第41話、七番目の伝説(二つ名)、その名は……
「でだ。お互いの足りない部分が分かったところで二人に質問だ。そもそもカーヴという力とはなんだと思う? 何によって生み出される力か、分かるか?」
それからさらに、知己のカーヴについての講義は続く。
「えっと」
「何によって……ね」
ちくまとカナリは突然そう言われ、すぐには答えを返せない。
カーヴ能力者にとって、それこそ呼吸をするのと同じように使役しているカーヴの力。
改めてそれがなんであるのか、二人はあまり考えたことはなかった。
「カーヴの力の源……人の歌う歌、じゃないかしら」
「歌かあ。そうだよね。ジョイの歌きれいだったもんなあ。僕だけじゃなくて、たくさんの人が癒されたって言っていたからそうだよね、きっと」
カナリが思うままにそう答えると、それに賛同するかのようにちくまが言葉を続ける。
しかし、それを聞いた知己は、わざと意地悪そうに鼻で笑った。
「ふーん。それでか。もしかしたら主のカナリよりも、みゃ……じゃなかった。
ジョイのほうがカーヴとはなんたるかってこと、知ってるのかもしれないなー」
「……どういうことよ」
憮然と聞き返すカナリの言葉を受けて、知己は少しだけ考え込むように空を見上げる。
「一言で言えばお前らの考えは間違ってるんだろう。それを効率よく理解してもらうにはどうすべきか」
見上げた空はいまだ本来の色を失っておらず、水色と茜色がちょうどいい具合にブレンドされていて。
それにつられるようにカナリもちくまも同じように空を見上げていると。
その瞬間、法久が報告から戻ってきたらしく。
今まで待機モードだった法久がひょっこりと起き上がりふわふわと浮いて知己たちに近付いてきた。
「お待たせでやんす。ただ今帰ったでやんすよー」
「おかえり。どうだった?」
知己はそのまま法久に視線を落とし、そう問いかける。
「そうでやんすね。ジョイちゃんと未来に関するカーヴについては引き続き調査中で……カナリちゃんの『喜望』入り云々は問題なく受理されたでやんす。まあ、暴走が治るまではおいらたちの班(チーム)と行動してもらうことになると思うでやんすが」
「ふむふむ、それで、真澄さんは? まだ見つかってないのか?」
カナリの件については予想の範疇だったらしく、何を言うでもなく次の話題へと移る知己。
心中では、これほど忙しくなければ二人の新歓でもやるのにな、などと考えつつ。
「それがでやんすね……見つかったみたいでやんすよ」
「え、そうなのかっ? そうか、良かった」
あっさりとそう答える法久に、知己は瞳を見開きほっと息をつく。
「どこで見つかったんだ? 本部が見つけたのか?」
「ええっと、場所は信更安庭学園でやんすよ。真澄さんたちの母校でやんすね。多分時間で言うとちょうど魔久班(チーム)が、パームの辰野稔と交戦していた頃だと思われるでやんすが……学園の敷地内の上空に突如出現したカーヴの気配を、現地の『喜望』構成員が確認したでやんす。いきなり現れたということで、十中八九おいらや母袋くんと同じ、空間移動の能力……阿蘇さんの【魔球乾坤】で、真澄さんをその場所に逃がしたんだろうと予想したでやんすけど……」
まくしたてるように、事のあらましを解説する法久。
それは、得た情報をもとにして法久が状況を推測したものにすぎなかったが、大まかではあっているだろう。
実際にその場にいたカナリはそう思い、そしてただ一つ間違っているであろうことを口にした。
「ここにやってきたのは、一人じゃなかったわ。雪の世界を創り上げた人と……たぶん、この人が私をあの花で操った人だと思うけど、白い仮面の人がいたの」
その時何が起こっていたのか。
言うことのきかない身体で、嫌でも見せ付けられたその光景を、カナリは悔しそうに言葉にする。
「もう一人、やっぱりいたんだな。仮面の人物か。そいつは知ってる奴……なわけないよな。だけど、裏を返せば仮面をして己たちに正体を隠さなきゃいけない相手ってことか」
そして知己はやはりパームの中に、自分たちの知りうる者がいるのかもしれないと、なんとなく考えていた。
「仮面の人物……それっておいらたちと顔見知りって可能性もあるってことでやんすか?」
「ああ。そいつは己たちの前には姿を現さなかった。その事実だけで考えても、
少なくともそいつは己や法久くんの能力を知っているのかもしれない」
そしておそらくはその人物こそがパームのトップなのかもしれないと。
知己はまだ不確定な要素は多くあれどはっきりとそう口にする。
仮面の人物をパームのトップと断定したことについては、確たる根拠はないに等しかったが。
ハートオブゴールドの黄金に縁取られたあの真紅の花を見たときに感じた溢れんばかりに純粋な昏い感情、それが知己に倒さなければならない相手だと、本能がそう告げていたのだ。
だが……。
今はその人物のことを考えるよりも先の優先事項があった。
「まあ、その事は後回しだな。話は戻るけど……阿蘇さんは自らの能力を使い、真澄さんだけを逃がしたってとこまではわかった。それで、真澄さんとは連絡取れたのか?」
「それがでやんすね。ちょっと連絡取れない所にいるようなのでやんすよ」
話題を戻し知己がそう言うと、器用に眉を寄せて法久は答える。
「連絡がとれない場所? どういうことだ?」
「真澄さんが飛ばされた場所、信更安庭学園の私有地なのでやんすよ。『喜望』の現場スタッフも、連絡を取りたいとそこの責任者に掛け合ってるようでやんすが、
どうも融通がきかないらしくて……」
「私有地ね。しかし、それならどうして真澄さんが無事だってわかった?」
知己はしつこいくらいに法久にそう問いかける
一刻も早く真澄が無事であることを、ただそれだけを知りたいというのもあるだろう。
それを聞いた法久は、ちょっと考えるような言い淀むような様子を見せた後、再び口を開いた。
「連絡は取れなかったけど、そこの責任者にその者……真澄さんは無事であると言われたそうでやんす。ただ、その私有地は許可無きもの何人たりとも入れるわけにはいかない、通信も不許可だとか。じゃあなんで真澄さんはそこにいられるかと言えば、何でも特別に許可されたと。……こんな感じでやんすかねえ」
「うーん」
知己は法久に事の顛末を聞かされ、考えこんでしまった。
無事だと言う向こうの言葉を鵜呑みにしていいものか悩む内容である。
第一何故、そこまでして外部を遮断してるかもよく分からない。
そんな風にしばらく知己は考えていて、そのうちにあることを思い出した。
「そこに私有地持ってる人って言えば信更安庭学園の創始者の一族だろ? 確かそこの理事長、鳥海(とりうみ)さんだったよな。何でそんな、外部を軒並み遮断するなんていう、いかにも怪しいですって宣言するような真似、するんだろう?」
そしてさらに知己がそう尋ねると、法久はちょっと驚いたような、知らないでやんすか? という顔をした。
「あ、それ僕知ってるよ。天使さまが住んでるんだよね? ジョイから聞きましたっ」
「……そう言えば、わたしもジョイに聞かせてもらったことがあるかも」
しばらく法久と知己のやりとりを黙って聞いていたちくまとカナリの二人は、知っている話題に当たったらしく、挙手して意見するように次々とそう答える。
「天使ぃ? しかも知らないの己だけっ?」
知己はそんな二人をほんのちょっぴり悔しそうに見回した後、改めてどういうことだと法久に教えを請うように向き直った。
「んと、まあ。おいらはそれこそ『赤い月』の歌姫、ジョイちゃんみたいに、ウワサって言うか都市伝説だと思ってたでやんすが。何でも信更安庭学園を創った鳥海家には、とても優れたカーヴ能力者を持つ子息……いや、ご息女がいたらしいのでやんす。その人が天使のような風貌だったのか、そういうカーヴ能力だったのかははっきりしないでやんすが、そのご両親はたいそうその子を可愛がっていて、あまりに可愛いものだから他人の目には触れさせないように大事に育てたそうでやんす。多分、大事な子供をカーヴ能力者同士の戦いに巻き込みたくなかったからって言うのもあると思うでやんすが……何しろそうは言ってもその私有地には一族の限られたものしか入れないらしくて、それが余計に噂の尾ひれを広げたんじゃないでやんすかねえ。果てには天使を匿っている、あるいは閉じ込めているんじゃないかって話になって……その人物を揶揄するかのようにつけられた名前が、まいそでの救世主(メシア)だったでやんすかね、確か」
舞台の真ん中どころか上がることすら許されない役立たずの救世主。
そのウワサ、伝説ならばそう言えば聞いたことがある。
知己はそう思い出し、ようやく事を把握したかのように一つ頷いた。
「なるほど。カーヴ能力者にまつわる7の伝説の一つか。案外いくつも間近に転がってるもんだな、正味な話」
「え、七つ? 他にもそういうのがあるんですかっ?」
知己がやけにしみじみとそう呟くと、ちくまは再び朝顔色の瞳を輝かせて勢いこんでそう聞いてくる。
どうやら聞きたくてたまらないらしい。
その様子を見た知己は、顰め面度合いを深めて考えこんだが、今教えなくてもそのうち分かることだろう。
そういう結論に達し、観念するようにゆっくりと口を開いた。
「しがない陰口っていうか、噂の範疇なんだけどな、誰が最初に言い出したのかは分からないけど、カーヴ能力者の中で、特にイロイロとその存在が目立ってる奴に通り名、二つ名がつくようになったんだ。一つ目は、さっき法久くんの言ったように、舞台の真ん中に立つ力を持ちながら天使であるゆえにその力をふるえない、まいそでの救世主(メシア)。二つ目は、大海に棲まう人魚のように人の魂喰いて大地をゆるがし、空間のひずみすら生み出す歌の使い手うたかたの少女、カナリ。三つ目は、伝承を語り継いで生きる西風のように闇に沈む月を癒し、目覚めさせるあかつきの歌姫(ディーバ)。……まあこれはジョイのことだな。んで、四つ目はサトリのように人の心に棲み付きその心を見透かし、自らの命をもて願いを叶えつづけるあかしあの少女、アサト。五つ目は、夢魔のように人を夢の世界に誘い、終わらない悠久に縛り付けると言われるまほろばの少女、レミ。で、最後に人の罪を断ずるために生まれた地獄の帝王のように闇をまとい、人の群れに虚ろうとりとまの魔王、『完なるもの(パーフェクト・クライム)』だったかな」
「……」
「あっ」
知己が一気にそう言い切ると、何も言わず俯き考え込むような仕種を見せるカナリ。
当の知己も、『パーフェクト・クライム』のことを口にしたせいか、何だか暗かった。
そこで初めてちくまは、自分があまり聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと気付き、はっとなる。
そのままどうしようかとちくまがうろたえていると、しかしすぐにその知己自身が雰囲気を振り払うように顔を上げた。
「ま、つってもほとんどが揶揄っていうか他人が勝手につけたもんだけどな。少なくともカナリと言う少女の認識は大いに間違っているみたいだし? その天使っていうのも、何か大げさに広まったんじゃないかな」
知己は俯いたままのカナリを見て、自分がカナリに悪口を言っているような気にもなってそうフォローを入れる。
しかし、カナリはゆるゆると首をふる。
まるで間違ってないとでも言いたげに。
「大げさじゃないと思う。わたしの事は分からないけど、天使はいると思うから」
「……」
ジョイに救われたちくまがここにいるように。
『パーフェクト・クライム』の無慈悲な一撃で哀しみを背負った、あるいは消えていったものが何人もいるように。
それは正しい事じゃないのかって、カナリはそう思っていて。
知己は言葉に詰まってしまう。
ますますどうしよう、こういう雰囲気は嫌だなあとちくまが眉根を寄せていると。
そこで今まで黙していた法久が待ってましたとばかりに口を開いた。
「そんなにみんなして気にすることないでやんすよ。人の噂なんて、気づけばまるっきり逆になったりするものでやんすからね、その人の行動次第で。……例えば、知己くんがわざと言い忘れた7番目の伝説みたいに」
そう言ってにやりと笑う法久。
そう言えば六つしか聞いてなかったなと、ちくまもカナリも不思議に思っていると、さらに法久が笑みの度合いを深めた。
「七つ目?あーそうだっけ。い、言い忘れてたかなー」
あからさまに分かってて言いませんでしたって態度の知己は、なんだかさっきの沈んだ空気はどこへやらって感じで。
「そりゃ最初はひどいものでやんした。音を壊すものだとか、カーヴスレイヤーだとか色々言われたものでやんすよ。でも今は音を救う存在、『喜望』の英雄。あおぞら少年音茂知己、でやんすからね~っ」
「って、言うな。言うなよーっ!」
そう言って、慌てて口止めしようと手を伸ばした知己だったが。
法久それを巧みにかわして飛び上がりあおぞら少年ーっ! と叫んでいる。
調子に乗って連呼しているところを見ると、相当はまっているようだった。
「あおぞら少年……少年? それってちょっと微妙」
「う、うっさいよっ。これでも高校生役できますよって言われたことあるんだからなっ!」
思わずぼそっとカナリが呟くと、知己は飛ぶのは卑怯だぞーっと地団駄を踏みつつ、全快で顔を紅潮させてよく分からない言葉を返している。
「……まあ、中身はそうかもしれないですけどね」
「うむむっ、それは否定できないけどっ」
「……っ」
知己はそんな上司もくそもないカナリの毒に唸っていたが。
そんなカナリはいつのまにか、うっすらと微笑んでいた。
何だ、そう言う風に笑えるんだってちくまは思い、やっぱり少しジョイと似てるなあと一人ごちる。
知己もそうだが、カナリが口を開いたり笑ったりすると随分印象が違った。
薄日のように僅かだったけど、それは柔らかな笑顔。
ずっとそうしていればいいのにと思うけれど、そもそもその表情を引き出したのは、法久の一言と知己自身だったことにちくまは気づかされる。
それはなんだか魔法のような、とてもすごいことだと感じていた。
だからその時、初めてちくまはこう思ったのだ。
―――自分も、たくさんの人の悲しみや辛さみたいなものを取り除ける、笑顔をもらえる人になりたいと。
だが、その時のちくまには。
その想いこそが生涯のものになろうとは、まるで考えもしないことだっただろう……。
(第42話につづく)
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