第35話、暴走を自由自在に操られるとするならば
「……ちくまくん、ちくまくん。しっかりするでやんすっ!」
「うっ……うう」
雪の中、半ば埋もれかけていたちくまは。
法久の金属の手にぺちぺちと叩かれ、目を覚ます。
「はっ。あいつはっ?」
「逃げられてしまったでやんす。それより、カナリちゃんがこっちに来るでやんすよっ、どうにかしないとっ」
焦ったように飛び回る法久の言う通り、物怖じするくらい巨大なカーヴを纏わせて、カナリが一歩一歩近付いてくるのが見えた。
「で、でもっ。知己さんがやられちゃったんだよっ!? 僕だけじゃっ」
ちくまは自分自身の言った言葉が、まだ信じられなかったが。
目の前で起こった現実は変わらないと、悲痛な声をあげる。
しかし、それを聴いた法久は、にやっと何かをたくらんでいるかのような、してやったりの笑みを浮かべた。
「迫真の芝居、痛み入るでやんす」
「……え?」
言っている意味が分からなくて呆然とするちくまに、法久は畳み掛けるように言葉を続けた。
「敵(Teki)を欺(Azamu)くにはまず味(Mi)方から作戦。コードネーム『TAM』でやんすよっ」
「作戦……さくせんっ!? じゃ、じゃあ、知己さんは?」
「一つ、教えとくでやんす。『パーフェクト・クライム』はともかく、知己くんを落とせるカーヴ能力者なんて、この世にはそうそういないないのでやんすよ。まあ、多大においらのサポートがあって然りでやんすけどねっ」
そう言って胸をそらす法久に、ちくまは騙されたという気持ちよりも、二人の強かさに感心してしまった。
そして、法久の涙ながらのその後の解説によると。
少し前に一度見た、法久の能力ヴァリエーション3、『チェイズレイス・ダルルロボ』を使って、ダルルロボ(ザック)と知己を場所変えし、そのままやられたと見せかけてザックに身代わりをさせたのだという。
……知己があの氷に包まれたその一瞬に。
知己の力が強大すぎるゆえ、その力でごり押しするイメージがあるが。
強大すぎるからこそ、実の所『ネセサリー』班(チーム)のカラーは、綿密な下準備、様々な場面に対応した戦略から始まって、今回のような騙し手……絡め手が中心なのである。
榛原が口をすっぱくして百戦無敗だというのには、そのあたりの負けないための戦いにあると言えた。
「そんなわけでっ、これからおいらたちのやることは知己くんがさっきのやつをひねっている間の、カナリちゃんの相手でやんすよっ!」
「で、でもっ。彼女は強すぎるよっ、見ればわかる。僕なんかじゃっ」
いざゆかん! とばかりに他人任せに飛び回る法久に、流石にちくまは弱気な声をあげる。
「そんなの簡単でやんすっ、そう思うならゴッドリング二つとも外せばいいでやんすからね。おいらの見た所、同じAAAクラス……しかも能力の性能が何故だかおそろしく似通ってるでやんす。その時点では五部五分でやんすが、あとは、新型ナダルルロボのおいらがばっちり必勝法を、伝授すれば、問題なしっ、でやんすよ!」
法久は、いつの間にかカナリをスキャンしていたのか、そうまくし立ててちくまを叱咤激励した。
「だけどっ、そんなことしたら暴走するよっ?」
そうなったらどうなるのか、何をするか分からない。
そう訴えるちくまを見て、法久はふっと笑った。
それは、いつも違う笑みだった。
「大丈夫でやんす、ちくまくんは知己くんに出会って……触れた。その時既に、変わってるはずでやんすから」
「それは……」
そう言う法久の瞳は機械の瞳なのに、真剣さと自信が溢れている。
その時ちくまは、確かにその通りかもしれないと、感じていた。
知己にはカーヴ能力者の間で、数多の通り名がある。
その内一つは、『音を殺す存在』。
いくつもの派閥に別れ、戦いに明け暮れていた頃、名だたる剛の者たちが知己の力を前にして揶揄するように言ったものだった。
もう一つは『音を救う存在』。
それは、多くの不協和音に苦しむ、音の使い手たちを鎮め、生きる道を指し示したことに由来する。
その発端は、物騒な通り名を榛原が嫌がってこっそり広めたことによるが……。
まだ、知己とは出会ったばかりだったが、ちくまは自分が変わりつつあることを、ほんの少しだが自覚していた。
自分はカーヴに縛られず、生きていけるかもしれないって。
それはきっと、目の前の少女もそうであるはずで……。
「ま、いざとなったら知己くんが止めてくれるでやんす、そのつもりでガンバでやんすよっ」
「う、うんっ!」
今はまだ、それでもいい。
それはきっと、自分が変わるためのきっかけになるはずだから。
ちくまは言われるままに、ゴッドリングを二つとも外す。
瞬間に、肌がざわつき血流が逆回りして、内なるアジールがちくまを支配するような感覚に陥って……。
カナリとちくまの戦いは、幕を開けた。
※ ※ ※
「おかしいデスね、何故どこにもいないのデス?」
一人、現実世界に戻ってきた辰野稔は、そこに倒れているはずの知己の姿がないことに首を傾げていた。
「どんな強い能力者でも、異世で殺されればまともに動くことすら難しいはずデスが」
「……ま、殺されりゃあな。殺されてねーけど」
「っ!?」
真後ろから聴こえるつっけんどんとした声に、稔ははっとなって振り返る。
そこには、知己が普通に立っていた。
そして、その刹那。
鼓膜が破れる程の軋み音がして、虹色に輝く知己のアジールがどんどんと辺りに広がっていく……。
「くっ? 何故落ちない! アナタは確かに殺したはずっ?」
「死なねーよっ。『パーフェクト・クライム』の尻尾を掴むまではなっ!」
ずしん響く音とともに、心の臓まで揺さぶられる激烈なアジール。
だんだんと膨れ上がるそれは、まるで限界などないようだった。
同じAAAクラスのはずなのに、どうしてこんなに力の差を感じてしまうのか。
稔はわけもなく震えているのを実感した。
「どうしてこんなに力の差がある? って顔してるな」
「……っ!」
まさしく心を読まれたかのような知己のセリフに。
止まらない震えの理由が目の前の人物に対する恐怖だと悟ってしまう稔。
「説明してやろうか。それはな、お前の力がよくてカラオケ止まりだからだ。お前のオリジナルじゃないだろう? その力は」
「な、何故それを知っているのデスっ?」
稔は混乱と恐慌のあまり、シラを切ることもできなかった。
知己は口端に笑みを貼り付け、それに答えてやる。
「理由は簡単、見たことがあるからさ。『コーデリア』のベーシスト塩崎克葉(しおざき・かつは)さんの能力【羅雪回帰】。本物が使えばAAAクラスだが、借り物な以上、よくてAAどまりだろうな」
実際に、知己は雪の世界に入った瞬間、懐かしさを覚えていた。
今は亡き榛原の同僚である塩崎には、よくお世話になっていたからだ。
「うるさいうるさいっ、うるさいデスっ。死ねえぇぇっ!」
稔は、知己の言葉が終わるや否や絶対零度の冷気の氷……『ソリュージュ・クロウ』を手のひらに宿し、知己に殴りかかる。
それは、恐慌のあまりにパニックになったあげくの行動であったが。
案の定、知己に届く前に何か壁のようなものに阻まれた。
「余すことなくカーヴの能力を遮断する無敵の壁、ゴッドウォール(能力名にあらず、自分のアジールを勝手にそう名づけているだけ)。似たような足掻きをする奴が多いからな、こうやっていちいち説明してやることにしてんだ」
「ま、まだデスっ!」
壁があるなら、その上から凍らせてしまえばいい。
稔は、矢継ぎ早に自らの能力を繰り出していく。
「さあ。窒息死か、圧死か! 好きなほうを選ぶがいいデスっ!」
そして、氷塊が天高く山のようになっていって。
稔は、ようやく我を取り戻す。
相手の力を無効にし守るだけ能力など、大自然の力の前では無にも等しい。
稔はそう思い、再度嘲笑を浮かべた。
が……。
その表情は一秒も持たず、凍りつくことになる。
「……気がすんだか? じゃあそろそろ聞かせてもらおうか。お前たちパームは一体何が目的なのかを。お前にこの力を授けた奴が『パーフェクト・クライム』なのか?」
「なっ、何を落ち着いているデスっ! そんなことこのまま死んでいくアナタには、知る必要のないことデスねぇっ!」
その、余裕ぶりが稔をひどく苛立たせ、不安にさせる。
「そうか、ならいい。それじゃあ、阿蘇さんたちをやったのは誰だ? ……答えれば、考えないでもない」
「か、カナリデスよっ! あいつの極悪非道ぶりは、目に余るものがありましたからねっ」
「……なるほど、極悪非道か」
それきり、知己は黙ってしまう。
ようやく観念して大人しくなったか。
稔はそう思っていたが、当然そうではなかった。
「そんな極悪非道なお前に、いいもの見せてやるよ」
「……ひぃっ!?」
知己が呟いた瞬間。
辺りに波打つ空気の波紋が広がる。
それにつれ、蜘蛛の巣のように氷山に亀裂が入っていって。
そこから漏れ出すのは、虹色がまぶしい光の奔流だった。
そう。沈黙は、今までたまりにたまっていた怒りを吐き出すための間だったのだ。
雪原に入って分かったのは、何もその力が誰のものなのか、だけではなかった。
オロチと戦った時に、『パーム』には過去の能力を植えつける能力者がいることは分かっている。
だからその時、知己はカナリとは別に能力者がいるだろうと感づいていたのだ。
そして、不意打ちのように仕掛けてきた時。
カナリとの関係が協力などではなく、利用しているのだと結論付け……それが今、確信に変わった。
「じゃあな」
「……かっ!?」
稔が押し出されるように息を吐き出した時、全ては決していた。
氷山は粉々に砕け散り、そこから噴出した虹色の波動が、直線を描き稔を飲み込んで。
そこにはもう、何も残ってはいなかったからだ。
それが知己のカーヴ能力のヴァリエーション一つ、『オーバードライブ・リオ』。
オロチの時のように、他人の異世をも破壊する虹色の力と同じもので。
今の一撃は、それを一転集中して打ち出したものである。
その力とは、文字通りカーヴの暴走によるものだった。
いや、知己のそれは、暴走とは呼べないのかもしれない。
何故なら、その暴走する力を飼いならし、操る力であるからだ。
逆に言えば、自らの意思を持って暴走と同じだけの力が使えることになる。
とは言っても、力が大きすぎて加減がきかないので。
『チェイジング・リヴァレー』と同じく、非常に使いどころに困る技であるのが玉に瑕で……。
(第36話につづく)
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