第100話、母娘の再会は青色たらこを添えて



―――若桜町若桜駅付近。


時を同じくして、若桜町に到着した黒姫瀬華と法久も、その音を耳にしていた。



「これは……カーヴ能力っ!?」


その音の正体がなんなのか、すぐに察知した瀬華だったが。

目に見えることもなく、方向性のないその音を避けるのはほぼ不可能に近かっただろう。

とりあえず、きつく耳を塞いではみるものの、完全に遮断することはできそうもなかった。

 

ならば音には『音』だと、今は知己の魂が棲んでいる黒姫の剣に瀬華は手をかけようとした、その時だった。


ぼとっ、と何か柔らかく……それでいて重量にあるようなものが転げ落ちたような音がして。

瀬華がはっとなって振り向くと、そこには物言わぬぬいぐるみと化して動かない法久の姿があった。



「ちょっと、法久? しっかりしてっ!」


瀬華はそんな法久を慌てて拾い上げて青光りする体についた埃を払い、揺さぶった。


「……」


しかし、それでもまるで反応はなく。

それが仮の姿で、本物は地下にいると知っている数少ない人物の一人である瀬華も、流石に戸惑いが隠せない。


転入手続き(期間限定の交換留学生として、信更安庭学園から来ることになっている)やら何やら、法久にまかせっきりで、自分だけだとボロを出しかねないというのももちろんあるが。

こんな誰が敵で味方かもわからない敵地に一人は、生き返りたての瀬華にはどうしても堪える。


今までが無駄にやかましかったから、何も言わないあおなっす~状態の法久を見ているのは、何だかうるさいほどに脈打つ心音とあいまって、正直いい気分ではなかった。



「起きなさいっ、法久っ!」

「……はわっ、うわわっ!? じ、地震でやんす~」


と、そんな切な瀬華の思いが届いたのか、ぐわんぐわんと振り回しているとそんな法久の情けない声があがった。



「……あ、良かった。生きてたのね」

「死んでないでやんすっ、急に回線が乗っ取られそうになったから、いっときスタンバイしてただけでやんすよ~」

「それはさっきのあの放送、音の能力によるものかしら」


いつもの調子に戻った法久に安堵して、瀬華がそう言うと。

法久は曖昧に頷いてみせる。

それは、ロボットかなんなのか判断に困るしぐさだった。



「おそらくはそうだと思うでやんす。こうやって復帰できたのは、現場にいるのがネモ専用ダルルロボだったからで、前々からここにいたはずのダルルロボ(ロアス)は、きっとこの力で回線を乗っ取られたんだと思うでやんす。ジョイちゃんが向かったりとかしてるのにそういった新たな情報がロアスから送られてこなかったのは、きっとこの力のせいじゃないかなと、判断してるでやんすよ」

「ふむふむ……それで? 『スキャンステータス』とか、今のでできそう?」


瀬華はそんな法久の言葉に頷き、受けたからにはやり返せとばかりにそう問いかける。


「そりゃまあ、くさってもこの青木島法久、ただじゃ転ばないでやんす。今解析中でやんすから、ちょっと見てほしいでやんすよー」


そして、いつの間にそうしていたのか、得意そうに間延びした声でそう言うと。

でっぱった後頭部の、青光りした部分が突然ぼこっと盛り上がる。

どうやら中で無理矢理モニターを回転させたらしい。  

 

「……」


瀬華が無言で頭の部分を脱がし、フードを首うしろに下げた状態にしてやると。

そこに、蛍光緑の色放つモニターが見える。


「あう。つい、脱ぐの忘れてたでやんすよ」

「ま……いいんじゃないの。これはこれで何かかわいいし」


どうやら無言だったのはそんな法久の失敗に呆れていたのではなく、何か感動していたらしい。

法久は、どんな美的センスでやんすかと思わず突っ込みたくなったが。

それはすなわち自分の首をしめることにもなりかねないので、それについては何も言及せず、そのままモニターを瀬華に見せた。


 


「―――『悪魔片思』。タイプレアロ……使役者、梨顔トラン、ね。知らない名前と能力ね。強さは……Sクラス!? ねぇ、これって」


そして、どこかで聞いたそのクラスに瀬華が声をあげると。

法久も重々しく頷いて。


「オロチという人物を追った先に発見した情報がこんなところで見れるとは……ううむ。わからないものでやんすね」

「Sクラスってあれでしょう? AAAクラスの力をも上回り、一度落ちてから蘇ったっていう。私自身を棚においといてなんだけど、そんなこと実際ありえるのね」


そうなると私もS(スクリュー)クラスかと。

驚きの表情を見せつつ全く臆した様子のない瀬華。


だが、仮にAAAよりも強い能力者であるというのが本当ならば、今の時点で何かが起こっても十分おかしくない状況でもあった。

 


「そう言えば、今の音を受けて全く影響のないようにお見受けするでやんすけど、どこか変わったとことかないでやんすか?」

「今のところ特には。強いてあげるなら法久が急に動かなくなって心拍上昇したくらいで……待って。どんな効果があるのかだって、スキャンステータスで分かるんじゃないの?」

「あ、そうでやんした」


『スキャンステータス』でアジールや能力そのものをスキャンすれば、その効果、対策が分かるということは瀬華も知っている。


改めて瀬華が画面を見直すと、その下段……スクロールしたあたりに、それは記されていた。


「何々、『受けた対象の真摯な願いを具現化。それは、対象により効果は異なる』……ね。うーん? 何かテルの能力に似てるような気がするわね。対処法は『能力発動のスイッチとなる、音を聞かないこと』って。もう手遅れじゃないのっ」

「まあ、町に入っていきなりでやんすからねえ。どうしようもなかったというか、運がないというか……しかし、うぬぬ。願いを具現化するでやんすか。想像するだに恐ろしいというか、言う通り会長を彷彿とさせる能力でやんすね」



きっとこの能力者は会長と同じようにヘンタイに違いない……なんて思いつつも。

しかし具体的には何が起こるのか、今のところこれといった変化の起きていない二人は、首を傾げるしかなかった。

 


「とりあえず様子を見ながら、学校のほうへと向かってみましょうか」

「そうでやんすね。特に変わりはないようでやんすし」


そして二人は、とにかく目的地である若桜高校に改めて向かうことに決めると、再び歩き出した。

 




駅からは、山のふもとにある若桜高校まで20分足らずでつくらしい。

道中、両腕で抱えるほどの大きさのぬいぐるみ(正確にはきぐるみ)を持って歩いている瀬華を、不思議な様子で見とがめる人もいたが、着ている制服も地元のものであるし、何かのリアクションを起こすほどの気にはならないようであった。



思っていた以上に、町は平和で。

瀬華たちが商店街モールを抜け団地通りを抜け、辺りが黄金色の稲穂の棚田に囲まれる畦道にかかっても、何事も起こることはなく。

少し暑さはあるが、風が涼しいと感じることができる、実にのんびりとした行程だった。

 

 


そして……。

再び学校に近付くにつれて家々が増え始め。

じわじわと山のふもとを歩いているのを実感するくらいには標高が高くなった来た頃。

そんなのどかの光景に胸をつかれたように、何かを懐かしむかのように。

瀬華が口を開いた。


 


「こんな道を歩いていると、思い出すわ。恭子に会うよりも、音楽に目覚める前よりももっと前かな。こう見えて料理とか結構好きでさ。よくお母さんといつかこういうのどかな場所で、小さなカフェでもやろうねって話してたんだ」

「カフェでやんすか? これはまた意外な一面でやんすね。……を? 瀬華さん、瀬華さん。ウワサをすればほら、目の前に雰囲気のよさそうなカフェが建ってるでやんすよ」


そして、本来ならそんな暇などないのだが。

法久がめざとくカフェを発見して、ナンパ口調でお茶しなーい、なんて言おうかどうか迷っていた時だった。


今まで穏やかだった瀬華の表情が、凍りついたように一点を見つめ固まっている。


「喫茶『黒姫』? ふふっ。同じ名前じゃない……悪い冗談」


瀬華は乾いた声を上げながらも。

吸い寄せられるようにその店へと近付く足を止められない。

抱えられている法久は、瀬華の様子を少し変だなと思いつつも、身動きがとれずなすがままで。

 


ついに瀬華が店の看板前にやってきた時。

 

からんからん、と。

短いカウベルの音がして。

中から桜色エプロンドレスを身につけた、青髪の女性が現れた。

 

どふっ。


「……いてっ」


握力がなくなってしまったかのように、自由落下して叩きつけられたのは法久。

当然抗議の声を上げようとした法久だったが。

それは、次にぽつりと漏らした瀬華の呟きでかき消された。



「おかあ、さん……?」


店前の花壇の水遣りをしようとしたいた女性は。

そのか細い声を、それでもはっきりと聞き取り、そっと顔を上げる。


「……瀬華? ライカなの!?」


その声は掠れているようにも聞こえたが。

驚きの表情を唯一つ、その瀬華と同じ茄子紺色の瞳ににじませ……それから瀬華に届くようにと、はっきりとその名を口にした。



「うん、そうよ。瀬華よ。どうしよっ、どうするの……分けわかんないよ、私」


まさか自らが口にしたように。

母親に生きて会えるなんて思ってもみなかった瀬華は。

うれしくて、今すぐにでも飛びつき、抱きしめてもらいたいのに。

本当にその資格はあるのかと、目の前にいるこの人は、幻なんじゃないのかと。

いろいろごちゃ混ぜに考えてしまい、かわりに今落としてしまったと気づいた法久を拾い上げると、顔を埋めるようにぎゅうと抱きしめた。


その姿は、いくつになろうとも親は親で子は子であるように、瀬華を寂しがりやの子供にさせる。

 

法久はそれで中身が出そうで少し苦しかったが。

ここは口を挟むべきところではないんだろうと我慢して、ただのあおなっす~人形と化すことに専念していて……。



そんな瀬華たちの姿に、確信させる何かがあったのだろう。


その場から動けなくなっている瀬華のかわりに。

躊躇なく、その女性は法久ごと包み込むように、瀬華を抱きしめた。



それに対して何を言えば、何を返せばいいかも分からなくて。

瀬華はただ怯えるようにされるがままになる。


またもや抱える力がなくなって、そのままずるずると落ちていく法久は。

しかし再び砂埃と一緒になる前にその女性に救助された。



「おかえんなさい、瀬華。変わらないのねえ、あなた。昔のままよ。抱きしめようとするとそうやって逃げようとするところも、ぬいぐるみが好きなところも。今度のは何? 青いたらこキューピーかしら」

「……た、ただいま」


おどけてそう言う女性に、瀬華はかろうじてそう言うのがやっとだった。


「……」


そんな感動の再開の邪魔をしたくない、というのももちろんあっただろうが。


キューピーとはまさしく言いえて妙だと。

法久はそんな感動とは場違いに、そんな事を思うのだった……。




              (第101話につづく)







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