第34話、無慈悲で悪辣な『TAM』作戦
照らす太陽が、下り始める時分。
知己達は敏久達3人を、法久が呼んだ『喜望』に属する救助隊に任せて。
ようやくカナリの屋敷へと辿り着いた。
その思っていたより大きな屋敷は、外見からは人の生活しているような気配は感じられない。
辺りはしんと静まり返り、知己達にうらぶれた廃城をイメージさせる。
「阿蘇さんたちをやったのは、カナリなのでやんすかね」
「……どうかな。関わりがあるのは間違いないだろうが」
そうは言いつつも、こちらからいきなり攻勢に出るわけにもいかない。
知己は、おそらく使うものなど滅多にいないに等しかったであろう、呼び鈴を鳴らす。
しかし、しばらく経っても反応はなかった。
「……」
知己が無言のまま、古めかしい観音開きの扉のノブに手をかけると、扉は何の抵抗もなくあっさりと開く。
知己はその事に、違和感を覚えた。
AAAクラスの暴走した能力者を封じるための場所なのに、それらしい様子がまるでなかったからだ。
ここの家主がどうこうではなく、これではここに来たものはたとえ一般人でも、容易に足を踏み入れられてしまうだろう。
それの意味する所は何なのか。
その答えは、屋敷に入った瞬間、すぐに分かった。
「あれっ……何、これ?」
急に視界が白一色に染まり、ちくまは声をあげる。
そこは、一面の銀世界だったのだ。
どこまでも雪の大地が続き、空は極圧の雲が塞ぎ、視界と体力を奪う吹雪が中空に荒れ狂っている。
「異世でやんすっ!」
法久が叫んだ時には、今まで入ってきた扉は跡形もなく消えていた。
「……誘われたか」
知己が呟き、向ける視線の先には。
雪の中、虚に見える漆黒の瞳でこちらを見つめる、長い黒髪をはためかせた一人の少女がいる。
「君がカナリか? 己たちは、君と争いに来たわけじゃない、話をしようっ!」
「知己さんっ?」
ちくまは、そんな知己の言葉にびっくりして思わず詰め寄ろうとする。
相手は、仲間をやった悪い奴かもしれなくて。
いきなりこんな異世に入れさせられて、どうしてそうなるんだといった感じだった。
「ちくまくん。いいから知己君に任せるでやんすよっ」
「……っ」
それでも、小声で法久にそう言われ、ちくまは納得がいかないまま押し黙る。
「話? いったい何を話すというの?」
「ここに己たちの仲間、カーヴ能力者の4人組が尋ねてきたはずなんだが、何か知らないか?」
聴く耳を持っていないかと思いきや、すぐ返ってきたのは冷えたソプラノの声。
知己は遠回しでなく、直接本題を切り出したわけだが。
返答次第では、戦いは避けられないだろうと感じていた。
「カーヴ能力者の4人組? ああ、あの人たちね。消えていったわ。わたしの花を、奪おうとするから」
あどけない相貌に浮かぶのは、歪んだ笑みと妄執。
「花? いったいなんのことだよ?」
その隙間に一抹の悲しみを感じた気がして。
知己はいぶかしみながら、そんなことを口にする。
「それを知ってどうするの? あなたたちも、わたしからあの花を奪う気なのね? ……誰にも、誰にも渡さないんだからっ!」
そして、カナリがそう叫んだ瞬間、膨大なカーヴが場を支配する。
少し前に感じた知己のカーヴと同じか、それ以上かもしれないその強大な力に、ちくまは知らず知らずのうちに後退さっていた。
「腑に落ちないな」
「知己くん?」
しかし、それを目前にした知己と法久は、あまり変わらない様子で会話を続ける。
「おかしいと思わないか? 意味不明な言動云々より、どうしてこちらがしかけられる理由を喋った?」
「言われてみれば、そうでやんすね」
敏久たちの件、やってないと言い張れば、こちらは迂闊に手を出せない。
怪しいからという理由だけで、攻撃してしまうわけにはいかないのだ。
『―――この暗闇を切り裂くように……光の筋よ疾れっ!』
「っ!」
瞬間、雪の大地を切り裂いて、迫りくるのは煌きさんざめく閃光。
それはインパクトの瞬間に大爆発を起こし、ちくまはその爆風に飛ばされ転がった所を、何とか法久に支えられて止められる。
しかし、直撃を受けた割にはどこも痛くなくて。
どうしてだろうと思っていると、目の前には腰を据えて仁王立ちする、知己がいるのが分かった。
その周りには、虹色に輝く知己のアジールがあって。
まるで円状のカーテンのように、吹雪の侵入すらも防いでいるのが分かる。
「カーヴの力を余すことなく防ぐ無敵の壁、その名はゴッドウォール。なんてな」
「す、凄いっ」
そう言って、口の端だけに笑みを浮かべる知己に、ちくまは正直に感嘆の言葉を返す。
試験の時大丈夫だと言っていたのはこの力があるためだったのだと、改めてちくまは理解した。
「……なるほど。この雪はフィールドタイプの力か何かだな。仕方ない、法久くん。作戦コードネーム『TAM』だ。この雪をスキャンしてくれっ」
「らじゃっ。それじゃあさっそく、いくでやんすよ~っ!」
そして、ちくまが感心しているうちに法久はふわりと浮かび上がり、雪原めがけて『スキャンステータス』を発動する。
「……?」
その時、ちくまがおやっと思ったのは、それに併せて知己のアジールが、見て分かるほどに小さくなっていったことだった。
法久の力を制限しないようにしたのだろうか?
しかし。
何気なくそう考えていたちくまの思考は。
法久の隣、突如出現したドレッドヘアーの男、辰野稔によってかき消された。
「もらった、デスっ!」
稔が叫び振りかざすは、絶対零度の冷気。
「危ないっ、法久くんっ!」
それは、ちくまにとってあっという間の出来事だった。
叫ぶ知己の声が、やけに大きく聴こえて。
法久を突き飛ばすように、庇った知己に襲い掛かるのは空気すらも凍らせる稔のカーヴ。
そのカーヴは、瞬く間に知己を氷付けにした。
「ああっ!?」
「知己くーんっ!」
法久の、悲痛な……知己を呼ぶ声と、ちくまの驚愕に漏れる声。
そして知己は、声すらあげることなく。
乾いた破砕音を立て、粉々に砕け散っていく……。
「あーはっはっは。馬鹿なやつデスね! 一派の要ともあろう人間が、こうも簡単に自分を捨てるとは! ウチのリーダーにも焼きが回ったものデスっ。こんな愚か者相手に、ご執心なのデスからっ!」
「う、うおおおおっ!」
そんな嘲りを含む稔の言葉を聞くや否や、ちくまは駆け出していた。
目前で起こったことが信じられなくて、訳の分からない衝動のままに稔に突っ込んでいく。
その拳に、燃え盛る炎を纏って。
だが……。
「ぐぁっ!」
その拳は、稔には届かなかった。
暴力的に荒れ狂う吹雪が、轟風となってちくまを跳ね飛ばしたからだ。
「他のカーヴを探知し、識別する能力を持ったファミリア。厄介デスから、手始めにつぶしてやろうかと思いましたが、もう必要ないようデスね」
「……」
じっと睨みつけたまま動かない法久に、稔は再びあざけり笑いを浮かべる。
「音茂知己が落ちた今、そんな能力など無に等しい。そちらのデータにない子供も、たいしたことないようデスしね」
「……だからどうしたでやんすっ! お前は絶対に許さないでやんすよっ!」
それを聴き、激昂して言葉を返す法久に、降ってきたのはやはり嘲笑だった。
「許してくれなくて結構デスよ。あなたたちはここで雪に果てるか……カナリの餌食になるのですから。どれ、ワタシは現実に帰るとしましょうか。くくっ、現実の音茂の首を持ち帰ったら、リーダーはどんな反応をするか楽しみデスよ、全く」
稔は、異世でも現実でも関係ないといった口ぶりで、吹雪に捲かれ霞のように消えていこうとする。
どうやら現実世界に戻り、落ちたばかりの知己に危害を加える算段らしかった。
「待つでやんすっ! そんなことさせないでやんすーっ!!」
法久は叫び、稔を捕まえようと突進するが。
それは後一歩、間に合わなかった……。
(第35話につづく)
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