第150話、自画自賛の正体に林檎(ごいんだ)の花を添えて
知己が、若桜町に詰めていた『喜望』の仲間たちをつれて、やってきた時。
知己が見たのは、アカシアの樹の下で、追い詰められていた賢たちの姿だった。
しかも、一様に意識がない様子で。
はっとなり、駆け出そうとしたその瞬間。
まだまだ開花には先だったはずのアカシアの花びら……黄色の花びらがぱあっと咲き始めた。
巨大な樹木とは対照的な綿毛のような可憐な花びらを開いていく。
巨大な樹木のすべてを飾り立てていく。
次々に花が咲いていき、誰もがその光景に目を奪われた。
そして、花が満開になった瞬間。
花びらが、七色の光を放ちだして。
その場にいる全員を、包み込んでいって……。
「っ!」
息を呑む声。
まるで、その光に跪くように、皆が崩折れる。
知己は、その様を同じく息を呑んで見つめていた。
もしかして、この光が【深花】の力なのだろうか。
片手で、太陽のように眩しい光を遮りながら考える知己。
しかし、その答えは出てくることはなかった。
何故なら、光が止んだその時。
寸前まで賢たちを追い詰めていた町の人々が。
今まさに我に返ったかのように、自分を取り戻したからだ。
まるで、皆の欲望を刺激した、【深花】の力など、初めからなかったかのように。
その違和感に気づいたのは。
あらゆる能力を拒絶する、知己だけだったのかもしれない。
もれなく目を覚ました賢たちも、突然追い詰めることを止めた町の人たちに対し、戸惑う様子を見せなかったのだから。
そうして、あまりにもあっけなく。
【深花】の力は、この町から消え去っていった。
その裏で、もっと大きな秘密があることを悟られぬように。
正しく、身代わりとなって。
それから……。
次の日のことだった。
知己の、《これからも、『喜望』として戦ってくれるかどうか。もしそのつもりがあるなら、今日の夕方に駅へ来てほしい。その気がないのなら、己たちのいる世界のことは忘れてほしい》……そんな言葉があったのは。
それは知己の気遣い、だったのかもしれない。
誰かを失うような……そんな辛いことで、もうこれ以上苦しむ必要はない、という。
だから賢たちは、どちらを選ぶのか選択するために。
それぞれが、思い思いの時を過ごした。
正咲は一人、自宅にいた。
自宅の、カナリの屋敷によく似た、《秘密の庭園》と呼ばれる、その場所に。
正咲はその時はまだ、どうすべきなのか決めかねていた。
正咲としてこの先行動するのか。
ジョイとして、使命を果たすのか。
『最後のアドバイスにやってきたぞ~』
と、じっと正咲が花々を見つめ考え込んでいると。
空から、あの魂の異世から出てから聞いていなかった、『ピカピカの人』の声がした。
見上げると、その時とは別の、小さなロボットの姿が見える。
「最後?」
『ああ、法久はああ見えても天才だからね。こうして俺がハッキングしてこれるのも、これが最後なんだ』
一瞬の沈黙。
それは、彼とこの世界との別れを意味していたから。
そして、その瞬間に自分を立ち合わせたのには意味があると、正咲はそう思ったからだ。
『こうして、透影さんは自分を取り戻した。さあ、いよいよ未来への扉探し、だね』
「あ、そっか……」
自分がここに来たのは最初の理由。
確かに思い出を取り戻し本当の自分になったし、この町で起こった事は、終わりを迎えたけれど。
この世界そのものの危機、というのはまだ終わっていないのだ。
『パーフェクト・クライム』の真実を知った以上、何もしないわけにはいかなかった。
「でもさ、きみがジョイを未来につれてってくれればいいんじゃないの?」
『ははは。それができれば苦労はないよ』
苦笑するしぐさを見せるロボット。
シュールな光景だったが、そこには彼の複雑な感情が含まれているのがよくわかる。
でもそれも、仕方のないことなんだろう。
これから正咲が目指す未来と、彼のいる未来は違うのだから。
『まあ……それはいいとして、早速本題だけど。実はね、時空の扉が開いたという記憶が、残っている場所があるんだ』
「どこ?」
『……信更安庭学園さ』
それはちょっと前まで、心失していた自分がよく足を運んだ場所だった。
賢たちのような大切な友達にも引けを取らない、大切な人と出会った場所。
「もっと早く言ってよぉ」
『いつこれるかも定かじゃなかったんだから、仕方ないさ』
ぶすくれる正咲に、再び苦笑いするロボット。
やっぱり何度見ても、シュールで不思議な光景で……それがお別れの瞬間。
『んじゃ、またね。竹内さんにもよろしく言っておいて。おいしいごいんだのジュースでも用意して待ってるよ。まんまるほっぺのような、赤いやつをさ』
「あ……」
そして。
正咲が、彼の正体に気づいた時には。
彼はそこからいなくなっていた。
元に戻った、法久の姿を模したダルルロボだけを、残して……。
(第151話につづく)
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