第六章、『エターナルメロディ、二番』

第37話、まほろばの少女と、敢えての悪役笑い


まっくらな土の下。

一人の少女が新しい世界の夢を見ていた。 


一度目が覚めることあれば、一抹の闇しかないこの世界で。

少女はいまだ醒めることはなかった。


だから本当は一人ではなく、無数にある夢を見るためのその場所に、多くの人々が眠っていることもまだ知らない。

それが地上では『もう一人の自分』と呼ばれていることも。

  

その少女に与えられた名はレミ。

だが、自分の本当の名を忘れてなどいなかったから、当の彼女はそう呼ばれていることすら忘れているかもしれなかった。


それは、夢見るその新しい世界で。

やさしくあたたかいその世界で。

彼女の真の名を呼んでくれる人がたくさんいたからだろう。

  


新しい世界は、まさしく夢のような世界で。

レミはいつまでもそこにいたいと思っていた。

しかし、それでもレミには一つだけ気にかかる悩みがあった。

  


仲良くなりたい人がいる。

だけどその人はレミの名を呼んでくれることもなく、レミに向けて笑顔を見せてくれることもなかった。

ただ、ぶっきらぼうにレミとは違う何かを……誰かを待っている。

  

レミは考えた。本当の意味で自分を見てくれるようになるには、どうすればいいのかと。

そして、その答えはすぐに出る。

その人の探す何かを見つけてあげればいいのだと。

  

 

新しい世界でのレミは、まだ何も知らず、何もできない子供だったが。

今のこの世界では別だった。

  

……レミには力がある。

こんな暗く深い大地の底で時を待つ使命を与えられるほどの力が。

  

この力を使おう。

その使命を果たすついでに、あの人の探していた何かを探そう。


レミはそう思い、その全てを……カーヴの力によって生み出された偽りの自分、大好きな母の名をつけたそのまほろばに託した。


後は待つだけ。

夢が現実に変わるその時まで。

レミはひたすら待ち続けるのだった……。





             ※      ※      ※




―――カナリの屋敷。



「くっくっくっ。この程度か! ジャリボーイ&ジャリガールどもよっ!!」

「……」


太陽の光が蜜柑色から茜色に変化して、屋敷の庭に広がる夏花たちを暖かく幻想的な景色に還す時分。

その中央には、虹色の台風が吹き荒れていた……。


その屋敷の主である膝元まで流した長い黒髪と長い長い睫、僅かな朱を含んだ黒曜石の瞳を持つ少女……カナリは、いかにもベタな悪役ですと言った感じで嘲笑を浮かべる、濃い黒髪に混じりけのない黒の瞳、表情に色をつける左頬の泣きぼくろが、見るものを惹きつけるそんな青年……知己を見て、なんでこんなことになったんだろう?と 考えていた。



「うわわぁっ、知己さん本気だよっ? カナリさん、なんとかしてーっ!」

「わたしに言われても」


頬に掛かる程度には長い銀髪とアメジストのごとき紫目の、神秘的と言う表現に負けてない少年……ちくまは、痩せぎすながらも驚きを体全体で表現して、今にも泣きそうな声でそんな事を言う。



そんないきなりフレンドリーに頼られても。

カナリは心のうちでそう思ったが、カナリ自身にしてみても目の前でバカ笑い……ではなく悪者笑いを木霊させている知己をどうにかできる術などなかった。


何しろその知己の身体から発せられるカーヴの量が半端ではない。

喩えて言うなら大きな暖炉、もしくはストーブ。

そのすぐ側にいるカナリ達は脆く弱い雪のようなもので。

あと数歩知己に近付けば、跡形もなく溶けてしまいそうな……それほどの容量であった。



どうしてこんなことになったんだろう?

再びカナリはそう考える。

何気に辺りを見回せば、もうすっかり目の前の人物に破壊された住処は元通り、という訳でもないが、辺りに散乱していた赤レンガ壁の残骸も綺麗に片付けられ、ついでに無事だったカナリの家財道具も片付けられ、さながら掃除したばかりの廃墟とでも言えばいいのか。


ぽつんと残されたままのベンチには、何も知らなそうで何もかも知っているはずの『もう一人の自分』と、カナリ自身の報告などで、抜け殻状態になっているらしいバスケットボールくらいの背丈のファミリア……首から下の、足や腕はミッドナイトブルーのメタリックボディで、ビン底の極厚メガネと、N字が入った紅白ヘルメットが一際目立つ法久が、打ち捨てられた案山子のように横たわっていて……。



「おいおい、弱気は病院行って治さなねーと上がる能力値も上がらない……じゃなくて、カーヴの暴走を抑えられないぞ? 球速が上がった気がする、じゃダメなんだ、うん」


知己は、こぞの戦闘民族のように、虹色のカーヴを迸らせつつ、のんびりとそんなカナリには訳の分からないことを呟いている。

  


カーヴ能力者の派閥団体、『喜望』のリーダーである音茂知己という男は、 カーヴ能力者の中でも最強をほしいままにし、部下の信頼も厚い、言うなれば英雄のような男だと、そう聞いていたカナリだったが。


今では多大にその認識を改めざるを得ないようである。

カナリは、再度どうしてこうなったんだろうと。

今さっきまであったことを回想してみるのだった……。



              (第38話につづく)








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