第33話、自分自身への憤懣



「……そ、そんなっ! 『魔久』班(チーム)が、全滅っ!?」


法久の、悲痛な声が木霊したのは。

カナリの屋敷がある村へ到着するしないか、そんな時だった。


「全滅っ? 何でっ、どういうことだよ! ま、まさかみんなやられたっていうのか!?」

「と、とにかく。これを見るでやんすよっ」


どうやら、彼らを見失っていたダルルロボとの通信が繋がったらしい。

切り替わった画面にはカナリの屋敷ではなく、どこかの林道が映し出されており。そこには、3人の人物が折り重なるように倒れているのが見えた。



「し、死っ……?」


その画面を食い入るようにして見ていたちくまは、恐々とそんなことを口にする。


「カーヴ能力者の、という意味ではそうでやんすね。全くカーヴの力が感じられないでやんす」


それはつまり、カーヴ能力者同士の戦いに敗れ、落とされたことを意味していた。


「待ってくれ! 法久くん、もう一人……阿海さんがいないぞっ!?」

「近くはいないみたいでやんすね、無事だといいでやんすが」


知己自身としては生きてさえいてくれれば、それで良かった。

『喜望』としては、戦力が減るのは大きな痛手で。

才能を失って生きていくのは死ぬことよりも辛いことなのかもしれないけれど。

それでも……命があることのほうが大事だって、知己は思っていた。



「とにかく! 阿海君を探しつつ、現場へ急ごうっ」

「うんっ!」

「了承、でやんすっ」


そして3人はそう言って頷いて、駆け出していった……。







目指す場所は、果たしてすぐに見つけることができた。

何故ならば、カナリの屋敷の屋敷に向かう途中に、彼らが倒れていたからだ。




「おい、阿蘇さん、しっかりしろ!」

「うっ。うう……」


知己が駆け寄り揺さぶると、敏久の呻くような声。

とにかく生きていることに、知己はほっと胸を撫で下ろす。


同じく、裕紀や由伸の具合を見ていた法久たちは、様子を伺う知己を見て、軽く首を振った。



「阿智さんと阿南くんは、昏睡状態に陥ってるみたいでやんす」


おそらく、異世の中で命を落としたのだろう。

カーヴの力は才能や夢……生きがいだ。

それらを奪われたら、ただではすまない。

程度にもよるが、落とされた者の中には、まだ目を覚まさない者達もいる。


言わば心の一部を壊されたといってもいい。

どちらにせよ、もう戦うことはできないだろう。





「……ここは?」


それでも敏久は虚ろながらも目を覚まし、知己を見上げた。



「大丈夫か、阿蘇さんっ。知己だ、何があったか覚えてるか?」

「音茂君? 何だべ。俺は……一体こんなところで何してたんだ?」


敏久は、思いもよらない知り合いにあったという顔をして、辺りをきょろきょろと見回す。

そして、由伸と裕紀が倒れていることに気付き、はっとなって立ち上がろうとし、

それもままならなくてぐらりとよろけた。


分かっていたとはいえ、そんな敏久の表情に苦いものを浮かべつつ、その身体を支える知己。


一方、法久は待機モードになってちくまに抱えられていた。

一旦榛原に連絡して、金箱病院へ3人を運ぶ手筈をしているからなのだが、理由はもちろんそれだけではない。



「由伸っ、裕紀もっ? 何だ、何があったんだ? 何で俺、体動かねーんだっ、そもそもここはどこだべよっ?」

「阿蘇さん、何も覚えていないのか? あなたたちはおそらく、カーヴ能力者との戦いに敗れたんだ」

「カーヴ能力者? 何だべそれは? 何だよっ!? いきなり訳の分からないこと言って、一体何がどうなってる!」


そして確認のために口にした言葉が、確信に変わった。

敏久は、もう何も覚えていないのだ。

『喜望』の派閥に入り、カーヴ能力者として知己たちとともに戦ったことも……全部。


今の敏久はカーヴの力を知らない、一介のミュージシャンにすぎない。

いや、ミュージシャンでいることでさえ、もう難しいだろう。


法久が、話しかけなかったのはそのせいもある。

この時点で、敏久たちとは……袂を別ったのだ。


もう、同じ道を歩くことはないのかもしれない。

こんな辛いことが、それ以上のことが、これからいつ起こるかもわからない。

そんな場所に自分はいると実感して、ちくまは唇を噛んだ。




「ごめん、今の言葉は忘れてくれ……悪い夢だったんだ、全部」

「……」


悪い夢だと、そう呟く知己の表情はあまりにも悲痛で。

敏久は何も分からないのに、ひどく自分が悪い事をしてしまったような気がして、何も言えなくなってしまう。


同時に胸の中で感じたのは、何か大切なものを失ってしまったかのような、喪失感だった。

敏久はそのことに何となく思いを巡らせて……はっとなって叫んだ。



「音茂君っ! 真澄はっ……あ、阿海真澄はどこにいるか、知らないか?」

「……」


いきなりそう言われて、知己は何も答えられなかった。

敏久はそれを不安に感じ、さらに言葉を重ねる。


「俺達決めたんだ、決めたんだべよ。あいつの望む通り、対等に扱うんだって。

ようやく決心がついたんだ。それを言わなきゃならないんだっ!」


その言葉の意味自体は、知己には分からなかったが。


「大丈夫。阿海さんは阿蘇さんたちのこと、その言葉を……待ってるよ」

「そ、そうか」



だから大丈夫。

知己はもう一度そう言って、微笑む。


すると、敏久は、それを聴いてようやく安心したような、陽だまりのような笑みを浮かべて……眠るように気を失った。




「……知己さん、どうして?」


阿海は、見つかっていない。行方不明だ。

なのにどうして、あんな嘘をついたのだろう。

何で待っている、などと言ったのだろう?

再び目を覚ました時、いないかもしれないのに。

嘘だってすぐにバレてしまうというのに。

ちくまは、分からなくて、自然とそんな言葉が口から出ていた。



「どうして、だと? 簡単だそんなこと。阿海さんは無事に見つかる、己がそう信じてるからだ!」

「……っ」


それは、怒りだった。

激しく燃え盛るものではなく、じっくりとひそやかに燃え広がる怒り。

もし、ここが異世だとしたら、世界全体が震えかねない、純然たる怒り。


それは、ちくまにでもなく。

敏久たちを落とした者達でもなく。


彼らを救えなかった、知己自身への怒りなのかもしれなかった……。



              (第34話につづく)







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