第419話、ここで微笑っていて、共に在りたい。さよならの前に



「わぁ……すごかったぁ。こんなにたくさんのちっちゃい子たちに囲まれるのはじめてで。助かりましたっ、美弥さんっ」



何だかそれでも嬉しそうに笑顔を浮かべて頭を下げてくる瀬華。


確かに瀬華は、知己にも負けないくらい小さいもの、可愛いものに弱かったけれど。

もしかしたらきっと、彼女はその素性を隠す気なんて、さらさらなかったのかもしれない。


そんな言葉尻も、内容も、かつて知る瀬華と照らし合わせてみても、まったくもってあってはいなかった。


数年の学校生活でひとがすっかり変わってしまった、なんてレベルの話ではない。

彼女は……美弥でもすぐに分かってしまうくらいには、瀬華ではない別の誰かで。

それでも、見た目はどうみても瀬華そのものに思える。



もしかしたら、カーヴ能力的ななにかで、誰かが瀬華に化けているのだろうか。

思わずきくぞうさん……キクを伺うも、そんな彼女に警戒している様子はなく。


美弥のことばかり見ていたからなのか、目が合うことによって嬉しげに首を傾げてくるから。

状況を忘れて人のことなど言えずに、うっとやられそうになる美弥。



それを振り払うように美弥はぶんぶんと首を振ると。

改めて瀬華の姿をとっているらしき少女を注視する。




「ええと、その。おねーさんは、みやのこと知ってるのだ? 【喜望】のひとですか? 恭子さん……ともみの同僚さん?」

「え? あ、あれっ。わ、わたし……瀬華ちゃんに見えませんか?」

「ふははっ。語るに落ちるとはまさにこのことですねっ。しかも貴女、どうにも嘘が苦手のご様子。何のために主さまの前に現れたのかは知りませんが、このキクの目は誤魔化せませんよっ」

「はう、あわわ。すぐにバレちゃったよう」



かと思ったら、何だかちょっとらしさを取り戻した気がしなくもない、キクと少女の、ある意味微笑ましいやり取り。

少なくとも、そこに悪いものは感じられようもなかった。


どうして瀬華の姿をとっているのか。

疑問ではあったけれど。



「ええと、とにもかくにも、みやに用があるってことで、いいのだ?」

「あっ、は、はいっ。美弥さん……ええと、そのあの、お姉ちゃんに会いたくてきちゃいましたっ!」


中の人? とは初めて会うはずなのに。

妙にすとんとはまり落ち着く、そんな呼び名。


……もしかして、みなしごとして『あおぞらの家』に預けられたはずの美弥に、血の繋がった家族がいたのだろうか。

何らかの理由で、本人が会えないからこそ、瀬華の姿を借りているのだろうか。

あまりにもぴたりとはまりすぎて、美弥の中にいろいろな妄想めいたものが駆け巡ったけれど。



「朝ごはんはみんなでって思ってたけれど、つもる話がありそうなのだ。うん、それじゃあ、みやの部屋に案内するのだ。三人でまずはごはんにしようと思うのだけど、いい?」

「あ、ありがとうございますっ。そう言われたらすっごくお腹がすいてきちゃいましたっ」

「主さま、とろっとろでアツアツなカリカリを所望します」



愛すべき妹が、気づいたら二人も増えてしまったみたいで。

ごはんと聞いてとても嬉しそうな二人に。

美弥も幸せな気分になりながら、連れ立って合宿所を案内がてら美弥に宛てがわれし部屋へと向かう。




『あおぞらの家』の子供たちには、各々各自で朝ごはんをとってもらうことにして。

今日の朝美弥が手づから用意したのは。

ハムつきの目玉焼き、納豆、味噌汁、きゅうりとトマトのサラダ、ごはんと言ったオーソドックスなものである。


キクのリクエストは、言葉通りの『カリカリ』ドッグフードだったのかもしれないけれど。

まさか少女の姿をとっている彼女にドッグフードをあげるわけにもいかないだろう。

結局、とろとろアツアツかりかりな目玉焼きを、そのかわりにと美弥の方が嬉しくなってくるくらい美味しそうに食べてくれたからよしとしておいて。




三人で卓を囲むと、それなりに狭い、美弥に宛てがわれた一室にて。

食後のカフェオレを堪能しつつも、美弥は改めて本題に移ることにする。




「……ええと、まずは自己紹介、なのだ。わ、私は屋代美弥。『あおぞらの家』で家事手伝いをしてるのだ。んで、こっちはキクちゃん。みやの家族なのだ」

「あ、えと。わたしは……こうして瀬華ちゃんの姿を借りているんですけど、その、竹内麻理っていいます。ちいさいころ、生き別れになったって聞いたお姉ちゃん、美弥さんに会いにきましたっ」



家族と紹介されて、キクが嬉しそうに。

マリと名乗った彼女が、痛みをこらえるかのような、悲しげな笑みを浮かべていたのが印象的であったけれど。

それでもすぐに露と消え、彼女は意を決した様子で美弥のことを姉と再度呼びかけた。



なんとはなしに、予感めいたものがあったのだろうか。

驚きはしたものの、美弥にはどこか、やっぱりそうだったのだと、納得できる部分もあって。




「ええと、んと。お母さんとお父さんは?」

「……すみません。ふたりともわたしが物心着く頃には。美弥さんがお姉ちゃんだってことが、分かったのも最近なんです」

「そっか。いろいろ聞きたいことも話したいこともあるけど、まりちゃんのこと知ることができて、よかったのだ。会いに来てくれて、ありがとなのだ」



どうして、生き別れることになったのか。

両親のこと、自分に対する気持ち。

二人が姉妹であると分かったきっかけ。

それこそキクに続けて聞きたいことが溢れていたけれど。


まずは第一に、会えたこと。

彼女がここにいることへの感謝がついて出る。


ただただ嬉しくて、よかったのだって。

伝えたかったのに。


だけどマリはそんな美弥のことばを受けて、泣きそうになっていて。

顔をくしゃくしゃに歪めていて。



「やっぱり……やっぱり、いやだよっ! ここから逃げましょう、お姉ちゃん! だれもいない、遠い遠いところへっ!」



恐らくは、彼女がここに来た一番の目的を口にする。

しかし当然、美弥にとってみれば、いきなりすぎてなんのことだか、何を言いたいのかよく分からない。


故に、既に泣きじゃくる勢いのマリを、優しくあやすように抱きしめて。

その言葉の内実を理解すべく。


もっと詳しく話を聞くことにしたのだった……。



            (第420話につづく)






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