第198話、まいそでの天使は、ようやく自身の舞台に気づく
「……おーい、起きて。起きてくれよ~い」
真っ暗な世界。
誰かがリアを呼ぶ声が聞こえてくる。
「まってください~……いま起きるです」
いつの間に寝てしまっていたのか。
リアを呼ぶその声は、リアの知らない声だった。
いつもは自分で起きるか、ツカサに起こされるかのどちらかだったので、何だか新鮮な気持ちになりつつも覚醒を促されて。
「……あれ?」
リアが目を擦りながら辺りを見回すと。
そこはいつもの寝室ではなく、知らない場所だった。
薄いピンクの雲が、空と地面を覆っていて。
「良かった。やっとつながったか」
のんびりと優しい、男の人の声。
昔の、お父さんみたいな声だと、なんとはなしにリアは思って。
改めて声のしたほうに顔を向けると、そこにはピカピカと七色に光ってふわふわと浮かぶ何者かがいた。
「あっ……きみはさっきお庭の上のとこに浮かんでたひと?」
リアは雅や千夏に用があって向かっていて。
その道中、中空に浮かぶ目の前の人物を発見し、話しかけようとしたらいきなり爆発して……。
「ど、どうしたいきなり?」
それから先をリアが考えようとしたら、いきなり頭がぐらぐらになって、目の前が水の中みたいにぼやけていく。
「……えっと、その、ごめんなさいです。よかった、ぶじだったですね」
どうやらリアは、知らないうちに泣いていたようで。
誤魔化すようにして涙を拭ったあと、なんだかそうしないといけない気がしてリアは頭を下げる。
すると、ピカピカの人は首を傾げてみせて。
「さっきって何のことだ? 俺、今きたばかりだぞ?」
リアの言葉の意味が分からない様子でそう返す。
「……? いまきた、ですか? えと、よくわからないです」
リアも、ふわふわ浮かぶその人の言っていることがよく分からなかった。
だからすぐに聞き返して。
すると、その人は翼もないのにきれいにくるっと回って見せ、得意そうに言う。
「うーん、そうだな。実はリアちゃんの心の中には何回かアクセス……いや、遊びに来たことあるんだ」
「こころのなか、ですか? それじゃあいまリアたちがいるこの場所ってリアのこころのなかだったですか?」
辺りをもう一回見渡してそう聞くと。
「ああ、そうだよ。それにしても、いつ来てもリアちゃんの心はきれいだよな~」
「うぅ、なんだか照れるです」
そう言って笑うから。
なんだか身体がむずむずしてくるリアである。
「うん、まぁ……今まではこうやってお話とかはできなかったしね。だけど今日は特別。どうしてもリアちゃんに伝えなくちゃいけないことがあるんだ」
「そう言えばお話するのは初めてですね」
そこまで話してようやく気づいた事は。
目の前のこの人はさっきの宙舞うロボットの人とはやっぱり違うという事で。
つるりと硬そうな所とか大きさは一緒でも、こんなにぴかぴかと光ってはいなかった事を思い出したわけだが。
その時リアが思ったのは。
あのひとは大丈夫かな?
無事だといいのですけど……なんて事で。
「リアちゃん? 平気かい?」
「あ、はいです。……えと、それで、あなたはだれですか?」
初めて会った人だから、名前を聞かなければとリアはそう問いかける。
「俺か? 未来から来た、ナイスガイさ」
「みらいからきたない?」
「い、いや。ややこしくなりそうだし……うん、じゃあ『ロウ』ってことにしといてくれ」
「ロウさんですか? それじゃ、よろしくです~」
リアのことは知ってるようだったから。
リアはそう言ってぺこりと頭を下げる。
ロウは真澄みたいにリアの友達になってくれるだろうか?
リアはその時、続けてそんなことを思っていて。
「それでだね、さっそくなんだが、リアちゃんにお願いがあるんだな、これが」
しかし。
リアがその事を言おうとする前に、ロウはここからが本題だとばかりに言葉を重ねる。
それは、なんだか急いでいるようにも見えて。
「う、うん。なにですか?」
だからリアは思ってることを引っ込めて、頷き返す。
「ああ、実は……リアちゃんにどうしても知ってもらいたいことがあるんだ。リアちゃんが第三の救世主として知らなくちゃいけないことがね」
「あ、それ知ってるです。前にお母さんが言ってました」
そういえば聞いたことあるよって頷くと、何故かうつむくロウ。
もしかして、変なことを言っちゃったのかなと、リアが心配になってると。
ロウはすぐに顔を上げて。
だけどその表情はなんか硬い感じで……リアにはよく読み取れなかった。
「でもそれは、とてもとても辛いことなんだ。リアちゃんのきれいなな心を壊してしまうかもしれない。外の世界の今までとこれからを知ることは、すごく痛いことだから……」
表情がよく分からないはずなのに。
そう言うロウは、すごく辛そうに、悲しそうに見えて。
それを見た瞬間、リアの翼が震え始めた。
リアの心中は、そんなロウを助けてあげたいって気持ちでいっぱいになったわけだが。
「外の世界ですか? ロウさん、外の世界のこと教えてくれるですか? じゃ、じゃあ、ロウさんリアのお姉ちゃんどこにいるか知ってるですか? そ、それならリア教えてほしいですっ」
それだけじゃなくて。
今まで知りたくても真澄以外は教えてくれなかった外の世界の事を、ロウが教えてくれそうだったから。
真澄とは話が途中であったし、それは是非聞きたい事だと勢い込んでいました。
聞くことでロウが辛かったり悲しいことがなくなるなら……リアとしては大歓迎で。
「ああ。きっとリアちゃんのお姉さんのことも分かるだろう。だけど……」
そう言うロウはもっと辛そうで。
とてもとても悲しそうで。
すごく知りたいことのはずなのに、聞いてはいけないような気もしていて。
「ロウさん、リアと友達になってくれないですか?」
「え? あ、ああ。それはもちろんいいけど」
代わりに、というわけではないが。
リアがいきなりそんなことを言い出したから、ロウはなんだか戸惑ったようにくるくると回転していたけれど。
それでも、友達にはなってくれるようで。
それは……リアにとってとても嬉しいことだった。
何故ならリアとロウは友達なのだから、困っていたら助けてあげられると考えたからだ。
「だったら、よかったです。話してくださいロウさん。リア、ロウさんの辛いこととか悲しいこととかなくしてあげたいです。リアにそれができるか分からないですけど……いいですよね? 友達なら」
リアは、笑顔でそうお願いする。
そうすればきっとロウも笑顔になってくれる。
……そう思っていたのに。
どうやらリアにはテレビや本のようにはうまくできなかったみたいで。
「っ……すまない、リアちゃん」
ロウは涙こそ流してはいなかったが。
リアにはロウが泣いているように感じられて。
「あわわ、ご、ごめんなさいですっ」
どうしたらいいのかわからなくて、同じように謝ることしかリアにはできなかった。
それは、なんだか悔しいことで。
リアまで泣きたい気持ちになりはじめて……ようやくロウは顔を上げてくれて。
「……すまない。ここまでお願いしに来てるのに今更だよな。うん。それじゃあ、受け取ってくれるか?」
そして、その小さな機械の手のひらの上には、きらきらと七色に光る玉があって。
「これは何です?」
「俺が今まで見てきたもの。リアちゃんが知らなきゃいけないことが全部この中にある」
「じゃあ、リアはこれをもらえばいいですか?」
言うと、こくりと頷くロウ。
その表情はやっぱりそこにはなかったけれど。
何かを決意した強い気持ちがそこにあるのが分かって。
リアは、それを受け取ったわけだが。
その瞬間、ものすごい光で周りが何も見えなくなって。
リアの頭の中に今まで知らなかった、知ることのできなかった全てで一杯になっていって……。
「友達、か。なら誓おう、俺もいつか、君を必ず……」
許容量を超え、リアの意識が消えようとするその時。
聞こえてきたのは、そんなロウの言葉と……やさしいピアノの旋律。
それはきっと。
リアがようやく舞台の上に立ったという、始まりの合図だったのだろう……。
(第199話につづく)
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