第420話、ココロに嘘はつけないよ、もっともっとそばにいたいのに


「お、落ち着くのだ。いっしょに逃げるっていっても子供たちのこともあるし、どうしてそう思ったのか、まず聞かせて欲しいのだ」



そんな言葉と、美弥の確かなぬくもりに。

多少なりとも冷静に、落ち着く効果があったらしい。


主さま、わたくしもお願いいたしますと言わんばかりにキクが、実はしっかり装備されている尻尾をぶんぶんふって見上げてくる誘惑に負けて。

二人いっしょにもふもふ抱きしめていると。

そんな状況にはうぅっとなって顔を真っ赤にしたマリが、


「ええと、それはですね。うーんと……」


などと、深く深く悩み込み、言葉を探すような仕草をしてみせた後。

気を取り直すように、可愛らしい咳払いなんぞしてみつつ、口を開く。



「あのその、ひとことでいいますと、お姉ちゃんが狙われているのです。だぶんきっと。そのうちここに、怖いひとたちがたくさん集まってくるはずだから、ここから逃げたほうがいいと思ったのです。逃げる場所はけんちゃんが……あ、えと。わたしのだいじ、お友達なんですけど。正咲ちゃんと見つけ出してくれていると思うので。その、えっと。わたしといっしょに行きませんか?」



あくまでも、狙われているのは美弥であるから。

ここにいる子供たちを守るためには、かえってそれが一番で手っ取り早い。


一体何に狙われているのか。

怖いひととは何者か。

結局またしても、聞きたいことは増えるばかりだったが。

何故だか百面相をしつつお願いにも近い、そんな言葉をぶつけてくるマリに、すぐに反応したのはキクの方であった。



「まさき? それってもしかして、ひまわり色の特徴的な鳴き方をするにゃんこのことではないですか?」

「あ、うん。そうだよ、正咲ちゃん。かわいい猫さんに変身できるんです。……あ、そっか。それを知ってるってことはキクさん、正咲ちゃんのお友達のわんちゃんだったんですか?」

「ええ、そうですとも。主さまの忠実なる犬、キクでございますよ。びりびり小生意気にゃんことは、同じ意味の名を持つことを知ってからの腐れ縁、ですかね」

「あ、思い出したのだ。そのにゃんこってジョイちゃんのことだよね」

「あ、はいっ。正咲ちゃんのにっくねーむですよね」



本当は、ミドルネームではあるのだが。

マリからするとそういった認識らしい。

そんなやり取りの中で、そう言えばこの場所でジョイの飼い主……マスターであったカナリと出会ったんだったと、美弥は思い出す。



瀬華の姿をとっている時点で分かっていたことではあるが。

話を聞く限りマリは知己たちの所属する【喜望】の関係者であることに間違いはないのだろう。


美弥だけが狙われているのならば、その理由を置いておくとしても、『あおぞらの家』の子供たちから目を逸らすという意味では、マリの所謂お願いに従ってもいいようには思えたが。



「正咲ちゃんとけんちゃんは、違う世界へ行くという扉……お舟をさがしてるんです。できればお姉ちゃんにも、いっしょに来て欲しいんですけど」

「なるほどなのだ、うん。そう言うことなら構わないのだ。キクちゃんも一緒に行っても?」

「はい、それはもちろんですっ」

「ダメだと言われてもどこまでもわたくしはついていきますけどもね」



美弥は、その心情をおくびにも出さずに頷きながら、その内心では気がかりなことがいくつもある事を自覚していた。


恭子たちに子供たちをお願いして、その旨を伝えなくてはならない事もそうだが。

きくぞうさん……キクがいなくなる前に連絡をとったきり、いつもの寝る前の提示報告もなくて、音沙汰のない知己の存在である。



昨日は、きくぞうさんが心配でそのまま寝てしまったせいもあったわけだが。

美弥自身が、何者かに襲われ狙われているだなんて、その時の連絡時には欠片も口にしていなかった事を思い出したのだ。


自分ごとながら、知己が美弥に対して平気で仕事を放り投げるくらい過保護である事を知っていたので。

何かあれば教えてくれるはずだというか、知己のことだからもう近くにいてもおかしくないと、そう思っていて。



「それじゃあ、まずは恭子さんに子供たちのことをお願いしないとなのだけど」

「あっ……はい。えと、たぶんもう知ってると思います」

「そうなの? あ、でも一応連絡はしておかないと、なのだ。昨日の夜から会ってないし、キクちゃんのこともあるし」

「うう、そ、そうですね……」



それも、出会った瞬間分かっていたことではあるが。

やはりマリは正直者というか、嘘がつけないというか、誤魔化すことが苦手なのだろう。


瀬華とは明らかに違う、ギャップめいたもののせいもあるのだろうが。

何だか何かを隠しているかのような、美弥に言えないことがあるのだというのはよく分かって。


だけど。

それが美弥を陥れようとか、騙そうとか、そう言った類ものではないってことも、

分かりやすすぎるくらい、美弥の中では確信めいたものがあって。



「……分かったのだ。年長の子にことづけておくから。んじゃ、出かける準備をするから、ちょっと待っていて欲しいのだ」

「あ、はいっ。ご、ごめんなさいっ」



何を謝る必要があるのだと。

そう言って何だか泣きそうになっている(瀬華のそんな様をまず見たことがなかったので、何だか新鮮でおかしかったけれど)マリを宥めるように再び軽めに抱きしめると。

宣言通り外出の準備を始める美弥。



内心では、恭子だけでなく知己にも連絡したかったのだが。

『あおぞらの家』の年長の子供たちは、むしろ美弥よりもしっかりしているくらいだし、本当にマリのいうピンチが美弥のところへやってきたとしても、きっと知己がどこからともなくやってきて、タイミングよく助けてくれるはずなのだ。


……なんて、根拠のない自信があったため。

美弥はとにもかくにもマリのためにと、行動を開始することにしたのだった。



その一方で、そんなことを考えていたら。

不意に降って沸いてくるみたいに、『何かを忘れているような』、そんな感覚に襲われている自身に。


気づかないふりをしながら……。



             (第421話につづく)







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