第32話、氷雪の敗北と紅の蝶
『魔久』班(チーム)が一つになった今。
それぞれのアジールが重なり合い、一つの異世が生まれていた。
それは目に見えない、友情という名の異世。
目には見えないけれど、確かに感じられるそれは。
どんどんと広がってカナリを覆っても、さらに大きくなっていく……。
「……ぅっ!?」
と、その時だった。
何かに抗うように、カナリが苦しみだしたのは。
「仲間……ともだち……たいせつな……っ」
そして、漏れでた呟きのような言葉とともに。
今まであった雪の世界が力を失ったかのように、明滅を繰り返す。
「なに? 異世が、弱まってるヨ?」
どうしてそうなったのかは分からないが、カナリは敏久たちの言葉に反応して、異世が保てなくなるほど動揺しているようだった。
「あの、何かに抗っているかのような様子。もしや彼女、何かに操られてるだべか?」
それがただの動揺ではなく、敏久の言う通り操られているだけなのだとしたら。
「僕たちを攻撃したのは、彼女の意思じゃないってこと?」
「そういうことになるな。であるとすると、彼女と戦うのは得策じゃないかもしれない。操られているなら、それを解いてやらねば」
真澄の言葉に、重々しく答える由伸。
4人は冷静にカナリを伺いながら、至った結論に頷いた。
「あ、見て。外が見えるヨ、あっち!」
「どうやら、異世が弱まって塞いでいたはずの現実との境に、入り口ができてしまったみたいだな。我は一旦、異世から出るのがベストだと思うのだが、どうだろうか?」
そんな由伸の言葉に異を唱えるものはいなかった。
4人は、いまだ苦しんでいるようなカナリを気にしながら、その出口へと向かう……。
「フム、操りの力が弱まるとは、予想外デスねえ?」
「……っ!?」
だが、その瞬間。
そんな突然振ってきた言葉とともに猛烈なカーヴの力が、先頭に立っていた由伸を襲った。
まずい! と考えた時には、既に何もかも手遅れで。
空気も凍る絶対零度の氷塊が由伸を瞬く間に氷付けにする……。
まさに、叫ぶヒマすらない一瞬の出来事だった。
「由伸っ!?」
裕紀は叫び、何とか助けようと駆け寄ったが。
そんな裕紀をあざ笑うかのように、氷に死の線が走り。
元々由伸だったそれは粉々に壊れ、雪の中に解けていってしまった……。
「……お前たちを生かしておくわけにはいかない。お前たちは、カナリに殺されるというシナリオなのだから」
底冷えするかのような声とともに、現れたのは二人。
一人は口元に嫌らしくも冷徹な笑みを称えたまま、由伸を一瞬で落とした、色黒ドレッドヘアーの男。
手には凍える冷気が、纏わりついている。
そして、何の感情も感じられない口調で言葉を発したのは。
白いファントムマスクで顔を隠した大柄の男。
そこにいるだけで、ナイフを首筋に突きつけられているかのような、危険なアジールを放っている。
「だから大人しく……消えてもらおうか」
全く予備動作なく生まれ出でたのは、深紅に透ける蝶。
「ああああぁーッ!」
由伸がやられたことの怒りと恐怖で叫ぶ裕紀は、どうしてか全く動くことができなかった。
それが、相手のカーヴにのまれているからと分かった時には、無抵抗にその蝶を受け入れていて……。
バスンッ!
容量を超え、破裂した風船のように。
ひどく軽い音を立てて、裕紀の身体は砕けるように散っていった……。
「由伸っ!裕紀ーっ!? ゆ、許さないっ!」
「待てっ、真澄っ!」
「止めるなっ、敏久っ! 由伸がっ、裕紀が、あんなことになちゃったんだぞっ!」
「だからって、突っ込むんじゃんねーべっ!」
我を失い、叫び特攻しかねない真澄を怒鳴りつけ、敏久は真澄を庇うように前に立つ。
「お前たちがパームかっ? カナリを操ってるのもお前たちだろう!カナリに罪をなすり付けて、なんになるっ!」
敏久自身も、一瞬で起こった惨劇が信じられなくて許せなくて。
心情的には混乱の極みにあったが、それを成し得た相手の恐ろしいほどの強さと、目の前で我を失う真澄を見て。自分が今為すべきことを自覚した。
敏久は普段閉じぎみの瞳をしかと見開き、自らの行く末すらも含め、毅然と目の前の敵を睨みつける。
「フフ、目の前でお仲間が殺られたっていうのに、あなたは冷静なようデスねぇ? そちらのお嬢さんとは違って」
「何だとっ、僕は違うっ!」
からかうようなドレッドヘアーの男の言葉に、真澄は目の色を変えていきり立つが、敏久が再びその間に入るようにして叫ぶ。
「答えろ、何が目的だっ!」
「これから落ち行き全てを忘却していく者達に何を言っても先のない事だ。……そうだろう?」
「……っ」
仮面の男が笑った気がした。
表情は見えないはずなのに。
そして、仮面の男がそう口にしただけなのに、本当に自分たちに残された道はそれしかないような気がして。
その言霊めいた力に、動けなくなる。
純粋で、それでいて底の見えないアジールが、真綿でじわじわと首を絞めるように、この場所に立つ二人の命を圧迫しているのだ。
「……そう思い通り、うまくいくと思っているだべか?」
それでも、敏久は内から溢れ出る恐怖を押さえ込むようにして、自らのカーヴ能力を発動する。
現れたのは山吹色の縫い糸のある、漆黒の球だった。
「ククッ、そんな矮小なるもので何ができるものデスかっ」
「……」
ドレッドヘアーの男は、蔑むように笑い、仮面の男は何も語らず、むしろ敏久の行動を観察するように見やっている。
「敏久っ! 僕も、僕もやるよっ!」
真澄は残っていたファミリアたちを引き連れ、決死の面持ちで目の前の敵を睨みつける。
だが。
「その必要はない、真澄。お前は生きろ。それが俺の……俺たちの願いだ」
「……え?」
敏久は、慈しむように名前で呼んだ。
この場にそぐわない、優しげな声で。
そんな、敏久の意図が分からず、真澄が呆然としていると。
敏久はその球を、真澄に向かって、投げつけた……。
「自らの命を捨て、大切なものを守るか。剛なる男よ。しかも運もある」
仮面の男のその言葉には、相手を称える……そんな気概があった。
「【実湧薄布】、【鉱赤後弾】、そして【魔九乾坤】の三つデスか。一人逃がしてしまいましたがまずまずの収穫デスね」
ドレッドヘアーの男、パーム六聖人の一人、辰野稔(たつの・じん)は変わらぬ冷徹な笑みのまま……そう呟く。
―――【魔九乾坤】。
Aクラス、レアロタイプのカーヴ能力だった。
それを受けると全9種類の様々な効果が、ランダムで起こる。
敏久はその中のたった一つ……受けたものを、今いる場所以外のどこかへ空間転送させる力に賭けたのだ。
そして敏久は、一世一代の9分の1のバクチに勝った。
「彼奴の言う通り、完全に予定通りとはいかなかったが……まあいい。いずれにせよ、最初の舞台は整った。後は手筈通り任せたぞ、稔」
「任せてくださいデス、とびっきりのショーをお見せしましょう」
気取って一礼する稔に、僅かに頷いて返して。
仮面の男……『パーム』のトップを務めるその男は、その場を後にする。
「さて、どうでる音茂知己よ。果たして、いつまでもその力……隠していられるかな」
楽しみだ。
仮面の男はそう呟き、どこへともなく消えていった。
夏の、陽炎のように。
そして……。
阿蘇敏久、阿智由伸、阿南裕紀の3名が落とされて。
阿海真澄が行方不明と言う、『魔久』班(チーム)全滅を知らせる報せが知己たちの元に届いたのは、それからすぐの事だった……。
(第33話につづく)
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