第421話、ひとりでいたら、ひとりじゃないから、未だここに在れる
そうは言っても、今いるのは出先……キャンプ&バースデイパーティのための合宿所であるため、用意するものはそう多くなかった。
どちらにせよパーティの時間、夕方までにはいったん帰ってくるつもりで。
お昼のおにぎり、おかず、救急セット、過保護な知己に持たされた榛原会長が能力で作ったという、実の所よく分からないカーヴ能力の秘められたアイテムをリュックにしまい込んで。
それじゃあ出発なのだ、とばかりに意気揚々と連れ立って部屋を出る。
年長さん……最近はほとんど美弥と同じ家事手伝い……寮母的な仕事をしているといってもいい、藤(ふじ)やひとえに声をかけるために。
美弥たちは。
まずは合宿所に備え付けの食堂に向かうことにしたわけだが。
「あれれ、またこの展開なのだ? この時間帯は朝食のお片づけをしてるかなって思ったのに、誰もいないのだ」
「みなさんでかくれんぼでもしているのですかね。子供たちらしき気配があるのは確かではあるのですが……」
あるいは手早く片付けを終えて、それぞれの部屋に戻ったか。
季節外れの海にでも繰り出して、くらげと戯れにでも向かったか。
そう思い立ち、それぞれに与えられた部屋へと踵を返そうとしたところで。
「いたたっ!?」
「……~っ!」
キシィン、と。
軋れるような音とともに。
まるでいきなり海深くにでも潜ったかのような。
痛いくらいの耳鳴りが美弥たちに襲いかかる。
やっぱりきっかり頭の上にくっついている、犬耳のぶん聴覚に鋭いキクが、思わず声なき悲鳴をあげるくらいには。
そしてその瞬間。
その場を支配する大気に変化があったのが美弥にも気づけて。
「……異世っ!? おそかったみたいっ。お姉ちゃん、キクさん、こっちです!」
「わわ、そんなに引っ張らないでっ」
それまでの、ほんわかのんびりした様子とは打って変わって。
瀬華のイメージそのままに表情を引き締めたマリが、思っていたより強い力で美弥のことを引っ張っていく。
その切羽詰まった焦りように、今置かれた状況が、ここのすぐ近く……
桜咲中央公園のイベントホールでできた、カーヴ能力者同士が戦う時に展開する結界のようなものが展開されたのだと気づいて。
美弥はマリの手を引っ張り返すようにして、そのまま先導する形をとって、合宿所の外へと向かうことにする。
合宿所の中にいるはずの子供たちが気がかりであったが。
色々と知己から話を聞いたりして、異世に閉じ込められたのならば。
まずは何よりその世界を覆う、外界との境にある見えない壁のようなものを壊して外に出ることがまず何より重要であると言っていたことを思い出したからだ。
「……むむっ、敵意、敵性反応っ! 来ますよっ」
しかし、美弥のそんな判断を嘲笑うかのようにして。
食堂にはいなかった子供たち……その中でも年少組の少年たちが、声もなく美弥たちを囲んだことで、現況が美弥の予想の範疇を越えるだろう大事であることを理解する。
「なおじろーっ、はるいちもっ! さとしもいるのだっ!? 一体、なにがっ」
「主さまのお知り合い……家族かどうかは二の次でしょう。少なくとも彼らにはこちらを害さんとする敵意があるようですよっ」
何者かに操られているのか。
あるいは、やんちゃ盛りが嘘であるかのように。
いつもより静かに、だけど瞳がギラギラした輝きだけが。
恐ろしいほどに存在を主張していて。
カーヴの能力により作り出された、偽物の可能性もあったが。
まるでそうするのが当たり前であるかのように。
美弥を守るようにして、戦い対するためにと前に出た、キクとマリの背中を見て。美弥はっと我に返る。
「ちょ、ちょっと二人とも、待つのだっ。なんでいきなりそんな、やる気満々なのだっ?」
まさか、生意気盛りとはいえ、こんな小さな子たちに何をする気なのかと。
それこそ、本物か偽物かだなんて関係ないのだ、とばかりにいきなり戦闘態勢に入った二人を止めに入る。
「恐らく、わたくしたちにそう思わせ躊躇わせることこそが、相手……この異世を展開したものの目論見なのでしょう。相手の目的が主さまの足止めであるならば、甘んじて従うわけには……っ、来ますよっ!」
「わ、わわぁっ。な、なんでみんなちっちゃいのにカーヴ能力使えるのだっ」
キクの鋭い声が、合図となったかのように。
その小さな手のひらに炎を、光の剣を……更に何者か、ファミリアめいたものに変貌せんとする子供たち。
そこにいたのが、当初の予定通り美弥だけであったのならば。
戦える戦えない以前に、もしかしたらきっと、そんな小さき彼らの癇癪めいたものを、成す術なくただただ受け入れていたことだろう。
異世で痛い目にあっても、現実にそのまま影響するわけではないといった、異世の仕組みを知己に聞いて理解していたからこそ、といった理由もあるにはあったが。
どこか、そうなっても仕方がないといった気持ちが美弥にあったのは確かで。
それはもしかしたら。
何か大事なものを忘れてしまっている事への罪悪感からくるものなのかもしれない。
ならばそれを、どうにかして思い出さなくては。
美弥は、迫りくる幼き少年たちのことも置いて。
必死に失われしものを取り戻そうと努力していたが……。
(第422話につづく)
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