第43話、遅れてきた新人とファミリアとの隔たり


一方その頃。

知己たちの話題にあがったジョイは、再度『喜望』本社ビルの前にいた。



「やっぱりカーヴのことを調べるにはここしかないよねえ」


未来に行けるようなカーヴ能力が果たしてあるのかどうか。

あるとするならば、それは誰の能力なのか。

それを調べることがカナリから命じられたお願いだった。

初めは、カーヴの力以外を拠り所とする時渡りの伝承などについて調べていたジョイだったが、それは思ったほどいい情報を得ることはできなかったからである。


それでも、一つ得た情報の中には『深花』という伝説上の物の怪の命を引き換えに、この世の全ての願いを叶えるというものがあったが、人の命を犠牲にしてまでそんなことをしたくないと、ジョイはそう思っていたので、正直あまり役に立たない情報だとも言えた。


他にも願いを叶える類のものとか、時の歪みに関する伝承はいくつかジョイの目に止まったが。

どれも眉唾な伝説にとどまり、少々行き詰まってきた果てにやって来たのが、一度来たことのあるこの場所だったというわけだ。 



しかし、この場所はジョイにはちょっと苦手な場所だった。

巨大な竜脈の上に立っていて、行動が制限されがちになるのもそうだが、一度来た時に大きな失敗をしているからだろう。


『喜望』のトップに掛け合って、この世の危機が迫っていること、加えてあの屋敷から出してもらえない主をなんとかしてほしい、ただそれだけを頼むはずだったのに。

いつのまにか、カーヴの罠にはまっていたのか。

気づけば会話のできない猫タイプにまで力を抑えられてしまったのだ。



その時は、未知の感覚にただただ恐怖していただろう。

何しろジョイは、ここで使命を途絶えさせるわけにはいかなかったのだから。


勇や哲、王神と会ったときも、気づけばつかまっていたし、もっと慎重に行動しなきゃいけないなと思いつつも、いつもその慎重さが好奇心に負けるんだよねと、ジョイは自分で自分のことをそんな風に自覚していて……。



「今日は、その能力の人いないといいなあ」


ジョイはそうぼやきつつ、ビルの上の方を見上げる。

あんまり人の気配のしないこのビル。

自分の能力を押さえ込んだ人物がここにいるのかどうかは当然分からない。


そもそも一旦離れると主とは連絡の取りようのないという、ファミリアでは珍しいタイプのジョイにとって、まさかその人……知己が、自らの主とともにいることなど、この時のジョイにはこれっぽっちも知る由もなかっただろう。



「データを保存するとしたら、ぱそこんか何かかな。前忍び込んだ時には上のほうには無かったように思えたけど」


榛原がパソコンを使わないということもあり、会長室にはそれらしきものは無いのはジョイの記憶の通りである。

上階には、会長室や会議室。

そして『喜望』の者が寝泊りするスペースがあるのみだった。




「……何が上の方にないんだい?」

「っ!?」


が、それをビルの入口のまん前で呟くのはいただけない。

いつの間にそこに立っていたのか、ジョイにまるで気取られることなく、まるで入口にあるのが当然な観葉植物のように、ゆらゆらとひとりの少年が佇んでいたのだ。


天然のくせっ毛であろうブラウンゴールドの長めの髪と、夕日の逆光のせいか黄金に輝く瞳。


『喜望』の制服……白地にカラフルなラインの入ったジャケットと、ゴムのような衝撃を吸収するラバー素材の同じく白いズボンが目に付くと同時に、彼が『喜望』の一員であることを示していた。



「び、びっくりしたー。きみ、いつの間にっ」

「今来た所だよ。君が入口でずぅっと立ってたから気になってね。僕はここの臨時ガードマンをしている身だから、一応は声をかけなきゃと思って」


逆光で分かりづらかった少年の表情が、近づきながらのそのセリフではっきりとしてくる。

それは、当然ジョイの知らない顔だった。


ただ、さっきの独り言の全てを聞いていたわけでもなかったのか、穏やかなその表情は、敵意も何も感じられない。



「……」


ジョイは戸惑った。

悪い人じゃなさそうだけど、ガードマンという仕事上、部外者であるジョイを入れてくれるとも思わない。


かといって、強行突破も気が引ける。

ここは取り敢えず誤魔化して、裏から回って前に来たときのように、屋上から忍び込もうか、なんてジョイが考えた時だった。



「君、ファミリアだよね?『喜望』のビルに何か用でもあるのかい? ご主人様のおつかいかなんかかな?」

「えっ?」


あっさりと、ジョイがファミリアであることを見抜き、その少年はほえっとした口調でそんなことを聞いてくる。


まさかいきなりバレるとは思わなくて、思わず総毛立つかのように細かな紫電を迸らせるジョイ。


今まで、主であるカナリのもとを離れてから自分がファミリアだとバレたのは、ジョイの事を知っていた勇たちと会った時だけだった。


人であるために生まれ出でたジョイは、他の公共施設……例えば図書館で調べものをしていても、人でないことがバレたことはなかったのだ。



「ふふっ、そんな慌てなくてもいいよ。落ち着いて? きみをどうこうするつもりじゃないんだ。……って、自己紹介してなかったね。僕は稲穂拓哉(いなほ・たくや)。きみと同じファミリアをやってる。ファミリア同士、分かるのは当然かなって思ってたんだけど」

「ええっ! そ、そうなのっ!?」


拓哉と名乗った少年には当然でも、ジョイにはそうではなかった。

確かに、言われてみれば人にしてはどこか超然とした気配を纏っている気もするが、ジョイは自分を棚に上げてここまで人間と変わらないファミリアがまだいたんだって、感心してしまう。


「あれ、分からなかった? まあ、いいや。それで君は、どこのどなたさんですか?」

「あ、えっと。ボクはジョイだよ。ふぅーん。ボク、男の子のファミリアって初めて見たよ。キクにも教えたらびっくりするだろーなー」


ジョイはサンポ仲間の、もうひとりの人間くさいファミリアの友人を思い出し、そうひとりごちる。

そのままさらに興味深そうに無遠慮に見つめるジョイを、それでも拓哉は涼しい表情で受け流しているのは、見た目以上に拓哉が大人だということを表しているのだろう。


ジョイは同じファミリアだと知らされて、すっかり緊張を解いていた。

この人なら、自分の言い分も聞いてくれるかも? なんてことまで考えてしまう。



「……ああ、きみがジョイなんだね。それで、中に用があるのかい? それとも誰かに会いに? それなら、今ここには僕しかいないけど」


実のところ、拓哉は秘密の11階に法久がいることは知らなかったが。

ただ、自らの主の命のもと、いつもの外出の用があると言って御自ら出て行った、榛原会長の変わりにここを守っていた。


当然部外者は入れるなと言われてはいる。

しかし、拓哉はジョイが部外者でないことを知っていた。


少し前に新しく『喜望』に入ったカナリと言う人物のファミリアが、目の前の少女であることに気づいていたからである。



「ボクのこと知ってるの?」

「それはもちろん。一度挨拶をしたいなって思ってたとこなんだよ」

「ふーん……」


一方、その事情を知らないカナリは、今の拓哉の一言も、ボクってそんなに有名なんだって思っていた。



「あ、あの。それでってわけでもないんだけど、ここってたくさんのカーヴの情報とかあるんでしょ? できたらちょこっとボクに見せてくれないかな。世界の危機を救うために、必要なことなんだよ。……お願い! ちょっとでいいからさっ」

「うん? 別にいいんじゃないかな。そのくらいなら」

「そうだよね、そりゃ駄目だよね……って、い、いいのっ?」

「いいも何も、良いことじゃない。確か……カーヴに関する資料は8、9、10階にあるはずだけど、下の方は竜脈の磁場がきついよ。気をつけてね」

「い、いいんだ」


ジョイはちょっと呆然としながらそう呟く。

それなら最初から堂々と入口から入ればよかったな、と。

それにしても、自分をこんな簡単に信じて通してくれるなんて……なんていい人なんだと、内心ジョイは再び感動していた。


『赤い月』に入った時のように警戒されると思っていたジョイは、拍子抜けしてしまうのも確かで。



「うーん、それはそれでドキドキ感が足りないかも」

「はは、しないですむ苦労なら、それはそれでいいじゃない」

「それもそっか。じゃあ、ちょっとお邪魔するね?」

「うん」


ジョイは、そんな拓哉の様子を見て、逆にガードマンの意味があんまりないんじゃあとも思つつも、気が変わったと言われても困るので、早速自動ドアを開けて中に入っていく。


と、そこでジョイが何気に拓哉の方を振り向くと、それを待っていたのかのように、拓哉が口を開いた。



「ひとつ……質問してもいいかな?」

「ん、なになに?」


ジョイが首をかしげると、ごくごく真面目な口調で拓哉は続ける。



「世界を救うって言ったよね? それがもし、君の主……大切な人の命と引き換えになされる場合、君はどっちを選択する? 主と……世界と」

「……」


それは、突拍子も無かったが、まるで神の啓示のように重々しく響いた。

一瞬だけ、この人ほんとにただのファミリアなんだろうかって、ジョイは思ってしまう。

それほどの、神秘さがその一言を発した拓哉にはあった。



「……その答えはボクが生まれた時から決まってるよ。世界を救う。だって、それが主の願いだもん」

「……」


今度はその即答に、拓哉が黙り込む番だった。

迷いが無いわけじゃないだろう。

現に、ジョイは微かに微笑みながらもその瞳に涙をにじませていた。


それはある意味最も悲しい光景なのかもしれない。

それをさせてしまった自分がひどく愚かしく、彼女は本当に強い人なんだろうなと、拓哉は思わずにはいらなかったが。


無理に笑顔を貼り付けたままで、じゃあ行くねと呟くジョイの言葉は。

閉まっていく自動扉に阻まれて最後まで聞くことはできなくて……。



本当は止めるべきだったのかもしれないな……と拓哉は思う。

知らない方がよかったと思うことが、この世には必ずある。


この先で、ジョイはそれを思い知るだろう。

本来ならば、いくら『喜望』に属している能力者のファミリアだとて、簡単にこのビル中に入れたりはしない。


ただ、これは会長の……榛原の指示だった。

拓哉はここにはいない、その榛原に向かってかどうかは分からないが……。



「僕にはできないだろうな。これが本当の意味で、僕がファミリアじゃないからだろうか」


と、ひとり呟く。


自分は偽者。

ファミリアをやっているだけ……。


もし、ジョイと同じ選択が自分に突きつけられた時。

拓哉は主を救う方を選ぶだろう。


世界などどうでもいい。

自分は主のために、自分のために、ファミリアになったのだから。



「そんな僕を、どう思うかな、みさとさんは……」


拓哉は自らの唯一無二の主を思い、瞳を閉じる。

こんな哀しい選択が、これから目前で幾度となく起こるかもしれないと言うことを。

いまだ知る者は、少なかった……。



              (第44話につづく)






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