第五十二章、『まぼろし~時の舟』

第418話、誰よりもあなたの声が聞きたくて、話をしようあともう少しだけ



「恭子さんっ……って、あれ。留守なのだ? まだ朝も早いのに。どうしたのかな?」



美弥たちは、当然いるはずだという体で恭子に宛てがわれた部屋を訪れたのに。

どうしてか、部屋はもぬけの殻で。

部屋どころか、台所や他の場所……合宿所のどこにもその姿はなかった。



それこそ、きくぞうさんじゃないけれど。

どこかへ行くのならば、声の一つくらいかけてもらえるはずなのに。

……なんて美弥が思っていると、合宿所の玄関あたりから子供達の声が聞こえてくる。




恭子の教育の賜物であるのか、それとも元々そういった性格の子たちばかりが集まっているのか。


『あおぞらの家』の子供たちは、おおよそその年代の子供たちにありがちな、子供らしさが足りないというか、大人しく静かな子供たちが多かった。


最早年長どころか、巣立って卒業してしまってはいるが、そんな中でも知己が一番ある意味子供っぽく……有り体に言えばうるさかった事を考えると、その大人しさっぷりも分かるというものだろう。


そんな彼らが、合宿所の玄関ホールの辺りで何だか騒がしくしている。

それを考えると、彼らにも予想外なお客様でもやってきたのだろうか。



「ともみかな? きくぞ……キクさん、ちょっと行ってみるのだ」

「さん付けはいりません、主さまっ! お供しますっ」


身内である恭子であるなら、集まることはあってもここまで騒ぐことはないだろう。

それ以外にバースデイパーティを控えた、この合宿所へやってくる人物は限られてくる。


恭子の同僚であり、相棒であり、何故だか美弥を不退転なライバル扱いしてくる榛原会長も結構『あおぞらの家』に立ち寄ることが多いので、彼がやってきた可能性も考えられたが。


それを口にしたら本当に榛原会長がやってきてしまってもなんなので。

美弥は敢えて口に出して、きっと知己に違いないとあたりをつけたわけだが。



恐らく、ニアミスと言うか、入れ違いになってしまったのかもしれないキクの反応は、随分とそっけないものであった。


突然いなくなってしまって、知己が探しに行く自体となったのはこれで二度目であるし、知己の前では恥ずかしいからなのか、けっして口を開くことはないが。


知己が美弥だけでなくキクにとっても、どれだけ大きな存在であるのかは、秘密の共有をもってよく分かっている。

その代わりではないが、二人で知己のことについて話す時は、決まって毒ばかり吐いてくるのに。

少女の姿をとったきくぞうさん……キクは、知己のことをあまり気にしていないと言うか……。



(まさか、きくぞうさん。ともみのこと忘れちゃってるのだ?)


流れるほどのスルーっぷりにかえって心配になってくる美弥である。

何かあったのかもしれないし、少女の姿をとることで色々と問題が発生している可能性もある。


さん付けがダメならちゃん付けで勘弁してくれなのだと、そんなキクの要望になんとか応えつつ。

来客を確認した後に、なぁなぁで後回しにしてしまっていた……昨日迷子になった間に何があったのかを聞かなくちゃいけないと。

内心で美弥が決意していると。





「あっ……お、美弥さん! 美弥さんですよねっ! ちょうどよかったっ。この子たちなんとかしてくださいぃっ」

「んん? ……さ、さん?」


何だか、違和感があるようなないような。

だけど聞き覚えのある、それでも予想に反したお客さんの声がする。



玄関ホールのマットのところには、予想外ではあったが、恭子の同僚の一人には違いない、黒姫瀬華(くろひめ・らいか)の姿があった。



つい最近まで、ご無沙汰ではあったのだが、あったことを一日の終わりの電話によって逐一報告してくれていた知己によると。

都心から離れた若桜という名のカーヴ能力者を育てる学校の在校生ということで。

最近まではそちらに通っていた、とのこと。


美弥としては、しかしそれほど久しぶりな感覚はなかったわけだが。

それは、瀬華の方も同じで。

多少は他人行儀なところがあるものの、悪戯なのか、ひとかどのアーティストとして人気、有名であったからなのか。

男の子、女の子、お構いなしに瀬華にとっつき、囲むようにして離れないことにほとほと困っていたらしい。


美弥と目があった瞬間、あからさまに助かった、助けてください、なんて訴えられるくらいには心を開かれているようで。



単純に抱きつくみたいにとっついている子もいたが。

わいわいがやがやしている言葉を拾う限りでは、来訪の予定のない人物を、勝手に中に入れないように。

まるで門番めいたごっこ遊びをしているようなのが分かってきて。



「こらぁっ! そのひとはお母さんのお友達なのだっ、そうやってむやみやたらに抱きつかないのっ!」


美弥は、キクにちょっと待っているようにと伝えた後、『あおぞらの家』においての年長っぷりを発揮して、手際よく子供達を瀬華らしき彼女から離すことに成功する。



きっと、それより何よりも。

朝ごはんができているから準備しなさい、なんて言葉が効いたのかもしれない。

その代わりにと美弥に抱きついたり、少し離れたところにいたキクに興味津々な子供たちもいたけれど。


あれよあれよという間に。

実に聞き分けよくみんながいなくなっていって……。



            (第419話につづく)






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