第38話、勘違いからのくたくた解説


『パーム』の一員である、辰野稔との戦いに勝利したその後。


【心蝕黄花】、別名ハートオブゴールドによって心奪われていたカナリを解放した知己は、そのとばっちりを受けて大破した屋敷を斜め見つつ、ただただ誤魔化し笑いを浮かべていた。

   

ふと異世から現実に還ったカナリは、何だか楽しそうに今まで住んでいた場所を破壊している(ように見えた)知己を見て、さすがにそりゃあんまりだと思わずにはいられない。

  

『喜望』の管轄下であるこの屋敷にいながら、そこにやって来た『喜望』の構成員を傷つけ、尚且つ結果的には落とさせる。


操られていたとはいえ、その責は軽くはないだろう。

パームの者のように、自分もカーヴ能力者としての生を奪われるのだろうと、半ば覚悟はしていて。


今まで自分がやってきたこと、カナリは全てを覚えており、それについて裁かれるべき身であることは重々承知していたが。

その上住処まで奪われるとは、思ってもみなかった……と言った所だろう。


さらに追い打ちを掛けるかのように、そんなカナリに向かって知己は言う。


「そんな泣きそうな顔をするなよ。ちょっと力加減間違えたんだよ、ごめんって。

でもさ、ここはもう使わなくていいんだし、ちゃんと片すから大目に見ろよな」

「……」


ここはもう使わない。

知己は笑ってそう言ったが、カナリには笑えなかった。


確かに、この屋敷は広く孤独な鳥篭のようなもので、決して居続けたい場所ではなかったが。

それより何よりも、使わないということはつまり……。



「そう……そういうこと。わたしはカーヴ能力者としてだけじゃなく、人としても生きられないってことなのね」


正直、予想していなくはなかったが、カナリにはそれについての実感はあまりなかった。


失われた記憶から溢れ出た残滓から、死ぬことが怖いということは分かる。

ただ、逆にカナリ自身、生に執着してもいなかったからだ。


自分の果たすべき使命は、もう既にジョイに託し終わっているし、生きる力となる大切なものもカナリは既に失ってしまっていた。


大切なものを失ったってことは覚えているのに、それが何だったのか思い出せないのは皮肉かもしれないが……。

  



と、そんな風にカナリは一人、自分の中で自らの気持ちをまとめていると。

しかしすぐに知己の呆けたような声が返ってきた。



「あ?、何だって? 人として生きられない……誰が?」

「それをわたしに言わせるの? まあ、いいわ。わたしを殺すんでしょう? それだけのことはしたんだし、今更抵抗はしないわ。言わせてもらうならば、こんな所に閉じ込めておくんじゃなくて、もっと早くにやっておくべきだったと思うけどね」

「こ、殺すって。見かけによらず物騒だなお前。ひょっとして、まだハートオブゴールドにあてられてるんじゃないだろうな?」



ちょっとおののいたように、知己は言葉を漏らす。

すると、何故だか浮かんで旋回していた法久が、思い出したかのようにそれに続いた。


「そう言えばあの花に一度魅入られたものは、なかなかその呪縛から抜け出せないって聞いたことがあるでやんす」

「え、そうなの?」


思わず聞き返したのは、よく分からないながらも震え上がるちくまだった。

カナリを操っていたカーヴ能力の説明を今さっき聞いたばかりというのもあるだろう。

手にすることで、全てを手に入れることが出来ると言われる究極の花、ハートオブゴールド。

全ての中にはその者の死というものも含まれており、その花は必ず手にしたものの命を奪うという。


【心蝕黄花】は、その恐ろしい花を模して作られた能力だった。

その花が本当に実在するかどうかは確認されてないが。

知己たちはカナリの言葉を聞き、まだ能力の影響が抜けきっていなくて、そんな言葉を口にしたと思っていたのだ。

  

かく言うカナリは、かみ合わない会話にようやく気づき、戸惑っていた。

知己たちの話を聞いていると、まるでカナリ自身が死にたがっているようにも聴こえる。

あながち間違いでもないのかもしれないが、それを裁くのは目の前の知己たちではないのかと。


「わたしは。よく分からないけど……でもっ、あなたたちの仲間をっ」

「殺した……この場合能力者として落とされたでやんすが、仲間がやられたからやり返せってことでやんすか? というか、おいらたちそんな冷徹な人間に見えるでやんすか? ちょっとショックでやんす」


搾り出すように、その意思はなかったが、結果起こしてしまったことを呟くカナリ。

対して法久は起用にも眉を寄せ、そんな答えを返した。



「れいてつ? そう言えば法久さん、雪の中にいたから冷たいよね」

「れいてつ違いだっつーの! って、そんなちくまのボケに付き合ってる場合じゃねーな。己の言い方が悪かったらしい。カナリ、お前はこれから己たちに同行してもらう。だから、この場所は引き払えって言いたかったんだ。いろいろ聞きたいこともあるし、お前がこれ以上、ここでパームに狙われるのを待つ意味もない。寝床なら、うちの本社を使えばいいしな。……と言うか、ここまでは既に決定事項だ。お前に拒否権はないって思ってくれ」


ちゃっかりちくまに突っ込んだ後、知己は一気にそうまくし立てる。

知己たちに同行すること自体や、この場所が危険なため保護する、あるいは再び操られないように内に取り込んでおく……そこまではカナリにも理解できる。


だが、それには重大な問題が一つあった。



「でも。わたしはここから出たらカーヴを抑えられない、きっと暴走する」


そう、問題なのはカナリのカーヴの暴走のこと。

現に操られていたとはいえ、稔の異世において屋敷の封印域から隔離され、結果阿蘇たちを傷つけてしまったのだ。

いや、逆に言うならば操られていたからこそ、まだあの程度で済んだとも言える。

しかし、それを聞いた知己はまるでその言葉を待っていたかのように、にこりと笑った。


「それなら問題ない。何を隠そう、この己こそがカーヴの暴走を抑制、改善を促すカーヴ能力者だからな」

「…‥そんなっ。じゃあ、どうしてっ! そんな力があるのに今まで来てくれなかったの!?」


得意そうにそう言う知己に、思わずカナリはそんな言葉を返してしまっていた。


だって信じられなかったのだ。

今更そんな、都合のいい能力があるなんてことが。

それを受けた知己は、表情こそ変えなかったが。

すぐに真面目な口調、説明口調とも言える口調でそれに答えた。



「一つ、己は一人しかいないということ。これまで己は、つっても最近はちくまくらいしかやってないけど、結構な数の暴走者を沈めている。単純に順番が回ってこなかったって言うのはあるな。二つ、それはカナリが……ちくまにも言えることだけど、強いカーヴ能力者であるからだ。『パーフェクト・クライム』に対抗できるかもしれない、あるいは『パーフェクト・クライム』そのものかもしれない。……簡単に言えば怖かったんだ。暴走を鎮めるとは言っても、そのカーヴそのものを失うことだってある。己の力に負けてな。もしかしたら『パーフェクト・クライム』に打ち勝てるかもしれない能力を、己のミスで消してしまうのが怖かった。準備もできてないうちに、『パーフェクト・クライム』に出会っちまうのが怖かったんだよ。……ま、そんなところだな、理解したか?」

「……」


カナリは、知己の言葉にただ無言で俯くしかない。

怖いと正直に自らの心のうちを曝け出すその言葉に、嘘はないような気がしていて。

逆に、その順番待ちのために今まで消されずにいたんだとカナリは気付いてしまった。


「無言は肯定ってことで、それじゃあ早速だけど。ちくま、ゴッドリングを一つカナリに渡してやってくれ」

「え? もう取っちゃって大丈夫かな」

「大丈夫でやんすよ。それはさっきのカナリちゃんとの戦いで証明済みでやんすから」


暴走を心配するカナリと同じような表情浮かべたちくまには、すかさず法久がフォローを入れている。



「……ゴッドリング?」

「ああ、カーヴの暴走を治すための、加えて己が側にいなくても、平常でいられるナイスなアイテムさ」


二人の会話を聞きながら思わずもれたカナリのそんな言葉に、相変わらず得意げな様子で解説する知己。


カナリがそのままちくまのほうに視線を向けると、その細い両腕には確かに金の文様が彩色された腕輪がはめられているのが見えた。


「はいっ、カナリさんっ。これできみも外に出れるよっ」

「……も? それってあなたもカーヴが暴走して、どこかに閉じ込められてたってこと?」

「うん、そうなるのかな? このゴッドリングと『喜望』のみんなのおかげで、初めて外の世界に出ることができたんだ」


本当に嬉しそうに、ちくまはそう言う。

何だかそれは、自分もそうなれるのだろうかと期待せずにはいられない、そんな表情で。


そのまま見続けてていると、ほんの一瞬だけ、封じられているかのような記憶の蓋が動いた気がした。


「……あなた、えっと名前は?」

「うん? えっと、№1000じゃなくて、ちくまって言います」


何気に出たカナリの呟きだった。

その名前はカナリの知るものではなかったが、それでもどこか懐かしさを覚える。

  


「そう言えば、自己紹介もろくにしてなかったでやんすねぇ。おいらは青木島法久でやんすっ。見ての通り、新型のナイスなダルルロボでやんすよ~」

「己は……知ってるかもしれないが、音茂知己だ。一応『喜望』のリーダーを任されてる。お前は、カナリでいいのか?」

「え? どうしてそんなこときくの?」


この場所が、自分が幽閉され封じられた場所と知ってここまでやって来たのではないのかと、カナリが首をかしげていると。

しかし知己はそう言う意味じゃないとばかりに首を振った。


「どうしてって、このカナリって名前は他人に付けられたものだろう? お前の本当の名は、覚えてるか?」

「ううん、覚えてないわ。名前どころか、自分がどこにいて何をしていたのかも、カーヴが暴走した時から覚えてないもの」


正確に言えば、全てを忘れたわけではない。

カーヴの力のことジョイのこと、そしてカナリ自身に与えられた使命。

そして大切なものを失ってしまったという気持ちなどは覚えている。


それは言うべきことなのかそうでないのか、カナリが考えあぐねていると。

しかしそんなカナリの思惑とは関係なく、知己は言葉を続けた。



「それじゃあ、どうする? 己たちは今更だけど、お前をなんて呼べばいい?」


その意外にも真剣な様子に、何でそんなにも名前のことを気にするんだろうとカナリは思ったが、それでもすぐに口から言葉はついて出ていく。 



「カナリ、でいいです。自分の名前を思い出したら気が変わるかもしれませんけど」

「そっか、なら仕方ないな」


だが、そう言う知己は何故かとても残念そうだった。

自らふっておいて、仕方ないとはどういうことかとカナリが訝しげに思っていると、すぐさま横合いから法久のフォローの一言が入る。


「カナリちゃん、あんまり気にしなくていいでやんすよ。知己くんはただ名前をつけることができなくて、ぼやいているだけでやんすから」

「あはは」

「むぅっ」

「……?」


そんな、法久の苦笑交じりの言葉と、同じく苦笑しているちくま。

言われた当の知己は何だか難しい顔をしていたが、カナリにはその言葉の意味がいまいちピンと来なかった。


カナリにはむしろその内容よりも、ざっくばらんにそう話す法久の存在が気になって仕方がなかったからだ。


法久のような人の感情を重視するファミリア自体は、自らのファミリアであるジョイの存在もあるし珍しくはない。


だが、あの雪の世界でその法久とちくまと戦っていた時、自分と似た力を持つちくまにも驚いたが、そのちくまに秀逸と呼べるほど的確な支持を出していたのは法久だったのだ。


知己があと少し、ハートオブゴールドからの解放に遅れればおそらく勝負がついていただろう。

……カナリの負けという形で。


カナリにはそれが悔しかった。

感覚的には2対1だというのもあるにはあったが。

自分はこれほどまでに負けず嫌いだったのかと気づかされるのには十分で。


しかも、その法久はちくまや知己のファミリアだという雰囲気もなく、まるで一個人のような感じがカナリにはしていた。


実はその通りなのだが、そんなことカナリは知る由もなく……。



             (第39話につづく)







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