第152話、いつかまたの別れと、予想外のメンバー構成



と。


「こんにちわー」

「麻理ちゃんおまたせ~」


まるでいつもと変わらない様子で、賢と正咲がやってくる。


その日の昼食は、『黒姫』特製のサンドウィッチと、パスタだった。

それは今日が、叶わないはずだった日常の終わりであることに。

気づかないふりをするかのように、にぎやかないつもの昼食で。


食べ終わった後、おもむろに賢は口を開いた。



「知己さんたちと行くのか、そうでないのか、考えてきたと?」


それに正咲も、麻理もはっきりと頷く。

賢はそれを確認してから、本題を告げた。



「これは別れなんかじゃない。僕たちの関係だって、壊れたりしない。そのための行動だから……どこにいたって、たとえ離れ離れになったって、僕たちは一つたい。このことだけは、忘れるなよ?」

「相変わらずえらそうだよね、けんちゃんて」

「うっさいな。だからそうやって真剣な空気壊すんじゃなか。いつものことだけど」

「ふふっ」


ぼやく正咲に雰囲気を壊されて、ちょっとおかんむりの賢。

それを見て笑う麻理。


でも、そこには瀬華の姿はない。

なのに、欠けていると感じないのは。

麻理が、瀬華の剣をずっと離さないままでいるからだろうか。


瀬華がそこにいないこと、堪えていないわけじゃないだろう。

なのに、そこに空虚は存在しなかった。

本当に死すらも、お互いを分かつことなど、できないかのように。


この夏の始まりのように。

いないはずの瀬華が、再びひょっこり帰ってきそうな、そんな気さえする。


少なくとも、彼らは絶望していない。

前に進もうとしている。


それが、なんだか巣立つ雛を見送る親のような、さびしくて頼もしい光景に、

愛華には、写って。





そうして、約束の時までもうすぐの頃。

賢たちはやっぱりいつものように、遊びに行くかのように。

「また」の挨拶をして、『黒姫』を出た。

それを、笑顔で見送る愛華。


と、何を思ったか、麻理が剣とぬいぐるみを抱えたまま戻ってくる。




「愛華さん」

「どうしたの? 忘れ物?」

「えっと……その、その」


ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、何も語らない麻理。

愛華は、ほころぶような笑みを浮かべると、そんな麻理を抱きしめた。



「ぁ……」


こわばって、されるがままの麻理。

そんな麻理をあやすように、愛華は言った。



「あなたは……あなたたちは、私にとって、みんな大切な子供よ。だから甘えたくなったら、いつでも帰っていらっしゃい。私はここで、あなたたちの家で、待ってるから」

「うん、うんっ」


あたたかいぬくもりに、涙がこぼれる。

それは、お互いに。



「うう゛う゛っ……おかあさ~んっ!」

「おいおい」


それに感極まって、誰よりも一番ぼろぼろ涙の正咲が、二人のもとへと駆け出す。

賢も苦笑しながらゆっくりと続き、空を見上げていた。



青空から、あたたかい色に染まり始める落日に向けて。


瞳からこぼれる、あたたかいものを、こらえながら……。





          ※      ※      ※





知己は若桜駅のホームで、待っていた。


待ちながら今まで起きたことを、思い出す。


また、多くの犠牲を出してしまった。

それでも分かったことは、パームが正真正銘、『パーフェクト・クライム』とのつながりがあるということと。

『パーフェクト・クライム』のことを無意識に知己が恐れるように、『パーフェクト・クライム』が、自分を恐れているらしい、ということだけだった。


それは、『喜望』としては大きな情報だろう。

大義名分もできた。

これで、こちらからの攻勢も可能になる。


ただ、それとは別に、沢田晶と呼ばれた少女が『パーフェクト・クライム』のことを知っているらしいことが分かった。


何故知ったのか……何故それを教えてくれなかったのか。

聞けば教えてくれるのか、知る必要があった。



しかし。

知己個人としては、戦えば戦うほど増える犠牲者に、耐えられなくなってきている自分を確かに感じていた。


賢たちに去るも来るも自由と、一日猶予を与えたのは。

次々と倒れていく仲間たちを見ていたくなかっただけなのかもしれない。

自分を嘘つきに、したくなかっただけなのかもしれない。




「こんなんじゃだめだ。しっかりしろ、己」


そんなマイナス思考を振り払うように、知己は両頬を叩いて、自分を叱咤する。

何しろ、戻ったらこんなこと言っている暇なんてないだろうからだ。


ここで、かなりの時間を過ごしてしまった。

敵側の多くもここにとどまっていたとはいえ、ほかの場所の様子が気にならないわけではない。


何より、どこもうまく連絡が取れないのは、いたかった。

麻理に取られた(気に入ったのか、ずっと離さないので)法久が、帰ってこないのも、理由の一つではあるのだが……。



と。


「お待たせしました」


そう、声がかかり知己が顔を上げると。

そこには三人の姿があった。

たがそれは、知己の予想していなかった組み合わせだった。




「竹内さん、桜枝さん、それからえっと……七瀬さん、だっけ」


賢と、正咲の姿がなかった。

それがいいのか悪いのか、知己は心中複雑である。


理由を深く問いただそうとは思わなかったが。

二人とも、『喜望』に所属する意思はあるらしかった。

ただ、行かなければいけない場所があると、麻理によればつまりはそういうことで。



麻理は……『アサト』として(知己はもうそう呼ぶ気はないが)、もともと麻理さえよければ仲間に加える予定だったので問題ない。

というか、法久を預けている以上、いてもらわなければちょっと困るという打算もあったのだが。


しかし、残りの二人はちょっと予想外だった。



「二人ともいいのか? ここに来た意味、分かってるのか? まあ、それは麻理ちゃんにも言えることではあるけど、いつ死んだっておかしくないんだぞ?」


知己としては、彼女たちをそんな目に合わせるつもりは毛頭ないが、これは相手の覚悟の確認、そういう意味があった。



「はい、わかってます」

「私はもともと『喜望』の一員ですし、問題ありませんわ」


強い意志を瞳に秘めた、麻理とマチカ。

お互い背負うものがあるゆえの、決意なのだろう。


「あ、えっと。その……私は、二人みたいに前線に出れるような強い力が使えるわけじゃないんですけど、何かできることがあればって、そう思ったんです。後、お父さんと、かっちゃんのいた場所を知りたかったんです。それに、もともと死んだはずの命ですから」


そして、二人に負けない奈緒子の瞳がそこにある。

お父さんはともかく、何故にかっちゃん? と知己は思ったが。


後で聞くことによると、瀬華や榛原会長と同じバンドのメンバーでもあった、かっちゃんこと塩崎克葉と、なんと奈緒子は付き合っていたらしい。

かっちゃん先輩、まじもんのロリコンじゃないっすか……とは、自分にも跳ね返ってきそうなので口にはしなかったが。



ともあれ彼女たちを、知己は止めることはできないだろうな、と思っていた。

止められないのなら守ればいいと、そう考えた。

できる限り以上の、全力で。

 

それはきっと、上に立つものとしての責任だ。

そう、知己が内心決意をして頷きかけた時。

 

 


「ぬおお~! 侵略者め、侵略者めーっ! ペケポンはおいらが守るでやんすよーっ!!」



雰囲気をぶち壊すかのような、突然の法久の復活。



それが。

新たな物語の幕上がりの合図であると気づかされるのは。

それからすぐのことで……。




           (第153話につづく)

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