第二十一章、『まほろば~Too Lateその1~』

第153話、まほろばとアカシャの分岐点


―――八月末、某日。


知己たちが若桜町に来て、季節が変わろうとしていた。

知己たち一行は、その時間の長さを実感しながら、金箱病院へと向かっている。

 

夜の帳の降り始める、電車の中。

包むのは、不安と焦りから来る静寂だった。


知己は難しい顔のまま黙り込み、じっと外を眺めている。

半分以上の力を失い、何もできない自分自身に打ちひしがれているようにも見えるマチカ。

勢いでついてきてしまったものの、予想を遥かに超える事態の大きさに、ただ戸惑いを隠せない奈緒子。

 

そんな中麻理は、目立たないようにその静寂に溶け込みつつも。

一人だけ、いやに冷静な自分自身を自覚していた。

 


(やっぱり、一人は辛いかも)

 

それが申し訳なくて、いたたまれなくて。

やはり何も言えず、うつむくばかり。

緊張感すら感じられる静寂の中、ただひとつせわしなく動く音。

それは、抱えた法久が、今までの遅れを取り戻すかのように情報整理をする駆動音だった。



全てが終わった気でいた。

自分たちの想い出と、絆は守られた。

このままめでたしめでたしであったのなら、どんなによかっただろう……そう思う。


だが、知ってしまった。

もとは自分の我がままで始まったこの長い時間に、隠された意味があったことを。


全てが終わるのはこれからで。

誰かが言った『時間は等しく過ぎている』ってことを、嫌というほど思い知ることになるのだと。

 

それは、戻ってきた法久が、二言目に口にしたことから始まっている……。

 



 


「たいへんでやんす、たいへんでやんすよっ!」

 

急に復活を遂げた法久は、開口二番でそう叫んだ。

 

「どうした? ほかの班に、なにかあったのか?」

 

知己は、緊急事態を知らせる警報機のように喚く法久にそう問いかける。

しかし、それは少し白々しい部分もあったかもしれない。


若桜町で多くの時を過ごしてしまったのは事実で。

それがいいことにしろ悪いことにしろ、何かないはずはないのだから。

 


「とにかく、これを見るでやんすっ!」

 

そう言って法久が一回転し、開いたモニターに映し出されたのは。

それでも、予想を遥かに超える光景だった。


 

「病院が、凍ってる?」

 

それは、上空から引いて、金箱病院を映したもののようだった。

奈緒子の呟きそのままに、広大な敷地を誇る病院が、透けてはいるが相当な厚さだとモニター越しでも分かる氷山に覆われているのが見える。



「これだけの規模、相当な能力者ですね」

「そうでやんすね。でも、これって異世じゃなくて現実で起きているもの、なのでやんすよ」

「……っ」

 

モニターを映したまま、さらに事の重大さを知らせる法久の言葉に。

マチカだけでなく、その場にいるものは一様に息を呑む。

 

若桜での事件の時も感じたが。

敵方……パームは、いよいよ能力者だろうが、そうでない一般の人たちだろうが、なりふりかまっていられなくなっているらしい。


だが、この氷山。

これほどの規模を保っていられるほどの、剛の者の使い手は限られているはずだった。



「法久くん。この能力、スキャンしてみたか?」

「もち、でやんす。能力名は【羅刹回帰】。能力者は塩崎克葉。恐縮ながら、予想してる通り、でやんすよ」

 

やはりな、と呟く知己。

それは、当然の帰結だったのだろう。

 

あの時は偽者だったが。

克葉はSクラスとして蘇ってきたと、そう言っていた。


そんな克葉を、本物だとしばらく思い込んでいたのは、その蘇っているということが事実なのだと。

心のどこかで、魂のどこかで、感じていたからなのかもしれない。

 


「中に、みんないるのかな。それとも……」

 

別の場所に避難しているか。

呟く麻理に、モニター越しの法久は頷くような仕草を見せて……

 

「一応、残ってた限りの過去の映像を掘り起こしてみたでやんす。それによると、七月の初めの頃に、カーヴ能力者に直接関係のない患者さんやスタッフのほとんどは、金箱病院から転院してるみたいでやんすね。理由は不明でやんすけど」

 

そんな事を言う。

パームも、それを分かっていて氷山を作ったのかは分からないが。

逆に言えば、カーヴ能力者に関係のある者は軒並み中にいるという可能性を示唆しているわけで。

 

 

「連絡は入っていないのですか? 知己さん」

 

と、そこでマチカがもっともな事を聞いてくる。

確かに、連絡手段は何も法久だけではない。

知己なら、連絡用の携帯を持っているはずだった。

 

「……いや、とっくに確認したよ。ただ、運の悪いことに、己ごと携帯の存在を忘れられてたみたいでね。ずっと携帯、電池切れたままだった。当然、着信は駄目だな。メールの方も問い合わせてみたんだけどな。携帯がぶっ壊れてるのか、元締めが麻痺しているのか、繋がらないみたいなんだ」


別に知己はそのつもりはないのだろうけど、間接的に瀬華のせいだと言われている気がして。

麻理はなんだかいたたまれない気分になる。

まあ、その通りだと言えばそうなのかもしれないが……。


その場合、謝っておくべきなのだろうかと、黒いサックを握り締め麻理が考えていると。

何もかもが急で、どこかついていけてなかった風の奈緒子が口を開いた。



「かっちゃん、そこに行けばいるんですね?」


思い出すのは、かっちゃんの恋人だと言っていたあの言葉。

克葉がそこにいるのならば、それだけで彼女には向かう価値があるのだろう。



「五分五分、といったところでやんすね。パームには死者の能力を他のものに植えつける能力者がいるらしいことは分かってるでやんすから……辰野稔さんとか、今回の偽克葉さんのような、偽者の可能性も考えとくべきでやんすね。まあ結局、行ってみなきゃわかんないでやんすけど」



慎重なのか、あらゆる可能性を考えているのか、そう言う法久に頷く奈緒子。

しかし、そこには思っていたほどの落胆はなかった。


お互いに、ここへ来た理由をちゃんと聞いているわけではないが、彼女にもここへ来た理由が他にあるのかもしれない……なんてことを思う麻理である。




「金箱病院の状況は分かった。でだ、信更安庭の、AKASHA班のほうはどうなんだ?」


と、そこでまだこれだけでは終わらないんじゃないかって、そんな口ぶりで知己は法久に尋ねる。



「それが、でやんすね」


すると、今度の法久は言いづらそうに言葉を濁して。


「早々に撃墜されてしまったみたいなのでやんすよ。その時の映像データだけは残ってるでやんすけど、ちょっと妙なのでやんす」

「……」 


首をかしげる法久は、なんだか辛そうに見えた。

マチカがコウやヨシキのことを重ね合わせ、なんとも言えない気分になるが、それでも身を翻し映し出された映像は、確かに少し妙な部分があった。


 

信更安庭学園の、天使が棲んでいると噂されている大きな屋敷、その上空。

その時、法久の分身であるダルルロボ……【ロアー】には、その屋敷を覆うようにアジールに酷似した衝壁があるのは分かっていた。


その障壁を調べた結果、ロアーならばそれを通過できることを知る。

なのに、それを無事通過した瞬間、ロアーは撃墜されてしまった。


障壁によってではない。

誰か能力者に気付かれ、打ち落とされたような感じでもなかった。

それはまるで、屋敷そのものに、襲われたかのような感覚。


 

「……」

 

嫌な予感がし、知己はおもむろに携帯を取り出し、勇へと電話をかける。

だが……。

 

「駄目か。電源切ってるみたいだ。法久くんは連絡取れそうか?」

「もうやってみたでやんす。ダメだったでやんすよ。今、代わりのダルルロボを向かわせたでやんすが、すぐには無理そうでやんすね」

「つまり、またしても直接向かわなきゃ、何にも分からないってことか」

 


再び後手後手になってしまっている事実に、知己のそんな呟きは重く辺りに響き。

 

そして……今に至る。

 


知己たちは結局、まずは近い金箱病院に向かうことにした。

こちらの方が急を要しそうである、というのもあったが。

今の急造メンバーで、二手に別れるのを知己が危惧したからだ。

 


「これじゃあ、ついてきた意味、あまりないですね」


自嘲めいたマチカの呟きを否定するでもなく、ただ困ったような顔をする知己。

この先の不安や焦りもあるが、この場の嫌な静寂は、そんなマチカの呟きから始まっていた。



「そんなことないよ。マチカさんがそんな弱気でどうするの?」


その静けさをどうにかしたかったからなのか、無意識に出た、麻理のそんな言葉。

マチカは、まさかそんな事を麻理に言われると思わなかったのか、目を見開いて。



「これじゃあ、どっちが先輩か分からないわね。麻理さんに励まされるなんて思っても見ませんでしたわ」

「なんかとげがあるよね、その言い方ー」


なんて言ってお互いに苦笑しあう。

 

「この面子で顔つきあわせてるの、何か不思議、だよねぇ」

 

人って変わるものなんだなぁと、そんなふたりを見て、奈緒子はしみじみと呟いている。

どっちも、教室で顔をつき合わせている時とは別人に見えるのだから不思議なもので。

 


少しだけ和らいだ雰囲気の中、電車は進むのだった。

 

それでも先のまだ見えない、暗闇の中を……。




              (第154話につづく)






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