第40話、司会者になれたらいつか言ってみたかった台詞


―――そんなこんなで、場面は現在に戻る。


前述の通り法久は報告のために待機モード(カナリやちくまには抜け殻のようにみえる)になっており、そんな法久が戻ってくるまでの間、知己の指導のもと、暴走を抑え治すための特訓が行われていた……。



「二人で力を合わすでもいい。己の身を包むこのカーヴを蹴散らしてみな。何、見た目は派手だがたいしたことはないんだ。能力値で言うならAクラス程度だしな。己はここまで二度パームのやつらと戦ってるが、実力は最低でもAAクラスだろう。奴らとまともにやり合うには、この程度が破れなきゃお話しにならない。お前らは、AAAクラスの使い手なんだからな」


「無茶言いますね」


当然出来るよなって態度で言葉を紡ぐ知己に、カナリは思わずそうぼやいてしまった。

知己の能力自体がよく分からないというのもあるが、その言葉は即ち二人に全力で来いと言いたいのだろう。

暴走してしまうくらいに限界まで能力を使えと。


「うぅ、知己さーん、だから絶対暴走するって……」

「いいんだよ、己がいるんだからそれで。まず、カーヴの暴走に慣れるんだ。暴走状態の時に、自分をしっかりと保てるような術を身をもって知るんだ。最終的にはその力をうまく飼いならし使いこなしてもらうわけだしな。本当なら、己がその見本を見せてやりたいところなんだが、特訓で二人がシンカー落ちなんかになったら笑えないしな。何とか自分らでコツを掴んでくれ」


ちくまの言葉に少しおどけて知己はそう言うが、それは大げさでもなんでもないんだろう。

カナリはまだ実際に知己の戦いを見たことは無かったが、何となくそう確信していた。


実際のところ、知己の本気の力を目の当たりにするためには。

それこそ自らのカーヴ能力者としての命を引き換えにでもしない限り叶わないだろう。

それはすなわち、知己に敵だと認識されることで。

知己にとって、同時にそれは最大のネックでもあった。



例えば、『オーバードライブ・リオ』のようなウィニングショットを決める時。

周りは全て倒してもいい敵でなくてはならない。

知己の力は強大すぎて、敵味方の区別がつけられないからだ。


そんなわけで……1対多数なら、それこそ願ったり叶ったりなのだが。

チーム戦になると知己はほとんど力を発揮できない。


だからこそ、その力を使うべき時だけに的確にコントロールし、いつもはその力をセーブする。

暴走させないことは知己自身の第一命題で。

カナリやちくまにもそれを身につけて欲しいと、知己は考えていた。


二人の能力は、知己の想像を遥かに超えるだろう可能性と、危険性を秘めているから……。



「でも、力を合わせるってどうやるのかな?」


窺うように、ちくまはカナリに問いかける。


「……とりあえず、言う通りわたしたちの一番強い技をぶつければいいんじゃない? 二人同時に」


するとカナリは、その大きな黒曜石の瞳をすっと細め、深い息を吐くように笑みを宿した。

心の奥底では知己が言葉と態度通りの強者だと理解してはいたが、元々カナリは負けず嫌いで激情家なのだ。

弱気だの、本気は出さないだのと言われて、単純に気分が良くなかった。


いい気になるのも今のうちなんだから。

内心そう思いながらのカナリの一言である。



「わかったっ、一番強いのだねっ」


対するちくまは、どこまでもひたすらに爽やかだった。

カナリとは違い、本気ではないにしろ知己の力を見ていたちくまは、すでにたとえ自分が全力で攻撃しても知己なら絶対平気だと思っていたからだろう。



「よっしゃ、どんとこいや!」


それを聞いた知己仁王立ちするかのように足を広げ、両手を待機中の応援団長のように後ろに回す。

ニヤリと口の端だけに笑みを浮かべるその表情は、まさに挑発そのものだった。


『―――この暗闇を切り裂くようにっ……』

「わわっ……『舞い上がれ空高く、紅い炎のようにっ……』」


案の定その挑発にむっときたカナリは、怒りマークすら額ににじませて能力の発動を開始する。

そのフライングに慌てたのはちくまで、焦りながら追いかける輪唱のように同じく能力の発動を開始した。




(ふーむ、なるほど)


それを見守りながら、知己は心のうちでひとりごちた。

互いに希少価値の高いレアロタイプの能力でありながら、やはりとてもよく似ている。


ちくまは、AAAクラスの力に目覚めたのはごく最近だ。

それから察するに、目覚めたきっかけはカナリのファミリアであるジョイにあるのだろう。

だとすれば、似ているのも頷けるなと知己はそう考えていて。


『……光の筋よ疾れっ!!』

『……ラヴィズ・ファイヤッ!!』


二人のカーヴ能力が発動し終えてすぐに、知己は互いに欠けているもの。

カーヴを扱うにあたって何が足りないのかを理解した。


だが……。


「あれっ? まさかいきなし初見でシンクロする気かっ!?」


知己は思わずそう叫び、ちょっと慌てて構えを取った。

カーヴ能力には、知己と法久の『チェイジング・リヴァレー』のように二つの異なる力が同調することにより、大きな相乗効果もたらしたり、異なる能力に変化することがある。

知己はそれを単純にシンクロ、あるいはシンフォニックカーヴと呼んでいたが。


文字通り初対面で出会ったばかりの二人が、しかも全くコンビネーションも連携も取れていない状態でそれが出来るとは夢にも思わなかったのだ。


既にカナリの大地を走るサンライトイエローの光の奔流と、ちくまの高く鋭い呼気を発する炎の堕天使は、知己の方に向かいながら、互いに吸い寄せられるかのように一つになっていって……。



バチイィンッ!


二つの力が、完全に一つになるその瞬間。

いきなり斥力のようなものが働いたかのように弾かれる。

それが、お互いが近付きすぎて正面衝突したとわかった頃には。

二つの力は余韻も声も残さず、そのまま知己の目前で消滅してしまった……。




「あぁーっ!?」


すぐに悲しげな声を上げたのはちくま。


「な、何をしたのっ!?」


一瞬前に慌てていた知己を見て、多分にしてやったりと思っていたカナリは驚きを隠せない。


「何って、何もしてないよ己は。己に届く前に二つの能力が喧嘩して打ち消しあったみたいだな。互いに完全消滅をしたところを見ると、力は互角ってところか」



そして、あっさりとそう言ってのける知己に、カナリは言葉を失ってしまった。

知己はこうなるのが分かっていて全力でと言ったわけじゃないだろう。

それはなんだか妙に悔しくて。


「て、天使さまがあ」

「……ごめんなさい」


カナリを見て朝顔色の瞳に涙すら浮かべてそう言ってくるちくまに。

カナリはいたたまれなさとともにそう呟くしかなかった……。




                 ※




「ふうっ……お前たちはダメだ駄目だーっ!」


そんな二人のやりとりをとりあえず生暖かく見守っていた知己は。

いつか言ってみたかったと言わんばかりにそんな叫び声をあげる。

ホントに駄目だと言っているのではなく、単に会話の前置きみたいなものなのだが。



「うぅー。すみませんっ」

「な、何よっ。えらそうに」


二人はそれをそのまま受け取ったらしい。

うなだれるちくまと思わず言い返すカナリに、一応上司みたいなものだからえらいんだけどなーとか、このネタは二人には通じなかったか、人差しマジックハンドがないとダメかといろいろ考えつつ。知己は改めて口を開いた。



「まあ、おかげで色々なことが分かったぞ。互いに足りない部分もな」

「足りない部分?」


こっちから見ていたら、一目瞭然だったと言わんばかりの知己に、それは何だろうと思いつつも、改めてカナリはこれが自分たちの、これから戦っていくための訓練だったってことに気づかされる。


何もかも規格外で、一見ふざけているようにしか見えない知己だったから失念していた、とは言えるわけもなく。



「まず、精神面で言えば、ちくまはもっと自信を持ったほうがいいな。これでいいのかという一瞬の躊躇が、戦いでは敗北につながる。カナリはもっと冷静でいろ。熱くなるのは悪くないが、安い挑発に乗りすぎだ」

「は、はい~っ」

「……」


人の性格までとやかく言うのかと、カナリはちょっと思ったが。

実際その通りなので、ぐうの音も出ない。

言葉自体はそうでもないが、結構きついことを言うなと。



「次に、それぞれのカーヴ能力の使い方についてだけど……まずカナリ、自らのヴァリエーションを把握しているのはいいが、そもそもカーヴの力はその名前……タイトルの有無で大きく変わってくる。例えばあの光の筋、確か『ホワイトナイツ・アンブライト』だったか? そのタイトルをちくまのように宣告するのが、カーヴのコントロールの第一歩だ」

「……そうなの? わたし、初めて聞いた」



カナリの能力【歌唱具現】。

その能力のより発現する効果の数は、それこそ歌の数ほど存在する。

多くの力が使えることはカナリにも知っていたが、流石にそれらを全て覚えられなかったのだ。



「そうなのって、知らなかったのかよ」

「うん、だってタイトルなんて覚えてなかったから」


悪い? とでも言いたげなカナリに、こいつ密かに我が強いなと知己は思いつつ、溜息をつく。


まあ、普通の能力者とは違い、使える力が多いカナリにとっては仕方のないことなのかもしれない。

知己だってその名前は法久の能力を解して知ったのだから。



「ま、次から覚えてくれ。法久くんに聞けばわかるはずだから」

「……分かりました」


しぶしぶながらもそう頷くカナリ。

そうは言ってもまだ仲間になりたてだし、素直に自分の言う言葉を受け入れられないこともあるだろう。

そのうち慣れるだろうと知己はひとり自己完結し、今度はちくまに向き直る。



「で、ちくまはその逆だ。カナリが言うところのタイトルをちゃんと覚えて使ってるところまではいいが、そもそもお前は自分のヴァリエーション能力そのもののことを理解していない。ちくまの【歌符再現】は、世にも珍しいことにカナリの【歌唱具現】と似通った能力みたいなんだが、それをちくまは自分自身で制限してしまっているように見える。自分にはネイティアの、炎の力しか使えないってね。ま、何が何でも使えればいいってものでもないから、無理に他のを覚えることもないが……自分の力に可能性があるということを、知っておくだけでも違うだろう」



知己が初めてちくまに会い、その能力を見たときに何となく気になっていたのはその事だった。


それが今、ほぼ同じ性能を持つカナリのカーヴ能力と見比べてみてはっきりしたのだ。


それが示すのはつまり、法久のデータに登録されている【歌符再現】のヴァリエーションが間違っていた=ちくまが自分の力を勘違いして認識していた、ということになる。



「そっか、僕の能力炎の力じゃなかったんですねっ。何でだろう? 今まで気づきもしなかった」

「そうだな、相性が良かったんだろう。刷り込みみたいなもんだ。基本的にカーヴ能力者は自分がどんな力を持っていて、どう使うかは自分が知るしかない。最初にその炎の能力を使って使い勝手がよければ、自分のその力は炎の力だって当然思うだろうしな。ま、こんな贅沢は、いくつもの力が使えるちくまやカナリみたいなやつだけだろうが」


信じられないといった風に呟くちくまに、知己は懇切丁寧にその理由を説明する。

何故ならば、自らの能力について知らないこと分からないことこそがカーヴの暴走の理由の最たるものの一つだからだ。



「なるほどー。そう考えると、法久さんの能力って凄いんですねえ」

「ああ? うん、そうだな」


自分で知るしかない力を他人が知ることのできる、そして教えられることの出来る能力。


そんな法久の能力の価値にちくまは気づいたのだろう。

それは知己も身に沁みて感じていたので、こいつ本当に説明したこと分かったのかなとか思いつつも。


抜け殻のように打ち捨てられている法久を見ながら、知己もそれに頷くのだった……。



             (第41話につづく)









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