第36話、舞い散る薔薇とまいそでの天使


「さてと、法久君たちのいる異世は解けたかな?」



知己は、一人ごちて屋敷の中へと戻っていく。

稔だった男は、救助班に任せることにしていた。

どうせ何も覚えていないだろうし、それよりもカナリの様子が気になったのもある。

   


しかし、知己の予想とは裏腹に、そこに法久たちの姿はなかった。

どうやら、まだ雪の異世から出られないらしい。

知己は、その理由はすぐに理解する。



「ここも異世じゃないか。なるほど、二重に異世を創ってたのか」


それは、知己たちもよくやる絡め手の作戦の一つだった。

例えば、二重丸のように異世を配置し、内側の異世から出た時に現実世界に出たと油断させる作戦である。

   

知己は、慎重に辺りを見回した。



「つまり、もう一人能力者がいる。あるいはいたってことか」


目の前には、いつの間にか日が傾き茄子色のなった空と、いつか絵で見た花々の咲き誇る庭園が広がっている。


それを見て、知己は何となくそのもう一人の能力者はここにはいないと考えていた。

異世を維持したければ、慎之介といた時の足止めに使われた異世のように、その代わりになるものを置けばいい。

   

稔を倒しても、法久たちが戻ってこないのはその異世に代わりのもの……カナリがいるからだろうと考える。



「さっきの足止めといい、今のこれといい、相手は相当慎重だな」


決してこちらに姿を見せず、じわじわとこちらの戦力を減らしていく。

そう言う算段なのかもしれない。


その人物こそが、おそらく『パーム』の長なのではないかと予想し、知己は内心舌を巻いた。

   

  


「さて、これだけ待って何も反応がないということは、ここにも代わりになる何かがあるはずだが」


何かないか。知己はそう思い、アジールを沸き立たせ、お馴染みの探査を始める。

   


「そういやカナリのやつ、何か変なこと言ってたな。花がどうとか」


そして、ふらふらと歩き回りながらふっと思い出したのはそんなことだった。

ここには、おあつらえ向きにたくさんの花がある。


   

「……うっ」


そして、知己はその中の当たりを見つけ出し、顔を顰めて視線を逸らした。

一瞬目に映ったのは、金色の縁取りと赤い血のような色をつけた、一輪の花。

知己を覆うアジールも嫌がっているかのように暴れだし、それがカーヴの産物であることは一目瞭然だったが。

それより何よりも、知己にはそのカーヴに見覚えがあった。


―――【心蝕黄花】。

別名ハートオブゴールドと呼ばれ、『望盟集団』という名のダンスユニットのリーダーを務めた男の能力である。


その花に魅入られたものはその花に執着し、誰彼ともなく命の奪い合いを始めるという能力で。

全てのカーヴ能力の中でも、十指に入る凶悪なフィールドタイプのカーヴだった。

   


「……これで十中八九、カナリは白だな」


知己は自らの力のおかげで何とか耐えられたが。

あの花を見てしまったら、ひとたまりもないだろう。

そういう精神操作を解除する能力や、落とされでもしない限り、自分から解くのはまず不可能だ。

   


「触るの嫌だな……あ、そうだ」


しばらく視線を逸らしたままで考え込んでいた知己は、おもむろに背中を飾っていた黒姫の剣を抜く。



「一度、力を見せてもらおうかな、黒姫さん」

 

知己は独り言のように呟いて、剣を上段に構え、ふっと力を抜く。

知己のアジールが徐々に弱まっていくのにつれて……風が剣を包むように、ざわめきだす。



榛原の武器をもらう度に、おじゃんにしてきた知己は、そのおかげ? もあって、剣はもちろん様々な武器を使えるようになっていた。


だからそのぶん、構えも様になっていたが。

剣を使うのに、気を鎮めて弱めていくのは世界広しといえども、知己だけかもしれなかった。

 


「……せいっ!」


そして知己は打ち下ろし面の要領で、剣を振り下ろす。

すると、剣先から幾重ものの渦が打ち出されたように……知己には見えた。


その渦はなかなかのスピードで、目標の花たがわず飛んでいき。

見事花弁に命中し、はかなく花を散らしていく……。



「……」


危険な花とはいえ、あまり気分のいいものじゃないと思って見ていると。


ビシイッ!

そんな派手な音がした。



「何だっ!?」


知己が慌ててそちらを見ると、花壇の後ろにあった屋敷内の壁に蜘蛛の巣みたいに亀裂が入ってるのが分かって……。



「あ、違う。あれは薔薇だな」


知己が何気なく感心してそう呟いた瞬間。

いきなり地響きを立てて、屋敷の壁は大破した。



「げっ」


実の所、知己の目に見えたのは風の力の中心……いわばミートカーソルの強振部分で。

本当は荒れ狂う不可視の竜巻だったのだろう。

事実壊れた壁の先には、台風が通過したみたいなプライベートルームが広がっていて。







3人が、折り重なるように異世から戻ってきたのは、まさにその時だった。

どうやら、至近距離でドンパチやっていた最中だったらしい。

何か予告でもするべきだったかなとか思いつつも。



「たはは。ごめ~ん、壊しちゃった」


それよりも今の惨状を誤魔化そうとして、普段ではありえないくらいのブリッコテンションで、とにかく謝ってみる。


「……」

「……」


ちくまと法久は、見てはいけないものを見てしまった的な態度バリバリで、無言だった。

  


のちに、この屋敷の主は「アレは絶対わざとやりましたって顔だった」と語る。



「あーーーっ!?」


そして、そんな屋敷の主、カナリのとっても悲痛な叫びが。


夜の訪れを告げる濃い色の空に、木霊したのだった……。





             ※     ※     ※




―――そしてその頃。

   

敏久の能力により、どこかも分からない場所に飛ばされた阿海真澄は。

綺麗で洗練されたピアノの音で、目を覚ました。


それは、綺麗という言葉では足りないかもしれない、まるでこの世のものとは思えない美しい旋律。




「あっ。起きたですか?」

「……っ」


そして。

真澄はどうしてそんなにも、綺麗で美しい音色だったのかを理解した。


何故ならばそう言って笑う、弾き手の人物は。

永遠に汚されることのないような純白の翼をもった、天使だったのだから。



             (第37話につづく)








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