第151話、母と娘、面と向かって言えないなら……
賢は、自宅で旅立ちの準備を終えた後。
まゆが仮住まいをしていた家……マンションに来ていた。
そのマンションはなんと、賢の家の隣にあった。
今まで気がつかなかった自分もどうかと思うが、気がつかないくらい心失していた原因がまゆ本人だったのだから、ある意味仕方がないと言えた。
賢は部屋を片付けながらも、その時点ではトリプクリップ班として、『喜望』に入ることを決めていた。
知己たちからすれば、それはただ帰るだけなのだろうが。
そんなトリプクリップ班は、コウとヨシキを失って解散、ということになっている。
入るにしてもほかの班に吸収、という形になるらしい。
一方、そんな二人のおかげもあって(それは、後でマチカ本人から聞かされた)マチカは健在ではあったが、カーヴ能力者としては、微妙な位置らしかった。
『喜望』の見解では力の大半を失い、今までと比べたらいつ落ちてもおかしくない状態らしい。
それは珍しいケースで、桜枝家という血筋もあるのだろう。
何せ、マチカ自身はBクラスの能力者だが、コウやヨシキたちもマチカの能力の一端だと考えると、Aクラスの力を一つ、Cクラスの力をもう一つ、常に発動しているようなものだったのだから。
三重詠唱のできる天才が、普通に戻った。
と言えばそれまでなのかもしれないが。
賢はもしかしたら、二人はただのファミリアではなかったんじゃないのかって、そう考えていた。
自分にとってまゆがいたように。
マチカを、一人になったあの日から、ずっと見守ってきた存在なのだと。
まあ……今となってはその真実も闇の中、ではあるが。
しかし、今回の件で、マチカは母親から『喜望』の仕事を引退するようにと言われているらしい。
賢にもそのほうがいいとは思ったが、決めるのはマチカ自身だ。
賢がどうこう言えることでもなかった。
ただ、どちらにしてもまゆの意志を、トリプクリップ班の意志を継ぐつもりだった。
だけど、その時かかってきた一本の電話で、賢は少し考えを改めることとなる。
「はい、ええと、鳥海ですけど?」
家主がもういないはずのこの家にかかってきた一本の電話。
賢がためらいがちにそう言うと。
『初めましてでいいのかな? ほんものの賢さん』
「あ、レミか。……ええと、はじめまして?」
賢は出た相手、真琴のマスターである『レミ』の名を呼び、疑問系で返す。
賢としては、まゆの記憶もあるので、はじめましてという感覚はなかったが。
「そうだ、真琴、ちゃんと帰れたと? 知己にぃに会ったらしいんだけど、
なんか微妙にはぐらかされてさ」
「だいじょうぶだよ。ちゃんと帰ってきたから」
すると、ストレートにそんな言葉が返ってくる。
たとえその声色に陰りがあったとしても、そこまではっきり言われてしまえば何か問いただすのもおかしい気がして。
賢はそうか、と一言だけ頷いておいた。
『それでね、わたしたちの本来の使命、なんだけど……』
その話はおしまい、と言った感じで話題を戻すレミ。
けれど、続いて発せられたその言葉は。
賢にとって興味深いものであったから、そのまま話に乗ることにして……。
その後二人は、ほんの短い時間だったが、話をした。
自分たちのこと、これからのこと。
そして、『パーフェクト・クライム』の真実について。
それで気がついたのは、自分が思っている以上に、この世界へ導いてくれたまゆ自身のことを知らない、ということだった。
まるで、自分のことなどどうでもいいことのように、受けついだ記憶には、賢のことばかりで。
だから。
電話を終えた時には、賢がこれから進むべき道は決まっていて……。
※ ※ ※
一方麻理は。
自宅での旅支度を終え……瀬華の実家である喫茶店、『黒姫』にいた。
瀬華の剣と、法久を持って。
それは、タイムリミットの夕方を前に、一度『黒姫』に集まることになっていたからだ。
だが、まだお昼前で時間が早いこともあり、賢や正咲は来ていなかった。
瀬華の母、愛華と二人きり。
緊張するなと言っても無理な話だった。
気を遣うつもりが、気を遣われるほどに、愛華は明るく振舞っていたから。
あまりにもいつも通り過ぎて、不安になるくらいに。
そんな麻理は、瀬華の部屋での片付けを終えたあとに、お昼前のお茶に誘われ、
愛華と対面になる形で、カウンター席にいた。
「いつものでいいの?」
「あ、はい……」
麻理がこくこく頷くと、愛華は苦笑してカフェオレを二つ、カウンターに置く。
麻理は剣と、未だ何故か動かないままの法久をカウンターの脇に置き、それを遠慮がちに飲みながら、何を話せばいいのか考えていた。
しかしいざとなると、なかなか言葉が出てこない。
すると、そんな様子の麻理に気づいたのか、愛華が先に口を開く。
「麻理ちゃんは、賢くんのこと、好き?」
いきなりとんでもないことを言われ、麻理は吹き出す。
「な、なな、何を言ってるんですか、そ、そんなっ」
「瀬華はね、好きだったんだよ」
「……え?」
言われ、麻理ははっとなる。
愛華の表情は笑顔のままだったけど、その口調は真剣だった。
「そ、そうだったんですか?」
「ええ、間違いないわね。すぐにわかったわ。だってそうでしょ? 男女の友情なんて、あってないものなんだしさ」
「そ、そんなこと……そんなこと、ないと思います」
何だか自分たちの関係を否定されたような気がして、麻理は少しむっとなって言葉を返す。
「そうかな? だって友達って宣言できるほど好きなのよ? その先を考えないわけ、ないんじゃないかな」
「あぅ」
男女の友情は成立しないとはよく聞くけれど、そういう見解を聞いたのは初めてだった。
成り立たないのではなく、それはただの通過点にすぎないのだと、そう言いたいのだろう。
「瀬華がね、私の手の届かないところに行っちゃって……私に残ったのは後悔ばかりだったけど。何より気持ち伝えられないままだったって気づいたとき、何より悔やんだわ。あの娘にバンドを薦めたの、私だったから。私たちは、バンドを組んで、仲間と過ごして、弱い自分を変えることができたから……瀬華も、そうなればいいってね。それから、新しい仲間に出会えて、新しい世界に飛び込んで。確かに瀬華は変わったわ。……でもね、とことん恋愛に冷めた、男嫌いになっちゃったのよ。だから、今になって思うのよね。これで、本当によかったのかって。私の押し付けの選択、間違ってたんじゃないのかなって……」
愛華が、言い切ると、その場に沈黙が下りる。
こんな時、どう言葉を返せばいいのかと、考えて。
「……たぶん、ですけど。間違ってなかったんじゃないかなって思います。だって、伝えられなかったこと以上に、大切なこと、大事なこと、知ることできたんじゃないかって思えるから。だから……愛華さんが気に病むこと、ないと思います。お母さんは悪くないよって、瀬華ちゃんも言うと思うから……」
「……ありがとう。そう言ってもらえると、救われるわ」
笑顔のまま眦に涙を浮かべ、そう呟く愛華。
最初は戸惑うことも、あったけど。
言いたいことが言えて、よかったと。
麻理は愛華の表情を見て、そんな事を思っていて……。
(第152話につづく)
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