第148話、明けない夜が来る事はなく、そして僕らの夜が明ける


そして。

外から窺う限り、深く寝静まり閑散としているように見えた商店街に踏み込んだ途端。


いきなり天井の照明が灯り、それと同時に店の影や路地からものも言わずに何人もの男が姿を現した。

 


「っ……」


賢たちが町の外へ逃げ出すことを想定して、あらかじめ張っていたのだろう。

男たちは賢たちを取り囲み、じりじりと包囲を狭めてくる。


「けんちゃん、後ろも」


今入ってきた入り口にもいつのまにか数人の男が現れていた。

はっとなり、賢たちは商店街の路地に駆け込む。


「捕まえろ!」

「絶対逃がすなよっ」

「全員だぞ!」


男たちが怨嗟に塗れた声で追いかけてくる。

声に呼応して、商店街のあちこちから足音がこちらに駆けつけてくる。

どの方向からも足音が聞こえてくるようで、不安を煽る。

一般人相手に、能力を使えないのが地味にきいてくる。


賢たちは、商店街を逃げ回った。

町の反対側に出たかったが、それすらままならない。


商店街を通るのを諦め、まずは彼らの目をくらまそうと思って街中に逃げ込んだ。

しかし、麻理を背負いながらの行軍はやはり厳しい。

すぐに逃げ場を失っていく。

町に関しては、連中のほうがずっとよく知っているようだ。


町を出るための道は全て押さえられていた。

一度は海を海岸沿いに泳いで渡ることも考えたが、海岸へと至る道さえ押さえられていて。


パームの息のかかったものたちの追跡は執拗だった。

何度も見つかっては逃げた。

曲がり角で真正面から出くわすことも一度や二度じゃなくて、そのたびに掴まりそうになる。



「くそっ! こっちはダメばい!」

「あ、また来たよ!」


賢たちは次第に、さっき逃げてきたばかりの穂高山のほうへと再び追い詰められていった。

山の麓に出たら、人手の薄そうな場所から山に入り込む。

だが、パームの手の者はすぐに追いついてきた。

まるで、賢たちがどこにいるのか分かっているかのように、賢たちの方へ集まってくる。

多勢に無勢だった。


それでも賢たちは、次第に近付いてくる怒声や足音に追い詰められながら、町並みの見える高台……一本の大樹のある場所までやってくる。


気づけば辿り着いたそこは、深花の力を発現されるための場所。

アカシアの樹の立つ丘。

麻理の、AAA能力者としての、二つ名の由来でもある。


アカシアの樹は、丘のちょうど先端にあるのだが、その向こうは崖だった。

だから丘を取り巻く森の中へ何とか逃げ込もうと考えていたのだが……

そんな賢の思惑は、見破られていた。

それ以前に、囲むの人数の方が多かった。



「逃げ場所ないよ! どうしよう!」

「諦めるんじゃなかっ」


法久と瀬華の剣をぎゅっと抱えながら悲鳴のような声をあげる正咲を、賢は叱咤しながら麻理を背負いなおし大樹のほうへ駆け込む。

しかし、強気に言葉返しつつも、賢にこの状況を打破する策が浮かばなかった。



「やめなさい! あの子たちには手を出さないで!」

「いい加減にしなさいよ!あの子たちが何をしたって言うのよ!」


闇雲のような人ごみの中から、賢たちの味方……抵抗してくれている人たちの声も聞こえてくる。

賢たちをまだ守ろうとしてくれている。

だから、諦めるわけにはいかなかった。


いかなかったのだが……賢たちにできるのは、ゆっくり包囲を狭めてくる者たちから、あとずさりすることだけだった。

やがて、賢たちはアカシアの樹の下へと追い詰められる。

何十年もの間、《深花》に選ばれし娘たちが儀式と称して贄となってきた場所。

無論、賢にとってみれば、そんなことは知る由もなかったが……。


パームの手の者たち……よく見ると顔見知りの町の人もいたが、その相貌は妙に無表情に見えた。

本当なら、そんなことはなくて、様々な表情をしているのだろう。

でも今の賢たちには、追い詰めてくる彼らの顔はみな一様に、黒塗りの顔に見えた。

まるであの、赤い粘土のような怪物と同じで、言葉が通じないような気さえしたが……。



「いい加減目を覚ましてくれ! 僕たちを追い詰めたって、『深花』の力なんて使えないぞ! パームのやつらに騙されてるんだ!」


それでも賢はまゆの記憶を駆使しつつ、説得を試みようとする。

半ば、無駄だと分かっての言葉だったが……。


「もう遅い。『パーフェクト・クライム』を知るもの殺して、『深花』を手に入れ、お前たちの記憶も完全に消させてもらう。あそこでお前らを守っているやつらもまとめてな」


賢たちをつかめるほど近くで取り囲んでいる人群れの中で、何者かが言った。


賢の顔から血の気が引く。

賢たちが、マチカたちに任せて逃げていたのは、みんなは心配いらないと考えていたからだ。


それを聞き決心したようにささやいたのは、正咲だった。



「ジョイ、歌を……力を使ってみるよ」

「え?」


賢は驚いて正咲の顔を見つめる。


「お前、なに考えて……!」


賢が聞き返すと、正咲はにこっとほほえむ。


「だって、ジョイ、みんな守りたいから」


それはつまりカーヴ能力者としてのタブー。

能力者でないものに力を繰り出す、ということを意味している。


完なる罪と、同じ道を歩むということ。

正咲はそう言って、目を静かに閉じる。

そして深呼吸すると、正咲の身体が淡い光を帯び始めた。



「うおっ!」


人壁に動揺が走る。

今にも賢たちに手を伸ばそうとしていた前のほうにいた連中が恐怖に顔をゆがめてあとずさる。

それを受けきれず、人壁のあちこちで人が転倒し、ひきつるような悲鳴が聞こえた。


「やめろ正咲! それがどういうことかわかってるとね! そんなのが、歌なもんか! お前の大好きな歌は、そんなものだったとね!?」


賢は、正咲の歌が好きだった。

人間が、人間の力だけで作り出せる、夢が、希望が、愛が。

それを、人を傷つけるために使うなんて、許せなかった。


だから叫んだ、声の限りに。

瀬華だって麻理だって、そんなことは望んでいないはずだったから。


すると。

正咲の身体から、淡い光がスウッと消える。


「……ごめんね。やっぱりジョイ、歌えないや」


正咲が、賢の顔を見て、恥ずかしげに笑う。


「それでいいとね。正咲の歌、あとでいくらでも聞いてやるけん。一緒に歌うのもありとね」

「うんっ、そうだね」


二人はそう言って笑いあう。


だが賢たちが笑ってるのを見て、今の今まで恐怖に駆られていた連中の顔に、再び怒りが走る。



「こ、この化け物がぁ!」

「いいからぶっ殺せ!」


怒気の塊となった人波が賢たちに押し寄せる。


「やめなさい!」

「くっ、こうなったら私がっ!」


マチカや、四人の中では唯一存命である瀬華の母、愛華の声まで聞こえるではないか。


せめてみんなには今のうちに逃げて欲しいと、賢は思った。

あるいは、知己さんなら彼女らを守ってくれるはずだ、と。


賢は、正咲を、麻理を、瀬華を、お互いを強く抱きしめる。

死んでもこのぬくもりは離さない。

そう、思って。



そんな賢たちの身体に、乱暴に手がかけられる。



……と。


その時だった。

山の稜線から一筋の光が差し込んだのは。



それは、朝日の最初の一筋。

落日と、対をなすもの。


その光は、まっすぐにアカシアの樹に突き刺さる。


そのまま麻理を照らし、瀬華を照らし、正咲を照らし、賢を照らしていって……。




            (第149話につづく)







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