第45話、マスコットふたりの、内緒の約束
法久はジョイをなだめるように、ことのあらましを話した。
パームと言うカーヴ能力者の団体の一人に、カナリが操られていたこと。
もう外に出ても暴走しない、ゴッドリングと知己のこと。
それでも犠牲を出したことで、償いのためもあってカナリが『喜望』で働くことを決意したこと。
ジョイを探しているセン……ちくまの存在、それらの全てを。
「……」
ジョイは全てを聞いて、だから自分はここに入れたのかと納得しつつも。
様々な知らなかった事実に目を回しそうになり、呆けたように白い天井を見上げるしかなかった。
「そっか、そっかぁ。ご主人さまも自由になったんだ。しかもセンも一緒だなんて。……あははっ。何だかボクだけ一人、空回りしてたみたいだ。もしかしてセンを『赤い月』から出してくれたのも法久たちなの?」
「結果的にはそうなるでやんすかねえ? ちくま……センくん、ジョイちゃんに会いたがってたでやんすよ」
「そっか。そっかそっかぁ」
―――いつか出られる日が来る。
そんな自分の儚い願いが叶ったのかと思うと、ジョイは本当に嬉しくなる。
「うむむっ。ちくまくんもジョイちゃんの話をしている時はたいがいでやんしたが、ジョイちゃんもその口でやんすかっ? ひょっとして二人は独り身のおいらを差し置いて深い仲でやんすかっ!」
その喜びの表情が、あまりに深く心がこもっていたせいか、そう言って悔しそうに? 地団駄を踏む法久に、否定でも肯定でもなく、ジョイは僅かに微笑んでそれに答える。
「センはね、ボクの問いかけ(歌)に初めて気づいて応えてくれたたいせつなともだち、だよ」
初めてカナリの命を受け、外界に旅立ったあの時。
ジョイはひとりだった。
ひとりで主であるカナリの願い……世界を救うという、御伽噺めいた願いを叶えようとしていたのだが。
その願いは。しばらく外の世界を流れるうちに、途方もないことであることに気づかされ、それをひとりで成すのが辛くなっていて。
無意識に求めていたのかもしれない。
好奇心に溢れた表情の奥底にある寂しさを、誰かに知ってほしいと。
それからしばらくたった、運命のその日。
ジョイの好奇心の尾を引いたのは、真ん中がくり抜かれた、ドーナツ状の不思議な建物だった。
そこには小さな窓がたくさんあって。
すぐにジョイはその月の光しか通さない窓の向こうに、主と同じように閉じ込められているカーヴ能力者たちがいるのを知る。
最初は感傷だったのだろう。
ひとりで閉じ込められ、孤独の涙にくれていた主が、歌を歌うことで落ち着き、笑顔を見せてくれたことをジョイは覚えていて。
もし、この歌(想い)に応えてくれる人がいたら、笑顔を見せてくれる人が現れたら、自分も本当の笑顔になれるんじゃないかって……そう、思ったのだ。
そして。
そんな事を考え、表向きは気ままに歌っていたジョイに気づき、その姿が見たいんだと、ジョイに逢いたいと言ってくれたのがセンで。
その瞬間からずっと、ジョイはこの人なら、自分を助けてくれるかもしれない。
手伝ってくれるかもしれないと考えるようになる。
でも、その想いは。
おいそれと願ってはいけないこと。
何故ならば、ジョイの我侭で彼を望んでもいない過酷な運命の輪に導くであろうことに他ならなかったから。
「うぐぐっ、うらやましいでやんすっ。おいらも一度可愛い女の子にそんな事言われてみたいでやんすよっ。って、ジョイちゃんに熱弁しても仕方ないでやんすけど。……それで、ジョイちゃんはここへは何しに来たでやんすか? おっ、そう言えばここに来たの初めてじゃないでやんすよね?ほら、あの虹の絵。ジョイちゃんが持ってきたでやんしょ?」
「あぅ。あの時のことは思い出したくないな。そもそもなんで猫タイプに戻っちゃったんだろ」
ジョイにとっては恥ずかしい失敗をぶり返されて、情けない声を上げてそう呟く。顔もちょっと赤かった。
「ああ、たぶんそれは知己くんがいたからじゃないでやんすかね。そう考えると、はた迷惑な能力でやんすねえ。それでついでに思い出したでやんすけど、これからカナリちゃんやちくまくんともども、一旦ここに帰ってくる手はずになってるでやんすけどどうするでやんす? 知己くんも当然いるから、きっと今の姿を保てないと思うでやんすよ。きゃつの前で猫タイプになるのはとてもとても危険でやんす」
「えー。それはやだなー」
何が危険なのかはよく分からなかったが、思わずジョイはそうもらしてしまう。
会うのなら、ちゃんと今の状態で会いたい。
とはいえジョイは、もうちくまに自分から会うつもりはなかったわけだが。
「そうでやんしょ。会わせてあげたいのは山々でやんすが、ここは一旦引くが吉でやんす。だから、早く用事を済ますべきだと思うでやんすが」
みゃんぴょうに激似? のジョイが知己の前に現れたら、別な意味で危険だから。
そう言う訳があって、法久はそう言ったのだが、その口調は真剣だった。
だからジョイも圧されるようにこくりと頷く。
無事に外の世界に戻ることの出来た主、カナリと話がしたいと言う気持ちは確かにあったが、自分の都合だけでちくまを自分の使命に引きずり込もうとしていると確かに自覚のあったジョイには、その言葉はかえって都合がよかった。
それでも見つけ出してくれた時は全てを話そう。
ジョイはそう思っていたから。
「うん、じゃあそうするね。それで、あの。ボク、ちょっとカーヴ能力について知りたいんだけど。時を渡るような能力の」
ジョイがそう言うと、ほんとに待ってないでやんすか、ちょっと冗談だったのに、という顔をしつつ、法久はそれに答える。
「んーと、それなら話はカナリちゃんから窺ってるでやんす。ただ今調べ中でやんすからそれっぽいのを見つけたら、教えるでやんすよ? まあ、もう同じ仲間なんでやんすし当然でやんすが」
「そっか、その話ももう伝わってるんだ。ちょっとボクの立つ瀬がないなー」
そう言って苦笑いするジョイに、法久も同じような笑みを返すしかない。
だとすると、とりあえずジョイがこの場にいる意味がなくなった。
ならば次のやるべきことをやらなくてはいけない。
ジョイはそう考え、口を開く。
「それじゃあボクもう行くね? もう一度違う観点で、時渡りについて調べることにするよ」
「へ? 本気で行っちゃうでやんすか?」
驚いてそう聞き返す法久に、ジョイは迷いなく一つ頷く。
「うん、何かね、伝承の一つなんだけど『深花』って言う妖怪さんが、何でも願いを叶えてくれるらしいんだ。そのためには、その『深花』さんの命が必要みたいなんだけど、それってちょっとおかしいんだよね。命が必要ってことは、『深花』さん死んじゃうってことでしょ? 一回きりってことでしょ? そんなのでどうやって伝承になったのかなって思ったんだ。何か裏があるんじゃないかなって気がしてさ。幸いその伝承の発祥地については調べがついてるから……ちょっと言ってみようかなって」
「なるほど、常に次の手を考えてるわけでやんすね。頭が下がるでやんすよ、ほんとに。でも、それでも一言くらい伝えるべきじゃないでやんすか? さっきの危険だっていうのは、半分ジョークでやんすし」
うむうむと納得した後、ちょっと心配そうにそう言ってくる法久に、しかしジョイはふるふると首を振る。
「ううん、いいよ。猫タイプで会うの、恥ずかしいもん」
そしてそう言って、照れて俯くジョイ。
それは本音でもあったが、やっぱり会うべきじゃない。
ジョイはそう考えていたのだ。
『赤い月』にちくまがいる時は、そこから出してあげたいという気持ちもあったけど。
自由になったのなら、もういいだろうと。
「そうでやんすか。ま、深くは聞かないでやんす。その代わりってことでもないのでやんすが、できたらおいらがここにいたこと、秘密にしておいてもらえないでやんすかね?」
「え、どうして?」
少々自分の考えにのめり込んでいたジョイは、そんな法久のセリフに目をしばたかせる。
「故あって内緒でここにずっといなきゃならんのでやんすよ。ま、知ってる人は知ってるでやんすが……」
そしてそのまま、法久は言葉を止める。
それはまるで、ただそう言う風にお願いはするが強制はしない、そんな意思表示のようだった。
「つまるところ結論を言うとおいら自体も、ここでジョイちゃんと会ったことあんまり言えないんでやんすよね」
「わかった。それならそれでいいよ。ボクも深くは聞かないから」
それならそれで都合がいいと、ジョイは改めて頷いてみせる。
「でも、ここにいるって、こんな所でずっとひとりで?」
「まあ、それがおいらの使命でやんすからねえ」
そう言って笑う法久はほんの少しだけ寂しそうに見えた。
ひょっとしたらこの人は自分と似たような境遇なのかもしれない。
そんな事をジョイは思う。
「なら、ボクだけはちゃんと覚えてるよ。法久がここにいて、ボクとお話したことをね」
「……やさしい心遣い、痛み入るでやんす」
だからそう言って微笑み、さよならは言わず……ジョイは部屋を出る。
そっと最後に窺った法久の表情は。
帽子と眼鏡のせいで遠く見えて。
やはりジョイにははっきりと見ることはできなかったけれど……。
(第46話につづく)
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