第39話、ベストフレンドに豹変


「どうした?法久くんが気になるのか?」

 

ふいに知己にそう言われ、カナリははっとなる。


「えっと。その、法久さんって珍しいファミリアだなって思って」


何となく出たカナリの呟きに、知己と法久は顔を見合わせた。

その、何か言うべきかどうか迷っている風の二人に、カナリは何かあるのかなと一瞬思ったが。

しかしすぐに知己が向き直り口を開く。



「珍しいっていうか、法久くんは正確にはファミリアじゃないしな。自律思考の出来るロボットって考えたほうがいいかも」

「おいらの場合、ファミリアタイプっていうよりも、ウェポンタイプになるでやんすかねえ? 何と言っても機動戦士でやんすし」

「……」


何と言っていいかわからず黙り込むしかないカナリ。

てっきり秘密にするものだと思っていたのに、二人が何でもないことのようにあっさりと答えたこともあるだろう。


カナリはそれを、自分に対しての信用だとは当然思わなかった。

会ったばかりの得体の知れない自分にも、簡単に話せてしまう程度のものだったのかと、拍子抜けしていて。

でも、そんなカナリの考えも、次の知己の一言ですぐに霧散する。



「そういや、ファミリアで思い出したけど、カナリにちょっと聞きたいことがあったんだ。お前が自分のファミリアを使って『喜望』の本社ビルに送りつけてきたあの絵……あれはなんだったんだ?」

「何だ、ってどういうこと? ジョイが説明したんじゃないの?」


言われている意味がよく分からなくて、互いに疑問符を浮かべて顔を見合わせていると。

その時、そんな会話に誰よりも激烈に反応したのはちくまだった。



「ジョイッ! カナリさんっ、ジョイのこと知ってるのっ!?」

「? それはもちろん知ってるけど……」


その、突然火がついたかのリアクションに驚きつつも、カナリはそう答える。

ジョイはカナリのファミリアであり、一番の友人であり、そしてもう一人の自分でもあった。

それは、叶わなかったカナリ自身の理想の姿。

  

カナリのカーヴ能力【歌唱具現】はネイティア、ファミリア、ウェポン、フィールド、全ての現象を、紡がれる歌により発生させるものだが。

今現在カナリはそのファミリアに類するものを使うことができない。

何故ならば、その力を全てジョイにつぎ込んでいるからである。


基本的にファミリアは、主の命を叶えるまで消えることはないが、その使い手が大きなダメージを受けたり、落ちてしまうとその限りではない。


だが、ジョイはそれらとは大きく異なっていた。

例え主であるカナリが死ぬことになろうとも、その姿を失うことはない。

カナリは、ジョイにそれだけの力と想いを込めたのだ。


そんなジョイのことを、同じく大事そうに親しそうに呼ぶちくまのことがひどく気にかかった。

ジョイのことをただのファミリアではなく、一個人……大切な友達として見ていたカナリは、彼女を自分に縛り付けたくなくて自由にさせていたから、その時にこのちくまという人物に出会ったのかもしれないが……。



「どこっ? ジョイはどこにいるのっ!?」

「ど、どこって。それはむしろこっちが聞きたいんだけどね」


いきり立つように詰め寄ってくるちくま戸惑いながら、改めてカナリは知己たちのほうを見やる。

カナリはジョイに、本来の使命とは別に確実に迫っている世界の危機を知らせるため、『喜望』の本拠地に向かわせたはずだった。


あの絵は、その証拠とした持たせたものだし、ジョイがそれを説明することで『喜望』にも本格的に動いてもらうつもりだったのだ。


なのに、どうも色々と辻褄が合わない。

知己たちにはうまく伝わってないどころかたちの悪い嫌がらせ、あるいはそれ以上のものに受け取られているフシがある。


カナリは困り果てその答えを請うように知己を見やると、それにつられてちくまも知己に注目した。



「知己さんっ! 知己さんはジョイの居場所知ってるんですかっ? 教えてください、知己さんっ!」

「まてまてまてまてっ、話しがごちゃごちゃしてよく分からんねえって! ……とにかく、互いの情報を整理しよう。法久くんいつものようにまとめ役はよろしくな」

「了承、でやんすよっ。こんがらがった部分を整理してみるでやんす」



どうやら、ジョイのことでどうも話が絡み合っているようだった。

カナリにとっては使命のことも含め、おいそれと話せないこともあって戸惑ったが、それを見透かすように知己が「話せることだけ話せばいい」と言ってくれたので……カナリ自身、自分で信じられないくらいほどの言葉が口から出て行くのを自覚できた。


ひょっとしたら、ジョイ以外に会話などするのは記憶を失ってから初めてのことで。

どこか嬉しかった、というのもあるだろう。





「んと、話をまとめると、カナリちゃんのファミリアであるジョイちゃんは、ほとんど人間の女の子と変わらない姿と、黄金の毛並みを持つ猫の姿を持つことのできるファミリアで。そんな彼女は、ちくまくんが最近までいた『赤い月』に度々やってきていた。榛原会長の言う所の伝説の歌姫であり、ちくまくんはそんな彼女を探している。一方、当のジョイちゃんは主であるカナリちゃんの命を受けていた。それは、曰く……世界の危機が近付いてきていることの証拠を持って、『喜望』の人たち、つまりおいらたちに知らせることだった。その証拠、カナリちゃんの『もう一人の自分』が持っていた絵でやんすが……それにより分かったことは、その本人には『もう一人の自分』の持ち物を得ることができるということと、カナリちゃん自身がその絵(今いる場所を背景に青空と壊れた虹の絵)を書いた記憶がないことから、知己くんが言っていた「『もう一人の自分』は、その人の未来を映したもの」ということがおそらくは正しい、ということでやんすね」



法久はそこで一旦言葉を切り、そこまでを確認するかのように皆を見回す。

そして、特に食い違いがないことを確認すると、さらに言葉を続けた。



「さて、そんなジョイちゃんは『喜望』の本社ビルにやってきたわけでやんすが……そこでいくつか問題が起こったのでやんす。まずそのタイミングが、パームからの宣告と重なってしまったこと。そして、その絵について…世界の危機について、おいらたちにジョイちゃんが直接説明するつもりだったのに、それができなくなってしまった。……何故ならば、ジョイちゃんは知己くんの力により、能力が制限されてしまったからでやんす。おかしいなとは思ったでやんすよ。会長の部屋に入った時、おいらは確かに女の子の気配を感じたのに、それが突然消えてしまったんでやんすからね。でも、その時はその事を考えている余裕はなかったのでやんす。何より、パニックになったのはジョイちゃん自身で……結果、その絵だけを残し、何も言えないままその場を離脱。それによりひと悶着? あったこともあり、おいらたちはカナリちゃんが、この絵が示すように、まるでパーフェクトクライムのように、この世界をどうにかしようとしてるんじゃないかって勘違いしてしまったのでやんす。でもってそれを、パームの奴らにいいように利用されそうになったでやんすが、何とかおいらたちがそれを見破って今に至る……と」



フタを開けてみればなんてことはない。

互いに考えていることの根本は同じだったのに、どこかがずれてしまっていたのだ。

それにすぐ気が付くことができたのは幸いだったが。



「そっかぁ、やっぱりカナリさん悪い人じゃなかったんだ。そうだよね、ジョイのご主人さまだったんだから。それで、今ジョイは結局どこにいるのかなあ?」

「それが、例のひと悶着……知己くんに一撃喰らわせて、そのままどこかに行っちゃったのでやんすよ~」

「ああ、あれはよい一撃だった……」


そして再びそう訊いてくるちくまに。

法久はすまなそうに、知己はどこか陶然とした様子で呟く。


「カナリさんは、分からない?」

「……どうして、あなたはそんなにあの子に会いたいの?」

「どうして? うん、えっと、さっきも言ったかもしれないけど、ジョイは僕の命の恩人で僕にこの世界を教えてくれた人だから、会ってお礼がしたいんだ」


だから会いたいんだと、どこまでも純粋にまっすぐにそう言ってくるちくま。

ジョイの居場所は分からないが、そもそもその使命を与えたのはカナリ自身だ。

ジョイが今何をしているだろうかは分かる。

それを言うべきかどうか、カナリは悩んだ。



「ごちゃごちゃ考えてんなあ。会いたいのは好きだからだろ? ラブリーベイベーだからだろ? 己にはよく分かるぞ。ぶっちゃけ己も会いたいし」


引き続きなんだか、危ない様相で突っ込みを入れる知己。

それに法久は呆れ顔で、ちくまとカナリはちょっと引き気味に見やっていると。

しかしすぐに、知己はいつもの鋭角的な表情に戻り、カナリのほうに向き直った。



「カナリは、このみゃ……じゃなかった、ジョイに何か命を与えているんだろう? 己が思うに、その命はここから動けなかったお前が、世界の危機を救うための何かだとにらんでるんだが、どうだ?」

「……」


何だか見透かされている気がした。

目的は同じなのだし話すべきなのでは、という気分にもなってくる。



「今、どこにいるかは分からないけど、ジョイは扉を探してるの。未来へと渡るための扉を……」

「未来に渡るための扉? 何だかタイムトラベラーでやんすねぇ。それで何を?」


自らの発した言葉に対しまるで疑うこともなく、そんな言葉を返す法久。

もともとそう言うSFの香りがするものは信じて止まないから(その点については知己も同じ)であるが。

そんなことは知る由もないカナリは、少しだけそれに嬉しくなって言葉を続ける。



「例えば未来に渡れば『パーフェクト・クライム』への対処法も、この世界の危機を救う方法も分かるかもしれないって。これが今わたしが覚えてる、昔の唯一の記憶……使命なの」

「……っ」


今度は知己が思わず息を飲んだ。

知己が本物の法久の頼んだこと、未来のためにこの戦いの顛末を記録してもらうこと。

未来へと渡る扉などというものが本当にあるのかどうかは分からなかったが。

それを役立てようとしてくれる人が、自分たち以外にいたのだと気づいたからだ。



「そっか、わかんないのか……でも、まあいいよね。カナリさんに会えたし。ジョイもそのうちにカナリさんのところに帰ってくるかもしれないもんね」


分からない、と言われて少し落ち込んでいたちくまだったが。

やがてそんな風に自己完結して笑顔を見せる。

そして、それを見ていた知己は軽く首を振った。


違う、己たち以外じゃないと。

彼女は、カナリと自分たちの目的は同じじゃないかと。



「法久くん。ジョイのこと、他のメンバーにも一応確認を入れておいてくれないか? 望みは薄いが、他のメンバーが接触した可能性もあるしさ。あと、その未来の扉ってやつも当たっといてくれ。そういうカーヴ能力と言う意味でなら見つかる可能性はゼロじゃないだろうからな」

「おっけー、でやんすっ」

「ちょっ、ちょっと待って? 何であなたたちがそんなことっ」


自分の使命をカナリが話したのは、その義務があると思ったからだ。

会ったばかりの知己たちに、それを手伝ってくれと言った覚えはなかった。

戸惑いを隠せないカナリとは裏腹に、知己は何でもないことであるかのようにそれに答える。



「何でって、世界を救うっていう、真っ正直に言葉にしたらこっ恥ずかしいことだけど、それを実行しようとしてるのは己らと同じなんだし、協力してもいいかなって思ってさ」


すると、何かをひらめいたとでもいうように、ちくまが言葉を挟む。



「それって、つまり新しい仲間ってことですよねっ?」

「ま、そうとも言うわな。もともとそのつもりもあったわけだしな」

「……っ」


カナリは、そんな二人の会話にやはり言葉を失った。

カナリはひどく混乱していたのだ。

会ったばかりの、記憶もない得体の知れない自分に、どうしてそんなことが言えるのかと。

その仲間を、ほんのついさっき傷つけた張本人だというのに、何でそんな仲間だとか簡単に口に出来るのかと。



「どうしてっ。なんでそんなこと言えるのよっ! こんなっ、会ったばかりのわたしにっ、あなたたちの仲間を傷つけたのにっ!!」


それだけじゃない、カナリが自分の記憶がない理由。

はっきりとは分からないが、きっとそれ以上にひどいことをして、それを思い出すのを自分自身が拒否しているのだと、カナリはそう思っていた。


そんな自分に、何故そんな事を言うのか。

カナリには意味が分からなかったし理由を知りたかった。



すると、知己は改めてそんなカナリの心のうちを覗き込むように、僅かに口の端に笑みを浮かべる。


「カーヴの暴走という呪縛から解放されたかったんじゃなかったのか? 助けてくれないと怒ったかと思えば、仲間になるのが分からないときてる。矛盾していると思うけどな」

「……それは」


言われてみればそうだと、カナリは言葉もない。

人を傷つけた。そんな明確な理由があるにせよ、本当はこの孤独から逃れたいのに強がっているかのような、そんな気さえして、カナリは何だか恥ずかしくなる。



「それに言ったろ? もともとそのつもりだったって。阿蘇さんたちは最初、お前にパームとの関連がないかどうか、なければ協力できないかって交渉する予定だったんだ。それが、あの絵のアクシデントや、パームの襲撃でうやむやになったけど。……いや、だからこそ敢えてそんな阿蘇さんたちのために己たちに手を貸してくれればいいなって思ってる。何で仲間にって、お前が疑問を持った=罪悪感があるんなら尚更だな」


そう言う知己の口調は、さほど重いものでもなかったが。

それはすなわち、自らがしたことへの責任を取れと言う意味も含まれていた。


同じ目的を持っているからこそ、その意志を、役割を引き継ぐことで償えばいいと知己は言っているのだ。


「でも。それは……」


本当に信頼のおける仲間足りえるのか、などとカナリは思う。

自分は恨まれても仕方のないことをしてしまったのにとも。

加えて、自分の過去のことを知らないように、カナリは知己たちのことを何も知らない。

仲間になろうと、協力しようと言ってくれる彼らをまだ信じきれないカナリがいて。



「まだ、納得できないか? 己としてはもう、カナリは仲間だと思えるし信用もしてるんだけど」

「な、なんでっ」


お世辞やこの場を取り繕うものにしては、白々しすぎるその言葉。

なのに知己の口調は本気で、嘘をついているようにも見えない。

まるで、確信しているかのような知己の物言いに、カナリは思わずかわいた笑いをもらしてしまった。


「じゃあ、念のために聞くが。ジョイは何をモチーフに、モデルにして生み出した?」


それは一見、話題が飛んだみたいにカナリには感じられた。

そもそもファミリアとは、どのように創られ生み出されるのか。

その定義は定まっているようで定まっていない。


例えば、カーヴの力を原動力としたからくり人形。

血で召喚する幻獣。

実際にいる人や、動物をファミリアとして操ったり、守護霊などをファミリアとして使役するものもいる。


カナリの場合は、もともとは普通の飼い猫だったジョイに、思い描いたイメージ(歌)ごと自らのカーヴの力を与えたものだが……。


そんな知己の言葉の意味を理解するうちに、カナリは俯いてしまった。

この人は、どうしてそんな事を聞くのだろうと?

答えられなくはないが、あまりのも場違いな話題に、恥ずかしさすら覚えてしまう。



「それはその、えっと。ほんとは最初、ジョイは喋れないただの猫だったんだけど、話し相手が欲しいなって思って。それで、わたしテレビの……みゃんぴょうと話せたらなって、その」



カナリはぼそぼそと、まるで好きな人に告白でもするかのようにそう呟く。

おぉ、やっぱり可愛いでやんす、なんて思う法久だったが。

それよりもそのセリフにあからさまに反応したのは知己だった。

まさしく、何かにひらめいたかのような、あるいは新たな特殊能力でも身につけたかのようにキュピーン! と瞳を輝かせる。


「イエェスッ、アイドゥーーッ! そうだろそうだろっ! やっぱりそうかっ。おい、法久くんっ、やっぱりあれはみゃんぴょうだった! そもそもこの己が見間違えるはずないんだって!!」

「予測していたこととは言え、いきなり末期症状でやんすか」


呆れる法久をよそに、そんな知己のドキュウな変化にカナリもちくまもついていくことができない。

ただただ呆然とするしかなかった。

そして、上り調子で留まることを知らなくなった知己は、さらに言葉を続ける。



「さらにっ、自らの分身とも言えるファミリアがみゃんぴょうであるほどにみゃんぴょう好きなお前はっ! 己とも既にベストフレンドなのは大自然の理っ! ……まあ、つまりはそう言うことだ。己はお前のことを心の友と書いてマブダチであると認定した。みゃんぴょう好き&可愛い娘には悪人はいないし(いても己が改心させる)しな。理解したか?」

「ぅ……はい」


カナリはその勢いに圧されるように思わずそう頷いてしまう。

はっきり言ってなんだか怖かった。


それは、今まで体験したことのない怖さだった。

ひょっとして、自分は何か大きな間違いを犯してしまったのかも。

そんな気にもなる。


ただとにかく、今の知己の言葉にはたとえどんな内容でも、納得せざるを得ない変なプレッシャーがあったのだ。

人は、ものを……この場合キャラクターだが、これほどまでに好きになれるのかとカナリは逆に感心してしまってもいて。


一方で知己たちの仲間になること、心の奥底では抵抗がないことにカナリは気づいてしまった。

知己は、そんな心の奥底にあるものまで汲み取ったかのように、カナリの返事に満足そうな笑みをこぼす。



「よし、それじゃあカナリは己たちの班(チーム)に入ってくれ。ちょうど開いていた4人目の席にな。法久くんその旨を会長に伝えといてくれ。それから、阿海君の探索の進展についてもだ」

「了解でやんすよ~」

「……」


かと思えば何の予備動作もなく仕事の顔になった知己が、法久にそんな指示を出す。

一体何だろうこの人は? なんてカナリはそう考えずにはいられなかった。

記憶がなくてもこんな濃い人物には会ったことがないはずだと断言できる。

まるで、全くの別人が交互に入れ替わっているようにも見えなくもないし。


ただ。

この人の側にいれば自分の知らない何かや、思っても見ない体験が出来る気がして。


その中に自分がこうして生きていられる理由を見つけられるんじゃないのか。

そんな気が柄にもなく、カナリの心に生まれるのだった……。



            (第40話につづく)

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