第149話、心に入り込み棲まう似た者同士、ほんとうは……
光に視界が白一色になり、何も見えなくなり。
再び目を開くと。
そこは知らない世界、だった。
赤い空。
赤黒い、何でできているのかわからない大地には、まるで頼りない毛細血管のように枝分かれした道が張り巡らされ、あちこちに伸びている。
その先は同じ材質の高くそびえる壁のようなものにさえぎられ、その先がどうなっているのか分からない。
見えるのは、赤い空と赤黒い壁と地面だけ。
そこはまるで、深いダンジョンにでも入り込んだかのような……なのに見た目ほどの不安は感じられず、どこか懐かしく、温かさすら感じられるような不思議な感覚になる世界だった。
「なにこれ……」
ぼーっとつぶやく正咲。
「たぶんだけど、魂の世界、じゃない? ここにいるみんなの心の異世。ちょっと、『パーフェクト・クライム』の力が強いみたいだけど」
だから一見、おどろおどろしいようにも見えるのに、どこか安心する部分もあるのかと、賢は納得しかけ……思いもよらない、それでいて切望していた声を聞いて、はっとなる。
「瀬華ちゃん! よかったよ~。 無事だったんだね!」
と、その声の主、瀬華にそう叫んで抱きつくのは。
またもや驚きと、期待をしていた人物……麻理、だった。
「いや、無事っていうか……って、ちょっと!」
そこに、泣きながらうわーい! と子供のようにダイブする正咲。
そのままもみくちゃになって、ごろごろ転がる。
「まじかよ……」
賢が、そんな風に半ば呆然としていると。
『美少女たちの歓喜の抱擁。よきかなよきかな。君も参加しなくていいのかい?』
「どわぁっ!?」
何だか妙に力の入った、知らない声に賢が振り向くと。
そこには虚空に浮かぶ、青びょうたんのようなぬいぐるみの姿があって。
思わずのけぞると、青いそいつは、にやっと笑ったような気がした。
それから、突貫だー!なんて青いぬいぐるみともども、賢が歓喜の再会とやらにもみくちゃにされた後。
今の状況についての話し合いが行われた。
そしてその結果。
瀬華の言う通り、この場所は、よくわからないけどみんなの心がつながった異世、ということでとりあえず落ち着いた。
でもって、場所なんかおかまいなしに、瀬華のことについての話になった。
『パーフェクト・クライム』によって命を落としたこと。
自らの力で、剣に魂が封じられていたこと。
知己の力を借りて、黒姫瀬華という自分を一時的に取り戻したこと。
そして、その期限が切れて、今はまた魂の状態だと。
つまりはそういうこと、らしかった。
しゃべっている途中で、瀬華は泣きながら何度も何度も謝った。
隠していたこと。だましていたこと、いろいろ。
でも、そんなこと、当然賢たちに責められるはずもなく。
再会の喜びもつかの間で、どうしようもなく沈み込んだ雰囲気の中。
それまで蚊帳の外にいた、青くてしゃべるぬいぐるみが、口を開いたのだ。
『だけど……問題はそれだけじゃない。そうだろ、竹内さん』
四人ははっと顔をあげ、そして麻理に注目が集まる。
「あ、うん。ごめんね。わたし……わたしの魂ね、『パーフェクト・クライム』さんにつかまっちゃったみたいなの」
あまりたいしたことでもなさそうに、あっけらかんと、そう言う麻理。
そこで初めて気づいたのは……麻理の背中から伸びる、この世界と同じものでできた紐のような何か、だった。
「な、何よそれっ!? いつの間に……」
「きれないの?」
「あ、うん。もうわたしの一部になってるみたい。切ったら痛くて死んじゃうかも」
「麻理、お前何そんなっ……言ってる意味、分かってると!?」
賢は、思わず叫ぶ。
それはつまり、麻理の意思はどうあれ『パーフェクト・クライム』の思惑通りになった、ということなのだから。
パームの……町の思惑通りに、麻理が麻理として存在できなくなってしまう。
そういうことだったから。
賢は、沸きあがってくる感情がなんなのかよくわからなくなっていた。
それが、怒りなのか悲しみなのか。
しかし、麻理はそんな賢を見ても穏やかなままで頷いてみせて。
「うん、わかってるよ。だってこれはわたしの意志だもん。最初はね、瀬華ちゃんのことがショックでっていうのもあったんだけど……『パーフェクト・クライム』さんと、一瞬心が繋がってわかったの。やっぱりこのひとは、わたしと同じなんだって。同じ苦しみを、持ってるって。だから、何とか力になってあげられないかなって、そう思ったの。たぶんこれは、わたしにしかできないことだと思うから……だからわたしに、この人を探してほしいって、そう言ったんですよね?」
言って、麻理は青いぬいぐるみを見る。
ぬいぐるみは、鷹揚に頷いてみせたが。
「今更だけど、麻理にそんなことさせたの、法久だったの?」
ちょっと怒ったように瀬華がそう聞くと。
青いぬいぐるみはちっ、ちっと首を振り。
『ふ……それは違うよ、黒姫さん。俺は違う。未来から来た、ナイスガイさ』
「あーっ、思い出したぁ! きみ、いつかのピカピカ光る人!!」
軽い口調でそう否定するぬいぐるみに、何か気づいたのか、正咲が突然叫ぶ。
『おお、やっと気づいてくれたのかい、透影さん。そう、俺だよ。君の世界を救ってくれとお願いしたナイスガイはね』
「じゃあ何? 法久は? しかも未来って……」
『ああ、法久君には悪いが、回線を乗っ取らせてもらってるのさ。……未来からね』
麻理も、正咲も知り合いのようで、何だか雰囲気が和やかなものになる。
だが、どうにもうさんくさかった。
未来、などといっているが、目的はなんなのだろうと。
何でここにいるのだろうと。
「あんた、何者とね? いったい、何たくらんでると?」
「言ったろう? 未来から来たナイスガイだって。未来から、この世界を救うためにやってきた、ね。別に信じなくてもいいよ。『春の天使の末裔』の賢くん? 確かに俺は救うためにやってはきたが、もう新しいサイは投げられてしまった。この世界がこの先どうなるのかは、実は俺にはもう分からないんだ。もう、俺の住む未来とは違ってしまったから……』
「……」
ぬいぐるみは、まゆの記憶を授かるまで知らなかった、『賢自身のこと』まで語りだす。
確かに、高みからでなければ他人が知りようもないことを。
「まあ、あんたのことはよかばい。問題はこれからどうするか、とね」
あまり突っ込まれたくないところなのもあって、賢が話題を戻すと。
ぬいぐるみは笑みを浮かべて。
『そうだね。まずは『パーフェクト・クライム』のことを知る、というのはどうだろう?』
そして、麻理のほうを見る。
正確には、麻理に繋がっているその紐を。
「あ、そっか。これをたどっていけば会えるんだね、『パーフェクト・クライム』さんに」
「……」
さりげなく麻理にそう言われ、思わず息をのむ賢。
それは、よく考えてみれば気づくことだった。
これをたどっていけばそこにいるはずなのだ。
すべての元凶とも言える、『パーフェクト・クライム』……あるいはその術者が。
「行って、どうするつもりなの?」
「んとね。ちゃんとお話してみようと思うの。今はお互いに知らないことが多いと思うから……」
真意を問うように聞いてくる瀬華に、麻理は考えながらも、きっぱりとそう言い切った。
「お話、聞いてくれるかなぁ」
正咲の、もっともな言葉。
賢は、ちょっと苦笑して。
「言ってみればわかるとね。蛇の道はなんたら、虎穴に入らずんばってやつたい」
そう答える。
麻理が話をする、そう決めた時点で、四人の行動は決まっていたから。
だから……。
四人は頷きあい、歩き出す。
『パーフェクト・クライム』の心へ。
そして……。
知ることになるのだ。
この世界の行く末と。
『パーフェクト・クライム』の真実を……。
(第150話につづく)
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