うように、二人の兄弟は呟く。

それを聞いた王神は少し黙考した後、いつもみたいにくつくつ笑い、それに答えた。


「そんなことは考えるまでもないな、リーダーが、そうしたいと思ったからだろう? 元々リーダーが創ったものなんだしな」

「……あ」

「フッ。なるほどね。そう言われてみればそうか。今まで考えもしなかったよ。さすが王神さん、年の功だ」


哲は初めて気づいたみたいに、勇は感心した様子で笑みをもらす。

戦力になるかならないかってことよりも、自分の好みとか気まぐれで大事なアイテムを使ってしまう。

知己がどんな人物かと聞かれれば、まさにその通りの答えだった。


誰彼からも認められるようなリーダーは、存外そのような大物ぶりが必要なのかもしれなかった。




「それでですね。話を戻しますけど、もし僕たちがゴッドリングを使わないで済むようになったら、センくんに渡すって決めていたんです」

「ああ、彼には借りがあるからね。少しばかり遅くなってしまったけれど」


そして、話題が始めに戻り二人はまるで双子のような会話のつなぎっぷりで、話を纏める。


「ほうほう。するってーと、二人はもうリングがなくてもカーヴのコントロールはバッチリってことか」


だからやったんだよなって王神が納得したように頷くと、二人は自身ありげに同じような笑みを浮かべた。


「実は、結構前からコントロールできるようにはなっていたんですよ」

「ただ、解放する理由がなかったからね。能ある鷹が、爪を隠さなくてもいいような、今回のような理由が必要だったってわけさ」


つまり、今までは使う事はなかったが、今なら心おきなくその力を振るえるということで。 



「ま、ほどほどにな」


やっと恩返しができる機会が訪れたと。

闘志を燃やす二人に、とりあえず王神はそう言って苦笑いするのだった……。



             

             (第15話につづく)






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