第42話、寒そうなネグリジェより美味しいおにぎり
「……って、ちくまのせいで大分話がそれちまったじゃんかよっ。話し戻すぞっ」
「あ、えっと? ごめんなさーい」
急に知己にそうふられて、思わず僕? という顔をしたちくまだったが。
そう言えば初めに7つの伝説について聞いたのは自分だと思い出し、条件反射でそう答えてしまう。
「ちくまは素直だねえ……ま、いいや。それよりどうする? 己たちも一旦戻って、信更安庭学園に向かうべきかな?」
「そうでやんすねえ。学園側の目的はよく分からないでやんすが、今からおいらたちが向かうより、その場にいる『AKASHA』班(チーム)に任せるのがいいと思うでやんすが、どうでやんしょ?」
一戦あったせいもあり、もうすぐ日も暮れようとする時分。
今から向かえばその頃にはもう夜だろう。
昼夜など関係ないという言い分は『喜望』の内々には通用するかもしれないが。
学園側の方としてはそうもいかないはずだった。
他にもしなければならないことがある以上、確かにその場は勇たちに任せたほうがいいかもしれない。
それに……。
「わたし、あの人にどう謝ればいいのかな……」
あの人……阿海真澄のことを思い浮かべ、再びカナリは俯いてそんなことを呟く。
例え『喜望』が知己たちが自分を罰することがなくても、あの人には自分は罰せられるべき理由があるはず。
憎まれ恨まれても仕方がないと思っただけで、何だかひどくカナリの心は痛んだ。
するとその時、知己がそんなカナリを見据え、さっきとはまた違った少し厳しい口調で語りかける。
「謝る、か。確かにそれは大事なことだと思う。でも正味な話、もう敏久さんたちが戦えないのは変わらない事実なんだ。だからこそ、今は時を置くべきなんじゃないかな。今のカナリがそうであるように、今の真澄さんも、冷静に物事を考えられないかもしれないからな。……せっかく仲間になったんだから、焦って関係をこじらせるよりは、彼らのぶんまでカナリに今やるべきことを頑張ってもらったほうがいいかなって己は思う」
「……うん」
そして、そのうちに諭すように柔らかくなった知己の言葉に、カナリはこくりと頷く。
今、あの人会っても何を言ったらいいか分からないというのは確かに本音だった。
謝りたいとは思うが、それでもやった事実は変わらない。
たとえ意思があろうと無かろうと。
さらに、今いる屋敷のような、特殊な環境に置かれてほとんど人付き合いのないカナリには、どうすれば相手を傷つけずにすむのか分からなかったのだ。
ただ、仮に真澄が許してくれたとしても何か償うべきなのだと、カナリは思う。
そしてそれこそが、落ちて能力を失ってしまった敏久たちの分まで、この『喜望』で働くことなのだと。
知己はそう言っているのはつまり、そういうことなのだとカナリは理解していた。
「どうかなって聞いておいて、ちゃっかりどうするか決めてるでやんすからねえ。
おいらはとんだかませ犬でやんすよ。ま、いいけど。それじゃ一旦本社に戻るでやんす。もうそろそろ日も暮れそうでやんすし」
法久の言う通り、昼過ぎに本社ビルを出てから、一戦、二戦とあったせいかかなりの時間が経っていた。
橙に染まる空も、そのうちに闇へと変わるだろう。
「そうだな。今日はそうするか。それじゃあそう言う方向で、度々で悪いが各方面に連絡頼む」
「らじゃ、でやんすよ~」
知己がそう言うと、そのほうが処理速度が速いのか、返事をするや否や待機モード(リュック)になる法久。
知己がそれを背負うと、背中にくくりつけられた黒姫の剣とあいまって、ダサいようなカッコいいような、やっぱり微妙な感じが否めない。
なんてカナリが思っていると。
まるで、その心のうちを読んだかのように知己は振り返った。
「そう言うわけだからすぐ出発するぞ。用意しておけよな」
「用意?」
もう家財道具は持っていかれたはずだけど。
何だろうとカナリが考えるまもなく、その答えはすぐに返ってくる。
「お前はそんな格好で町に降りるつもりか?」
「あっ……」
そう言われ始めて自分を省みてみると、まさに寝巻きである白のネグリジェに暖色のストール、そして麦色サンダルしか履いていない自分に気づき、カナリは赤くなった。
「気づいていたならもっと早く言って欲しかった」
「目の保養に言いかなって思ってさ、なあ、ちくま?」
「……? えっと。はいっ、そうですねっ」
人の悪い笑顔と、純粋そのままの笑みを浮かべる知己とちくまの二人は、そんなカナリの呟きなどほとんど意に介していない様子だった。
「壊れていないほうの部屋に、『喜望』のメンバーようの制服があるからそれを着るといい。サイズはぴったりなはずだ。予め法久くんが用意してくれたものだからな」
「……」
いろいろ突っ込みどころ満載で、何だか不穏な発言があったような気がして紅潮したまま眉を寄せるカナリだったが。
それでも気は使ってくれているのか、元々カナリをからかうつもりなどなかったのか、そう言った知己もちくまも、もうすでにカナリのほうは見ていなかった。
見ると、知己は法久の背中をかっさばくように背中についたジッパーを引き下ろし、そこから赤いハンカチ包みを取り出している。
そっちからふっておいてシカト?
とカナリは思ったがどうかはともかく。
その包みは、どうやら色とりどりのふりかけがまぶしてあるおにぎりのようだった。
そう言えば今日何も口にしていないなと思ったカナリと同じく、ちくまも空腹だったらしい。
もの欲しそうにそれを見ていて。
「白米のおにぎりだっ、しかもふりかけまでついてるっ。僕にも一個~っ!」
「アホかっ、これは全部己のもんなんだよっ。後で寿司でも牛丼でも奢ってやっから、カナリが着替えるまで我慢してろ」
にべもなかった。
死んでも渡さねーというオーラがカナリにもひしひしと伝わってくる。
だが、それもラップを取り去り、それを一口二口運ぶにつれて変わっていった。
普段笑っている時でも、妖しさと顰め面度合いが完全に消えていなかったはずの知己の表情が、一瞬だけ始めて見るひまわりのような笑顔に変わったのだ。
「……っ」
その瞬間、カナリの心の奥にある何かがズキリと痛んだ。
それは、忘れ去ったはずの記憶をひどく刺激するもの。
一番思い出したい何かであるはずなのに、同時にそれを思い出すことを全力で拒否している自分がいて。
そんな痛みとともに、胸が熱くなるほどの動悸をカナリは覚えた。
そして、その知己の笑顔がそのおにぎりのせいだと分かる頃には。
もう既にいつもの顰め面に知己は戻っていて……。
「カナリさんっ、早くっ!牛丼、寿司―っ!」
「きゃっ?」
気づけばどアップでカナリを急かす泣きそうなちくまがそこにいた。
カナリは考えていたことを聞かれてしまったかのように思わず声を上げてしまう。
「どうしたのカナリさん? 顔赤いけど熱でもあるの?」
「ううんっ、何でもっ!」
そして不思議そうにちくまにそう言われ、近いんじゃボケ! とも言えず。
そのまま逃げるように風通しのよくなった自室へと、逃げ込んでいくカナリなのだった……。
(第43話につづく)
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