第46話、軒下のモンスターは恋敵?
―――同刻、あおぞらの家付近。
今日も今日とて、きくぞうさんの散歩を終えた美弥は、いつもより少し早い帰路についていた……。
「「先生さよーならーっ!」」
すると、すぐ側までやって来ていたあおぞらの家から、そんな子供たちの声がする。
この時間は、美弥の母親代わりでもある恭子の昔の仕事の同僚である、音楽の先生が来ている日だからだろう。
「う、ちょっと早く帰りすぎたのだ……」
このままでは帰り際にその先生と鉢合わせしてしまう。
正直美弥は、その先生が大の苦手だった。
思わず引き返そうと踵を返したが、扉を開け放った音がして。
それすらも諦めざるを得なくなる。
「おっ、今日はお早いご帰宅じゃないかね……この恋敵」
「………」
美弥にしては珍しく、苦々しい表情で見上げたその先には、顔だけ美形のごっついおっさんがいた。
「……榛原先生、ごくろうさまです、なのだ」
だがとりあえず目上の人だし、恋人の上司だ。
あまり失礼なことはできない美弥は、俯くように頭を下げた。
「オイオイ何よ、その可愛い語尾は? そんなんでともみんが落ちると思ったら大間違い……って、落ちてるんだけどねっ、ちぇっ」
「……」
何度も言うが、美弥は榛原が大の苦手だ。
というか、出来ればあまり近付きたくない。ライバル視してくるし。
美弥がそんな事を考えつつ黙っていると。
それを悟ったかのように、間に立ち塞がるようにきくぞうさんがう~っと唸り、戦闘態勢に入った。
「おいおい、マジで怒るなよ。ちょっとしたスキンシップだろう? もう帰るって」
今にも噛み付かんばかりのきくぞうさんをどうどうと制し、言葉通り榛原は美弥に背を向ける。
そしてさようならと声をかけるべきなのかと美弥が考えあぐねていると。
当の榛原は背を向けたまま立ち止まり、呟いた。
「知己の奴頑張ってるぞ。お前のために……」
「……うん」
そう言う榛原の表情は美弥には見えない。
だから美弥は、ただそれに頷いてみせる。
分かってるって反論しようかとも思ったが、何だかそれは知己と一緒にいることが多い(実際はそうでもないが)榛原に対して僻んでいるように思われたら嫌だったからだ。
見えないその表情は、きっとあなたの知らない彼を知ってるのよ的なニヤケ顔に違いない、と美弥は思う。
想像するのも嫌だったけど……。
「んじゃ、またな。明日のライブはちゃんと来るんだぞ」
ライブといえば、あおぞらの家のある町、桜咲町で行われる様々なジャンルの、たくさんのアーティストが集まるチャリティーライブのことだろう。
榛原は、そのチケットを子供たちに渡すためにここに来た、というのもあった。
確か『ネセサリー』は出ないとのことだったので、美弥としてはあまり期待はしていなかったが……。
「分かってます、美弥は引率ですから。今日もごくろうさまです、なのだ」
片手を上げて立ち去っていく榛原に、美弥はそう答えてから。
それでも心を込めて、後ろ手に手を振る榛原にねぎらいの言葉をかけるのだった……。
『相変わらずどうも掴みにくい男ですね。変態なのは見れば分かりますが』
「そうだね……」
そして。
榛原が去って嫌そうに呟くのはきくぞうさん。
見れば分かるという酷い言いように、美弥は思わず笑みをこぼしてしまった。
ちょっと悪いかな、と思いつつ。
『ま、そんなことより! 一刻も早く家に入りましょう。主さまに心づくしのブラッシングをしてもらわなくてはならないのですからっ』
「はいはい、分かってるのだ」
尻尾を振ってそんな事を言うきくぞうさんを見て。
美弥は偉そうなのに、やっぱりどこか憎めないのだと思いつつ。
そんなきくぞうさんと連れ立って家の中に入っていく……。
ただいまの嵐を受け、背中に沈む夕陽は、まだ美しい茜色だった。
永遠の赤であるはずのその色が。
決してそうでないことに、気づかないふりをしたままで……。
(第47話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます